第3話 好物はアップルパイ
それから数日がすぎた。
友人の話では木崎林檎は不登校になったとのことだった。
その話を聞いたとき、やはり僕は自分の無力さを痛烈に思い知らされた。
それと同時に友達でもない僕にできることはほとんどないなと思うどこか冷静な自分がいた。
思えばそれがいやな大人の気持ちの始まりだったのかもしれない。
下校途中、僕は木崎林檎にであった。
彼女は僕の傘を握りしめていた。
「あのね、傘ありがとう。とてもうれしかったわ。それでね、お願いがあるんだけど」
上目使いで木崎林檎は大きな瞳で僕を見る。
そんな目でお願いごとをされたら、断ることができる男の子はこの世にいないだろう。それが演技なのか素でやっているのか僕にはわからなかった。
「なに」
僕は言った。
「この傘もらってもいいかな」
木崎林檎は言った。
「ああ、いいよ」
僕は即答した。
母親には壊れて捨てたといったのであげても別に問題ないな。
「ありがとう、大事にするね」
木崎林檎は微笑みながら、もと僕の傘をその胸にぎゅっと抱きしめた。
やはり彼女には笑顔が似合うな。
「ねえ、お礼に家においでよ。ママが作ったアップルパイがあるの。食べていってよ」
木崎林檎は言った。
その日、木崎林檎の家にまねかれて食べたアップルパイは僕の短い人生で味わったどの食べ物よりも美味しいものだった。
その味は大人になった今でも忘れることはできない。
それ以来、僕の好物はアップルパイになったが、木崎林檎の家で食べさせてもらったものを越えるものに出会えずにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます