第2話 二組のカップルが暗闇の中でチョメチョメする話
暗闇の中の聞える音というのは、想像力を掻き立てる……。
月もない闇夜、二組のカップルがとある廃墟の病院へと向かっていた。
山の中に入り、一時間。うねうねと曲がりくねった山道を突き進み、やっとその廃墟の病院にたどり着いたのだった。
四人が車のドアを開け、地面を踏みしめる。
「こんなところに病院立てれば、そりゃ潰れるわ」
暗闇に浮かび上がる病院を見上げて、
「スマホも通じない山の中だもんな」
「やっ、虫」
「お化けより、虫のほうが怖いんだけど……」
「お前そんなこと言ってると、霊が怒って、憑りつかれっぞ」
彼氏の遥祐が笑った。笑い声が山の中に響き渡る。
「けど、うわさ通りの雰囲気だな」
梨花の彼氏、
みな、二十代前半といった年齢に見える。
山を切り開いて平らにした広い土地に、白いの病院がぼんやりと浮かび上がっていた。病院の周囲は雑草がはびこり、アスファルトはところどころ剥げ、雑草がはえている。そこかしこにゴミが散乱していて、自分たち以外にも多くの探索者たちが訪れたことを告げている。
ネットで、関東最恐と恐れられている心霊スポットが、この山の中の廃墟の病院であった。
夏のとある週末、高校の同級生であった二組のカップルが、宅のみの席で誰ともなしに肝試しに行こうと言い出した。
「ヤダよ」
紗季は拒否したが、三人が乗り気であった。
「どうする?どっちから行く?それとも男女に分かれるか?」
遥祐が面白そうにいった。
「バカじゃないの」
紗季が本気で嫌がっていた。
「カップルに決まってるじゃん、それと、言い出しっぺの彪たちが先に行ってよね」
「はあ?言い出しっぺは遥祐だろう。お前らが先行けよ」
「どっちだっていいじゃん。じゃんけんしよう」
梨花の一言で、じゃんけんにすることになり、結果、遥祐、紗季のカップルが最初に入ることになった。
「いいか。入って、最初の曲がり角を右に曲がって、そこに階段があるから下りて、地下へ行く。地下へ下りたら、左手に向かって歩けば手術室がある。『手術室』というプレートをスマホで撮って帰ってくる、それだけだ。くれぐれもそれ以外、余計なところへ行ったり、したりするな。噂では、最下層に霊安室があって、そこへ入ると生きて帰れないらしい」
彪が説明する。
「行くわけないでしょう」
紗季が眉間にしわを寄せた。
「霊安室?見てみたいな」
遥祐がいたずらっぽくいった。
「いや、冗談でなく、ネットの書き込みでは、地下に下りてからのことが一番多く書かれていた。誰かの声がして誘導されるとか、手術室からでて階段を上ったつもりが、たどり着いたのは霊安室の前だったとか。ほかにも、白衣を着た幽霊とか、上半身だけの幽霊とか、宙を漂う頭とかの目撃談が書いてあった」
彪がネットの記事を思い出しながらいった。
「何でそんな怖がらせるようなことを言うのよ。行きたくなくなっちゃったじゃん」
紗季が心底嫌そうな顔をして、まとわりついてくる虫を邪険に払う。
「ほら、駄々こねてないで行くぞ」
嫌がる紗季の腕を掴んで、病院の方へと引っ張っていく遥祐。紗季は腰をかがめ、後ろに体重をかけ、行くことを拒む。
「あ、それから注意点が五つあった」
彪が思い出したように声を上げる。
「……」
遥祐がめんどくさそうに立ち止まった。
「1・病院内に入ったら、大声を上げてはならない。
2・声をした方を振り向いてはならない。
3・話しかけられたも返事を返してはならない。
4・二度、同じ部屋に入ってはならない。
5・…… 」
「ちょっと、何か聞こえてこなかった?」
彪の説明の途中、梨花が声を上げ、暗闇の方を振り返った。
