第4話 八王子市在住宮本武蔵さんの話




 カメラマンにディレクター、リポーターの三人の小さなクルーが、街中でインタビューをしている。

「すみませーん、ちょっとよろしいですか?」

 通行人を呼び止め、マイクを差し出したのは、最近売り出し中の芸人、「ピントずれ男」である。

「ズレていきまっせ」のギャグでおなじみの彼は、苦節二十年のベテランで、昨年の賞レースで準優勝になり、仕事がちょくちょくと舞い込むようになった。

 この日の仕事は深夜枠の情報バラエティーで、「町で見かけた変わったモノを捜し歩く」というどこかで聞いたような企画だ。

「町で見かけた変わったものを見かけたりしませんか?」

 通りかかった主婦にマイクを向ける。

「変わったもの?さあ……?」

「なんでもいいんですがね」

「わかりません、すみません」

 と主婦はそそくさと行ってしまう。

 先ほどからめぼしい情報はなく、だんだん倦んできたディレクターの香西は、思わずため息をついた。

 ふと遠くを見ると、風変りな格好をした人物が歩いているのに気づく。香西は目を輝かせ、ずれ男に向かって声をかけた。

露原つゆはらさん(ずれ男の本名)。あれっ」

 香西が指さした方を見たずれ男は、思わず顔をしかめた。

「あれはまずいでしょう?」

 街中に、野球の捕手の防具三点セット、(マスク、プロテクター、レガース)を付け、頭にはヘルメット、手には剣道の小手のようなものをはめて居る。

「面白そうじゃん、行こう、行こう」

 追い立てるように、手を振る香西に仕方なく、ずれ男はその人物に近づいていく。近づいてみてわかったが、相手は身長百六十にも満たない小太りの老人であった。

「すみませーん」

 ずれ男が声をかけると、身構える老人。

「ちょっと、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」

「……」

 明らかに警戒心をもっている老人に人懐っこい笑みをみせ、マイクを向けるずれ男。

「ずいぶんとおしゃれな姿をされていますが、ご職業は何ですか?」

「ああ?引退してるよ、今は何もしてないね」

 口は悪いがきちんとした受け答えはできると、ずれ男はすこし安心した。

「ここで何をされているんですか?」

「フッ、見てわからんか?」

 鼻を鳴らし、老人は答える。

「(わからないから聞いているんだよ。)……すいません、分かりません」

「見回りだ。ここら辺は物騒だからな」

 ずれ男は香西を見た。しかし、香西はもっと聞けと、手で合図を送る。

「そうですか、何が物騒なんですか?」

「先日もここら辺で、ひったくりがあった。その前は婦女暴行。痴漢や酔っ払い同士の喧嘩などしょっちゅうだ」

「はあ……」

「だから、俺がこうして、見回りをしている」

「しかし、酔っ払いは夜にならないといないのでは?」

「そんなことはない。その先で、酔っ払っている奴らが大勢いる。見てくるがいい」

 ずれ男は香西を見た。すると香西は、「かっこう」と口パクで指示を送る。

「気になっていたんですが、その服装もやはり防犯のためですか?」

「それもあるが、別の理由もある」

「なんですか?」

 はじめて興味をそそられるずれ男。

「小次郎だよ」

「コジロウ?」

「宮本武蔵に対して、佐々木小次郎。俺には小次郎がいるんだよ」

「つまりライバルですか?じゃあ、おとうさんが宮本武蔵?」

 ずれ男が鼻で笑った。

「だから、そんな恰好をしているんですか?」

「そうだ。まあ、敵は彼奴きゃつだけではないがな」

「他にも敵がいるんですか?」

「居る。それにたくさんいた。……見るか?」

 そういうと、老人は左手の小手をとって、ずれ男の目の前に掲げて見せた。そこには斜めに大きな傷がある。

「それは小次郎が?」

「違う、親父だ。俺の親父が、最大のライバルだった」

「そうですか。父親が……で、その父親を倒したってことですか?」

「殺してやったよ」

 と老人は不敵に微笑んだ。

「……そうですか、それは勇ましい。まあね、人に歴史ありということでね」

 ずれ男は奇妙な老人に背中を見せ、香田に向かって小さく首をふった。

 すると、その背中に向け、老人がいった。

「うちに来てみるか?もっと面白いものを見せてやる」

 ずれ男は香田に向け、さらに顔をしかめる。

「いいですねえ。お願いします」

 ずれ男を無視して、香田が即答した。

「よくないでしょ。オンエアできないでしょう?」

「このまま街頭でやってても、埒が明かなそうだから、試しに行ってみましょうよ」

