第6話 小人へのインタビュー




 薄暗いホテルの一室。

 椅子に座る田原大輔たわらだいすけは、目の前のテーブルの上にレコーダーをセットした。

「それでは、始めたいと思います。よろしいでしょうか?」

 大輔は正面のソファーに向かって言うが、誰も座っていない。しかし、

「ああっ」

 ソファーの中から高い声が響いてきた。

 いや、よく見ると、ソファーの背もたれに十センチくらいの小さな人形が腕を組み、背もたれにもたれかかるように立っている。声はそこからした。

「今日は、わざわざお越しいただいてありがとうございます」

 大輔は頭をぺこりと下げた。

「構わんさ。一度、きっちり話さなくてはいけないと思っていたからな。代表として……」

 それは人形ではなく、人形によく似た小さな人間であった。

「何とお呼びすればいいのですか?」

「……アサと呼んでくれ」

 といって、口元に笑みを浮かべる。

「アサさんですね。……では、アサさん。まず最初にお伺いしたいのは、なぜまた急にインタビューに応じる気になったのですか?」

「それは、君や、君の友人が我々の存在に気づき、こそこそと調べ始めたからだ」

「つまり、これ以上、隠し通せないという結論に至ったわけですか?」

「まあ、それもあるが、要はタイミングの問題だ。あんたらの文明が進み、様々なところでカメラみたいなものが置かれてきて、我々の活動範囲がどんどん狭くなってきたことも要因の一つでもある」

「ならば私個人ではなく、日本政府へコンタクトを取るべきではないでしょうか?」

「もちろん、追々、そうしていくつもりだ。しかし、我々としては、まずは話をきちんと聞いてくれる者と話し、我々の存在を認知してもらうことに努めようと考えた」

「つまり、インタビューに応じることで、大衆を味方につけておきたいということでしょうか?」

「まあ、そういうことだ」

 アサはいったあと、鼻で笑った。

 三頭身で、黒髪が長く背中の方まで伸びている。鼻が顔の中央にでかでかとあり、目も口も耳も大きい。顔立ちは西洋人とも東洋人ともつかないような独自の進化を遂げていると言っていい。

「では、あなたたちは、どのようにしていきたいとお考えてなのでしょう?今後、我々と積極的に交流していきたいのか?それともある程度距離を取っておきたいのか?」

「長い年月、別々にやってきたんだ。そりゃあ、言わなくてもわかるだろう?」

 鋭い眼光で、アサさんは睨む。

「そうですね、失礼しました。では、ある程度距離を保ちつつ、交流をしていくというのが、そちらの考えというわけですね。しかし、そのためには、あなたたちがどういう種族なのかをもう少し知る必要がある。なにしろ、あなたたちの存在を、我々はほとんど何も知らずに今まで来たんですからね……」

 大輔は目の前で不敵に微笑む小人にインタビューをしながら、彼らの真意を測りかねていた。


 そもそも、なぜ、この小人にインタビューをすることになったか?

 それは幼馴染の吉田恒夫よしだつねおからの一本の電話であった。

「ああ、大ちゃん、久しぶり。今いいか?……」

 恒夫とは実家が隣同士ということもあり、三十年来の交流があった。大輔が大学進学とともに東京に出てからは、交流は減っていたが、それでも途切れることはなかった。大輔が大学卒業後、出版社に就職して、その後、フリーライターになった今も、地元でネタになりそうなことが起こると連絡をしてくれていた。

