第5話 本当にありそうでなさそな怖い話




 高速を走行中、風見太一かざみたいちは突如、強烈な睡魔に襲われた。

 連日の激務に睡眠時間が削られ、単調な高速道路の運転で脳が休息モードに入ったのだった。

 車から警告音がなって、ハッと目を開けると、ハザードランプの点灯が目に入った。反射的にブレーキペダルを踏む。ブレーキシステムが作動していたのか、前方の車の寸前で車は停車した。

「……チッ」

 ホッと息をついた後、車が停車している状況に舌打ちをする太一。

 前を見ると、はるか先まで渋滞が続いている。どうやら事故のようだ。

「なんだよ」

 太一は思わず、つぶやいた。

 他県への営業の帰り道。明日は待ちに待った休日なので、はやく家に帰って、酒を飲みながら、ネットフリックスでゴシップガールのつづきを見ようと思ったのに……と嘆く。

 追い越し車線も埋まり、延々とつづく渋滞。前に進む気配すらない。

「ハーッ」

 大きなため息をついて、徐にラジオを付けて、交通情報に合わせる。

「ただいま、東名高速三ケ日ジャンクション上りの辺りで事故のため、三十キロにわたり渋滞となっております。復旧作業に今しばらくの時間がかかりますので……」

「……たくっ」

 いらだちと諦めが頭に浮かんだそのとき、携帯が鳴った。

 車載ホルダーのスマホ画面を見ると、大輝からであった。操作して、スピーカーにする。

「久しぶりだな、太一。今何してる?」

 いきなりスピーカーから大きな声が響いてくる。

「運転中。そっちは?ってか、どこで何をしていたんだ?全然、連絡付かないって、翔太がいってたぞ」

「海外に行っていた。青年海外協力隊」

「マジでか。それで、いま日本か?」

 それは高校の同級生、海友大輝うみともだいきからであった。大輝が東京の大学へ進学したのは、もう五年も前である。

「ああ、帰ってきた。どうだ、久しぶりに飲みに行かないか?」

「いいねえ、みんなも呼んでさ、盛大にやりたいねえ」

 一瞬にして懐かしむ顔になる太一。

「会いたいな、もうずいぶん会ってないもんな」

「五年もたったんだ。みんなも大人になったぞ」

「……あいつ、どうしてる?」

 大輝の声のトーンが変わった。

「ん?……誰だ?」

空田優衣そらだゆい

「ああっ、空田か……」

「いい女になっているんだろうな」

「……本当に何も聞いてないんだな?」

 言いにくそうに、太一がいった。

「なにが?」

「あいつ、結婚したんだ」

「……」

 その時、前方の車がゆっくりと動き出した。

「大輝?」

「……ああ、そうか。相手は拓海か?」

「……全然。勤め先の社長の息子だってさ」

「マジか」

「まあ、その辺の話も飲み会のときにじっくりと話すよ」

「ああ、頼むわ……いやあ、ショックだ。ちょっと泣けてきた」

「五年だぞ、何のんきなこと言ってんだよ。だったら、地元に留まればよかったのに。まだ百万分の一くらいチャンスはあったかもしれなかったのに」

「バカヤローもっとあったわ。一万分の一くらいは」

 そういって、大輝が鼻で笑った。

 車が徐行で進んでいくと、誘導灯を振っている警察官が道路の中央に立っている。その後ろの追い越し車線に高速機動隊の車両が片側に寄るように矢印のランプをつけている。

「五年だぞ。こんな田舎でもいろいろ変わったさ。……うちもただの農家じゃなくなったしな」

「そうなのか?」

「ああ、いまじゃあネット販売に成功して、株式化したんだ。おかげで、俺も忙しく営業に駆けずり回っている」

「そうか、よかったな」

「お前の実家のほうはどうなんだよ?不動産屋はまだやっているんだろう?」

「さあな、親父は頑張っているようだけど……言った通り、俺は海外に行っていたからよく知らないんだ」

「お前もそろそろこっちに帰ってきて、家の手伝いをした方がいいんじゃないか?長男だろう?」

「おふくろみたいなこと言うなよな。俺はまだまだいろんな世界を見てみたいんだ」

「……そうか。まあ、人それぞれだからな」

 車がゆっくりと進んでいくと、道路に車の破片が散乱しているのが見えてきた。そして、次第に事故の状況が浮かび上がってくる。最初に目に入ったのは、原形をとどめていない軽乗用車が追い越し車線側の壁に激突していて大破している。