 ずれ男をなだめるようにいって、香田は歩き出した。


 ロケ車のミニバンに揺られ、都心から車で三十分以上かけて八王子市のオヤジの家にたどり着く。

 外に出たずれ男は、思いっきり伸びをして、目の前のゴミ屋敷に息を止める。

「予想はしていたけどな」

 香田はずれ男の肩に手を置いていった。

「まあ、入ってくれ」

 老人はぶっきらぼうにいって、先に家の中へと消えていく。

「本当に入るんですか?」

「当たり前でしょう。何が出てくるか?死体さえ出なければオンエアできる」

 香田はそう言って、先を歩いていく。仕方なしに、ずれ男が後に続く。

「香田ちゃんは物好きだからな」

 年配のカメラマンがつぶやきながら、外観を撮影しはじめる。

 平屋の一軒家。四五十年前に建てられたような瓦屋根で、道路と隣家をブロック塀で仕切っている要塞のような作りである。しかし、家をさらに要塞のように見せているのは、周囲を埋め尽くすゴミの山だ。ゴミといっても家電やソファー、信楽焼の置物、家具はなどが所狭しと置かれてある。一見、リサイクル品のように見えるが、野ざらしなので使い物にならず、やはりごみと呼んでいい。

「リハなしで、いきなり飛び込みでいきましょう。露原さんの生のリアクションが見たいから」

 香田がずれ男を振り返り、声を上げた。


「えー、到着しました。キャッチャ―のお父さんの家です。なかなか、ヘビーな外観ですが、それでは、中へと入っていきたいと思います」

 ずれ男がカメラの前に立ち、マイクを手に中へ入っていく。

「家電や家具がたくさん置かれていますが、生ごみなどがないので臭くないです。人が通れるスペースもきっちりと確保されていますね」

 解説しながら、玄関に入り家へと上がる。

「中へ入ると、独特の家の匂いがして、田舎のお祖母ちゃんの家に遊びに来たようなそんな気分にさせます。おじいちゃんちですけどね」

 中も物で溢れている。家電や置物の他に人形、甲冑なども置かれてあった。

「お父さーん?これらは趣味で集められたんです?」

 奥へ向かって声をかけるが返事はない。奇妙な老人は、奥へと引っ込んだまま姿を現さない。

「さっきまでいたんですがね、どこへ行ってしまったんですかね?お父さん?お父さーん?どこにいるんですか?」

 ずれ男は大げさなリアクションをして、奥へと進んでいく。

 外観からは想像できないくらい中は意外に広く、廊下は延々とつづいた。しかし、通路はほとんど限られており、迷うことなく奥の部屋へとたどり着いた。

 奥の部屋で、何やらごそごそとうごめいている人の姿を発見するずれ男。近づくと、押し入れに上半身をつっこんだ老人がお尻をフリフリしていた。

「お父さん?どうされたんですか?」

 しかし、返事はなく、相変わらず何かを探しているようだ。

「お父さん?」

「……ワシの若い頃の写真を見せてやろうと思ってな」

 老人はそう言って、ようやく押し入れから姿を現した。その顔にフェイスガードはなく、ヘルメットも被っていない。

「写真?」

 禿げた額に玉のような汗を滴らせ、老人がアルバムをずれ男の前へ差し出す。ずれ男が覗き込むと、恐ろしく古い白黒写真が目に入った。

「これは俺が一歳の頃の写真だ」

「はあ……」

 カメラマンが寄ってきて、アルバムを覗き込むように撮影する。

 老人は次々にアルバムをめくり、自分の成長と家や周辺の変化を見せてくる。そこには、八王子周辺の様々な変化と老人の防具を変えていく姿が収められている。

「この時が、親父とやりあっていた時だな」

 若かりし頃の老人が身に着けていたのは、甲冑のようなものであった。

「これは玄関の?」

 先ほど見た甲冑を思い出し、ずれ男はいった。

「おお、そうだ。よくわかったな」

 老人は気をよくして声を上げた。

「人に歴史ありということですね」

 カメラ目線で、ずれ男がいったその時であった。

 カメラマンがずれ男を押しのけ、カメラを老人に投げつけ、腰の辺りから短刀を引くと同時に叫んだ。

「武蔵、破れたり~っ」

「小次郎かぁ?」

 一瞬の出来事であった。ずれ男の目の前で、奇妙な老人の武蔵は、いつの間にかカメラマンにすり替わって小次郎老人に喉元を刺された。

「あわわわわわっ」

 腰を抜かして動けないずれ男のカツラは、思いっきりズレていた。

                                     🈡

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