第2話 二組のカップルが暗闇の中でチョメチョメする話

 



 暗闇の中の聞える音というのは、想像力を掻き立てる……。


 月もない闇夜、二組のカップルがとある廃墟の病院へと向かっていた。 

 山の中に入り、一時間。うねうねと曲がりくねった山道を突き進み、やっとその廃墟の病院にたどり着いたのだった。

 四人が車のドアを開け、地面を踏みしめる。

「こんなところに病院立てれば、そりゃ潰れるわ」

 暗闇に浮かび上がる病院を見上げて、梨花りかがいった。長身で金髪のけだるそうな雰囲気を漂わせた女性だ。

「スマホも通じない山の中だもんな」

 遥祐ようすけがスマホの画面を見ながらいった。ガラの悪そうな、だらしない恰好をしているが、容姿は悪くない。

「やっ、虫」

 紗季さきが近づいてきた羽虫に驚いて、手で払う。早速、車のヘッドライトに虫が集まってきている。こちらはミニスカートにTシャツといった軽装にヒールを履いている。

「お化けより、虫のほうが怖いんだけど……」

「お前そんなこと言ってると、霊が怒って、憑りつかれっぞ」

 彼氏の遥祐が笑った。笑い声が山の中に響き渡る。

「けど、うわさ通りの雰囲気だな」

 梨花の彼氏、たけしが周囲を見回していった。黒で統一した服装で、大人びた雰囲気の若者だ。彼がここまで運転してきた。

 みな、二十代前半といった年齢に見える。

 山を切り開いて平らにした広い土地に、白いの病院がぼんやりと浮かび上がっていた。病院の周囲は雑草がはびこり、アスファルトはところどころ剥げ、雑草がはえている。そこかしこにゴミが散乱していて、自分たち以外にも多くの探索者たちが訪れたことを告げている。

 ネットで、関東最恐と恐れられている心霊スポットが、この山の中の廃墟の病院であった。

 夏のとある週末、高校の同級生であった二組のカップルが、宅のみの席で誰ともなしに肝試しに行こうと言い出した。

「ヤダよ」

 紗季は拒否したが、三人が乗り気であった。

「どうする?どっちから行く?それとも男女に分かれるか?」

 遥祐が面白そうにいった。

「バカじゃないの」

 紗季が本気で嫌がっていた。

「カップルに決まってるじゃん、それと、言い出しっぺの彪たちが先に行ってよね」

「はあ?言い出しっぺは遥祐だろう。お前らが先行けよ」

「どっちだっていいじゃん。じゃんけんしよう」

 梨花の一言で、じゃんけんにすることになり、結果、遥祐、紗季のカップルが最初に入ることになった。

「いいか。入って、最初の曲がり角を右に曲がって、そこに階段があるから下りて、地下へ行く。地下へ下りたら、左手に向かって歩けば手術室がある。『手術室』というプレートをスマホで撮って帰ってくる、それだけだ。くれぐれもそれ以外、余計なところへ行ったり、したりするな。噂では、最下層に霊安室があって、そこへ入ると生きて帰れないらしい」

 彪が説明する。

「行くわけないでしょう」

 紗季が眉間にしわを寄せた。

「霊安室?見てみたいな」

 遥祐がいたずらっぽくいった。

「いや、冗談でなく、ネットの書き込みでは、地下に下りてからのことが一番多く書かれていた。誰かの声がして誘導されるとか、手術室からでて階段を上ったつもりが、たどり着いたのは霊安室の前だったとか。ほかにも、白衣を着た幽霊とか、上半身だけの幽霊とか、宙を漂う頭とかの目撃談が書いてあった」