 そんな彼が久しぶりに電話してきた内容は、奇妙なものであった。

「大ちゃんに謝らないといけないことがある」

 役所の都市整備課に勤めている恒夫は、仕事でとある空き家の調査をしていたところ、その空き家で小人を見たというのだ。

 さすがに、大輔は鼻で笑ったが、恒夫が後に続けた言葉で、その笑いが引っ込んだ。

「大ちゃんも子供の頃、言ってただろ?小人を見たって。けど、俺、そのとき信じてやれなくてごめんな」

 大輔は遠い記憶の中から、幼い頃、小人を見たと言って、大人たちに怒られたことを思い出した。

「ああ、幼稚園のころな。でも騒いだことは覚えているが、実際に見たかどうか、そこまで覚えてないな。……で、恒夫は本当に見たっていうのか?」

「間違いない」

 恒夫はそんな冗談をいう性格ではなかった。ということは、本気でと、信じているのだと大輔は判断した。

「どうだ、最近の調子は?仕事は大変か?……奥さんどうしてる、元気にしているか?」

「おい、別に病んじゃいないぜ。俺は本当に見たんだ。……悪かった、忙しいところ。大ちゃんなら、信じてもらえると思って電話したんだが……」

 電話を切ろうとする恒夫を引き留め、大輔は詳しい話を聞いた。

 恒夫がウソを言っていないのなら、何かの見間違えだと思い、状況を検分するために帰郷すると約束してから電話を切った。

 それから時を経て、大輔は地元に帰った。空き家に案内され、小人の姿を描いた絵を見せられ、状況を聞いた。さらに郷里に伝わる小人伝説の話などを聞き、大輔は次第に幼少のころ見た小人の記憶を蘇らせ、小人を信じるようになっていった。

 東京に帰ってから、積極的に小人に関する取材を開始した。その矢先、恒夫からまた電話が入った。

「向こうから、コンタクトを取ってきた」

 向こうとは当然、小人のことで、突如、恒夫の前に姿を現し、きちんと話がしたいと言ってきたというのだ。

 そこで、大輔は自分の職業の特性を生かし、今回のインタビューが行われる運びになったわけだが……。

「では、アサさん、個人のことを聞いていっていいですか?」

「ああっ」

 アサはうなずいた。

「ご職業は?」

「狩人だ、普段はな。あとは村人の困りごとを引き受けたりしている」

「つまり、村長むらおさということですか?」

「いや、そうではない。いうなれば、人々の面倒ごとを処理していると言っていい」

 どこかで聞いたセリフだなと思ったとき、大輔は以前取材した殺し屋を思い出した。そういえば、小さくて気づかなかったが、雰囲気もよく似ている。

「……村というのは、やはり天竜の山の中にあるのでしょうか?」

「それは答えられん」

 アサは鋭い目つきを大輔に向けた。

「あ、すみません」

「まあ、言ったとしても、あんたらには到底見つけられないがな」

「ですよね、今までだって、ほとんど、姿が見られなかったんですからね」

 すると、またしても鋭い目を大輔に向けるアサ。

「俺たちの中では、あんたらに姿を見られることは、この上ない恥となっている。あんただって、見られたくない姿を他人に見られたときは恥ずかしいと感じるだろ?それと同じだ」

「ああ、そうですか。……そうですよね」

 大輔は相槌をうちながら、「だったらなぜ、こうしてインタビューなんて受けたんだ?」と聞きたかったが、言葉を飲み込んだ。

「何人ぐらい、村人はいるんですか?というか、そもそも、日本全国にどのくらいの人数小人がいるのでしょうか?」

「フッ、知ったら驚くぜ」

 不敵に微笑むアサ。

「是非、聞きたいですね」

「教えると思うか?」

 ニヤニヤとしながら、大輔を見つめるアサ。

「……?」

 すると、部屋のドアの鍵が閉まる音がして、見ると、別の小人がドアノブにぶら下ってから、床に飛び降りていた。気づくと、部屋のあちこちに小人たちが大輔を取り囲んで、弓を構えていた。

「えっ?」

 驚き、立ち上がる大輔。

 すると、アサがソファーからテーブルへと飛び移って、近づいてくる。

「長かった。……お前をるのに、二十五年かかるなんてな」

「……どういうこと?」

「覚えてないか?まあ、当然か。あのとき、お前はほんのガキだったもんな。俺も同じようなガキだった。だが、お前に姿を見られたことは忘れねえ。生涯な」

「……ええっ?」

 あたふたとして、逃げ出そうとする大輔の足めがけ、一人が矢を射った。

「痛っ」

 矢の刺さった太ももに反射的に手を当てる。

「蜂に刺されたくらいの感覚だろう?」

 アサは不敵に微笑んだ。

「けど、その先には、トリカブトより強力な毒が塗られている」

「あわわあっわ……」

「安心しな。お前の友人も家族もみんな同じようにあの世へ行く」

 アサの合図で、四方から矢が飛んでくる。

 大輔は矢を全身に受け、悲鳴を上げ、逃げまどい、やがて痺れが襲ってきて倒れる。小人たちが、腰の刀を抜いて大輔に止めをさす……。


 その様子が隠しカメラにより、全世界にライブ配信されているのであった。

                                    🈡

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