 そのほかにも手前に数台の車が事故車両が大破していて、高速道路交通警官隊やNEXCO中日本などが、事故の処理にあたっている。けが人の搬送はすでに終えているようだ。

 それを横目に見つめながら、車を進めていく。

「……じゃあ、海外から帰ってきて、今は何してんだ?」

「大学生だよ、まだ二年だ。休学していたからな、進級の単位をとらないといけない……」

「そうか、じゃあ、まだ気楽に生きていけるってわけだ」

「気楽じゃないぞ、こう見えて大変なんだぞ。資金だって自分で捻出しないといけないし……」

「えっ?」

 そのとき、事故現場を通り過ぎる太一は思わず声を上げた。

「ん?どうかしたか?」

 大輝が尋ねる。

「……いや……いまさ、高速を走っているんだけど」

「なんだ、走りながら電話してたのかよ」

「違う、事故で渋滞していて、それで車をゆっくりと徐行させているんだ」

「ああ」

「それで……落ち着いて聞いてほしいんだけど、お前んちのネームが入った車が事故現場にあった」

「はあ?」

 一番先頭で、車の前半分が原形を留めていないほど大破している軽のミニバンの側面に「海友不動産」の字が読み取れた。

「海友不動産って黒字で書いてある軽のミニバンだ。それって、お前の家の車だろう?」

「……ああ、そうだけど、本当か?」

「冗談でこんなこと言えるか。念のため、電話をかけた方がいいんじゃないか?」

「……そうする」

 と電話が切れる。

「フーッ」

 息をついて、ハンドルを握り直して車を進めていくと、さらに一台、離れたところに事故車が見えてきた。

「まさか……」

 その車を見たとき、太一は驚きのあまり固まった。

 そのとき、携帯の着信音が鳴って、大輝からだった。震える手で電話にでる。

「家にかけても電話にでないわ。本当にうちの車だったのか?見間違いじゃないか?ほかにも海友不動産なんて、どこにでもあるだろう?」

「知らねえよ、見たまんまをいっただけだ。それどころじゃないんだ、悪いが電話を切るぞ」

「はあ?どういうことだ?」

 尋ねる大輝を無視して電話を切り、別のところに電話をかける。

「……出ろよ」

 しかし、発信音は虚しく響き渡るだけだ。

 やがて、事故現場を抜けて、渋滞が無くなり、前の車がスピードを上げるのに合わせ、アクセルを踏み込む太一。

「……」

 すると、またしても携帯が鳴った。大輝からである。

「今、姉ちゃんに電話したら、警察から電話があって、親父の車が事故したって連絡があったって。……悪かったな、疑って」

「そんなことはどうでもいい」

 邪険にいう太一。

「そうだな……悪い、動揺してる。じゃあ、また連絡をするから」

「いや、もう二度とかけてくるな。一生な」

「どっ……」

 何か言おうとした大輝の言葉は途切れる。

 すると、すぐに別の電話がかかってきた。画面を見て、すぐに電話に出る。

「ああ、タイちゃん。わたし」

「お義母さん……」

「今、警察から電話があって……優衣が……優衣がね……」

「……嘘だ」

 思いっきり息を吸い込む太一。家で待っている優衣を思い浮かべて、唇を嚙み締めた。

「……」

 最後に大破していた車。「浜松33 こ ✕✕✕✕、白のアウディA1」

 それはまさしく新妻、空田優衣の車であった。

                                     🈡

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