第4話  雪の日に見た銀河鉄道の煙

 年があけても木崎林檎は学校にくることはなかった。

 たまに見る二組は彼女が最初からいなかったかのような空気だった。

 僕も日常はさほどかわらずにいた。

 休み時間は友達と遊び、放課後はゲームなどしてすごすという毎日だった。


 休日のある日、家でアニメを見ていると突然電話が鳴った。

 母親がでるとつぎに僕を呼んだ。

「木崎って子から電話よ」

 どこかにやにやした顔で母親は僕に言い、電話を代わった。

 まったく母親というやつは。

 

「もしもし……」

 僕は電話にでる。

「急に電話してごめんね。もし、今日、時間があったら駅の近くの歩道橋まで来てくれないかしら」

 木崎林檎は電話ごしに言った。

「うん、わかったよ」

 僕はそう答えた。

 どうせ休みはゲームをして過ごす予定だったので暇だった。

 それにあのかわいい木崎林檎からの誘いだ。

 断る理由はなかった。

 それに一つでも多く彼女との思い出を増やしたかった。



 待ち合わせの時間は正午ちょうどだった。

 歩道橋の上で僕は彼女をまっていた。

 吐く息が白く、雪が降ってきていた。

 その歩道橋から駅の構内がよく見えた。

「来てくれたのね」

 明るい声で僕に話しかけるのは木崎林檎だった。

 白いダッフルコートに同じ色のブーツ。

 その容姿は大人そのものだった。

 コートの前は開いており、赤いブイネックのセーターの胸の膨らみを見た僕は心臓が痛いほど鼓動するのを覚えた。

「私ね、もうすぐこの街をでるの。この街にはあんまり良い思い出はないんだけど君だけは特別だから、お別れをいいたかったの」

 お別れという言葉を聞いて僕は胸が引き裂かれるのではないかという痛みを覚えた。

 それに共有する時間はあまりにも少なかったが、その記憶は鮮烈に記憶に刻まれつつあった。

 

 寒さで冷たくなった僕の手に木崎林檎は自分の手を重ねた。

 ちょっと痛いほどぎゅっと握る。

 暖かく、柔らかく、女の子の手っていうのはこんなに気持ちいいものなのだと初めて思った。

「見なよ、来たよ」

 そう言い、木崎林檎は僕の手を引く。

 駅の構内を指差した。

 駅には蒸気機関車が白い煙をもくもくと天にむかって吐き出していた。

 煙がのぼっていく空から雪が降っている。

 小さな雪は木崎林檎の紅い頬にあたり、じわっと溶けた。

「あの列車ね、銀河鉄道っていうのよ。私、あれを見たかったのよね」

 頬を赤らめて、興奮しながら、木崎林檎は言った。

「あれに乗ったらカンパネルラに会えるかな」

 木崎林檎は言った。

 ふふっと彼女は笑う。

 銀河鉄道の夜の話を知っている。

 カンパネルラは死んでしまったから、あの銀河鉄道に乗ることになったのだ。そのカンパネルラに会うということは遠回しに死にたいということだろうか。

 僕は死んでほしくないと心の底から思った。

「カンパネルラに会うには銀河鉄道のパスが必要だよ、持ってるの?」

 僕は言った。

 木崎林檎はツインテールの頭を左右に振った。

「私もってないや、ありがとうね。銀河鉄道に乗るのはもっともっと先にするわ」

 彼女は言った。

「これは私と君だけの思い出だからずっと忘れないでね」

 木崎林檎はその潤んだ瞳で僕をみつめながら、言った。

 僕はこの日、この時の彼女の顔を忘れることができない。

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