「なに?」
紗季が体をこわばらせ、反応する。
「シッ」
梨花は口元に人差し指を押し当てる。
「ズズッズズズッズズ……」
暗闇の中から、何かを引きずるような音が響いてくる。
「聞こえる?」
梨花の問いに、三人はうなずく。
「なにあれ?」
「わからん」
遥祐が答える。その間も、何かを引きずる音は、絶え間なく聞こえてくる。
「なにか、地面を引きずるような音じゃないか?」
彪が耳を澄ましながら、つぶやいた。
「やめてって」
「ちょっと、見てくるわ」
遥祐が酔いに任せて、肩を怒らせ、つかつかと音のする方へ向かっていく。
「止めなよ、危ないよ。ねえ、もう帰ろうよ」
遥祐の腕を掴んで、必死に訴えかける紗季。
「っせえな」
紗季の手を振りほどいて、遥祐は一人草むらへと向かった。
車を置いた空き地の先は、自分の背丈より高い草むらがはびこっていた。その草むらを覗いて、首を動かしている遥祐。
「おい、何かいたか?」
彪が問いかける。
しかし、遥祐はそれを無視して、突如、草むらをかき分け中に入り、姿が見えなくなった。すると、何かを引きずるような音が消える。
遥祐の懐中電灯の明かりだけがぼんやり動いていたが、それもやがて消えた。
「どうしたの?何かあった?」
紗季が声をかけるが、返事がない。
「あいつ、何してんだ?おい、遥祐」
彪の呼ぶ声にも返事はない。
「……」
静寂が包む。
すると、ふたたび、何かを引きずる音が、草むらの方から聞こえてきた。
「ズズズッズズッ……」
彪と梨花は目を合わせた。
「ちょっと、見てくる」
彪が遥祐を追って、草むらへと向かう。
周囲の雰囲気も重く感じられ、暗闇が圧迫するように彪の後姿を見つめる二人にのしかかり、声を発することもできない。やがて、遥祐が草むらの前に立って、遥祐と同じように中の様子を伺う。
「……ねえっ」
「ん?」
紗季の呼びかけに、視線を草むらに向けたまま答える梨花。
「梨花、車のライトッ」
紗季の声に車の方を見ると、ヘッドライトの光が弱くなり、ぼんやりとしだした。
「ヤバい」
梨花は慌てて、運転席へ向かった。エンジンを切って、ライトだけを付けていたので、バッテリーが上がったのだ。
懐中電灯を持ったのは、男たち二人で、残された二人は車のヘッドライトで周囲の状況を確認していた。それが消えてしまえば、周囲は真っ暗になる。梨花は慌てて、運転席に滑り込み、エンジンキーを回した。しかし、時すでに遅し、ライトがゆっくりと消えて、闇が二人を飲み込んだ。
「チッ」
梨花は思いっきり舌打ちをした。
「ねえっ……」
そとから紗季の声がした。
「わかっているって。スマホの明かりで我慢しな」
いらだち紛れに梨花はいった。
それからブレーキを踏んで、何度かエンジンキーを回すが、エンジンが掛かることはない。
辺りは真っ暗で、二人の男たちも相変わらずどこにいるのか、姿を見せない。
「大丈夫?」
紗季が聞いた。
「大丈夫に見える?最悪だよ。……たく、男どもは何してんだ」
ぶつぶつと文句を言っていた梨花であったが、さすがにだんだんと心細くなったのか、外に向かって声をかけた。
「紗季、あんたも車の中に入んなよ」
すると、さっきとは違う、下の方から息を吐くような、断続的な声がした。
「ああああああああっ」
見ると、這うような姿勢の紗季がいた。
「キャっ、……紗季、どうしたの?」
「……違う……私じゃない……誰と……話している……?」
「……おい」
呼ばれて、梨花は反射的に顔を上げた。
注意5・幽霊と目を合わせてはならない。
🈡
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