 彪がネットの記事を思い出しながらいった。

「何でそんな怖がらせるようなことを言うのよ。行きたくなくなっちゃったじゃん」

 紗季が心底嫌そうな顔をして、まとわりついてくる虫を邪険に払う。

「ほら、駄々こねてないで行くぞ」

 嫌がる紗季の腕を掴んで、病院の方へと引っ張っていく遥祐。紗季は腰をかがめ、後ろに体重をかけ、行くことを拒む。

「あ、それから注意点が五つあった」

 彪が思い出したように声を上げる。

「……」

 遥祐がめんどくさそうに立ち止まった。

「1・病院内に入ったら、大声を上げてはならない。

 2・声をした方を振り向いてはならない。

 3・話しかけられたも返事を返してはならない。

 4・二度、同じ部屋に入ってはならない。

 5・……                   」

「ちょっと、何か聞こえてこなかった?」

 彪の説明の途中、梨花が声を上げ、暗闇の方を振り返った。

「なに?」

 紗季が体をこわばらせ、反応する。

「シッ」

 梨花は口元に人差し指を押し当てる。

「ズズッズズズッズズ……」

 暗闇の中から、何かを引きずるような音が響いてくる。

「聞こえる?」

 梨花の問いに、三人はうなずく。

「なにあれ?」

「わからん」

 遥祐が答える。その間も、何かを引きずる音は、絶え間なく聞こえてくる。

「なにか、地面を引きずるような音じゃないか?」

 彪が耳を澄ましながら、つぶやいた。

「やめてって」

「ちょっと、見てくるわ」

 遥祐が酔いに任せて、肩を怒らせ、つかつかと音のする方へ向かっていく。

「止めなよ、危ないよ。ねえ、もう帰ろうよ」

 遥祐の腕を掴んで、必死に訴えかける紗季。

「っせえな」

 紗季の手を振りほどいて、遥祐は一人草むらへと向かった。

 車を置いた空き地の先は、自分の背丈より高い草むらがはびこっていた。その草むらを覗いて、首を動かしている遥祐。

「おい、何かいたか?」

 彪が問いかける。

 しかし、遥祐はそれを無視して、突如、草むらをかき分け中に入り、姿が見えなくなった。すると、何かを引きずるような音が消える。

 遥祐の懐中電灯の明かりだけがぼんやり動いていたが、それもやがて消えた。

「どうしたの?何かあった?」

 紗季が声をかけるが、返事がない。

「あいつ、何してんだ?おい、遥祐」

 彪の呼ぶ声にも返事はない。

「……」

 静寂が包む。

 すると、ふたたび、何かを引きずる音が、草むらの方から聞こえてきた。

「ズズズッズズッ……」

 彪と梨花は目を合わせた。

「ちょっと、見てくる」

 彪が遥祐を追って、草むらへと向かう。

 周囲の雰囲気も重く感じられ、暗闇が圧迫するように彪の後姿を見つめる二人にのしかかり、声を発することもできない。やがて、遥祐が草むらの前に立って、遥祐と同じように中の様子を伺う。

「……ねえっ」

「ん?」

 紗季の呼びかけに、視線を草むらに向けたまま答える梨花。

「梨花、車のライトッ」

 紗季の声に車の方を見ると、ヘッドライトの光が弱くなり、ぼんやりとしだした。

「ヤバい」

 梨花は慌てて、運転席へ向かった。エンジンを切って、ライトだけを付けていたので、バッテリーが上がったのだ。

 懐中電灯を持ったのは、男たち二人で、残された二人は車のヘッドライトで周囲の状況を確認していた。それが消えてしまえば、周囲は真っ暗になる。梨花は慌てて、運転席に滑り込み、エンジンキーを回した。しかし、時すでに遅し、ライトがゆっくりと消えて、闇が二人を飲み込んだ。

「チッ」

 梨花は思いっきり舌打ちをした。

「ねえっ……」

 そとから紗季の声がした。

「わかっているって。スマホの明かりで我慢しな」

 いらだち紛れに梨花はいった。

 それからブレーキを踏んで、何度かエンジンキーを回すが、エンジンが掛かることはない。

 辺りは真っ暗で、二人の男たちも相変わらずどこにいるのか、姿を見せない。

「大丈夫?」

 紗季が聞いた。

「大丈夫に見える?最悪だよ。……たく、男どもは何してんだ」

 ぶつぶつと文句を言っていた梨花であったが、さすがにだんだんと心細くなったのか、外に向かって声をかけた。

「紗季、あんたも車の中に入んなよ」

 すると、さっきとは違う、下の方から息を吐くような、断続的な声がした。

「ああああああああっ」

 見ると、這うような姿勢の紗季がいた。

「キャっ、……紗季、どうしたの?」

「……違う……私じゃない……誰と……話している……?」

「……おい」

 呼ばれて、梨花は反射的に顔を上げた。


 注意5・幽霊と目を合わせてはならない。

                                     🈡

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