第3話 好物はアップルパイ

 それから数日がすぎた。

 友人の話では木崎林檎は不登校になったとのことだった。

 その話を聞いたとき、やはり僕は自分の無力さを痛烈に思い知らされた。

 それと同時に友達でもない僕にできることはほとんどないなと思うどこか冷静な自分がいた。

 思えばそれがいやな大人の気持ちの始まりだったのかもしれない。


 下校途中、僕は木崎林檎にであった。

 彼女は僕の傘を握りしめていた。

「あのね、傘ありがとう。とてもうれしかったわ。それでね、お願いがあるんだけど」

 上目使いで木崎林檎は大きな瞳で僕を見る。

 そんな目でお願いごとをされたら、断ることができる男の子はこの世にいないだろう。それが演技なのか素でやっているのか僕にはわからなかった。

「なに」

 僕は言った。

「この傘もらってもいいかな」

 木崎林檎は言った。

「ああ、いいよ」

 僕は即答した。

 母親には壊れて捨てたといったのであげても別に問題ないな。

「ありがとう、大事にするね」

 木崎林檎は微笑みながら、もと僕の傘をその胸にぎゅっと抱きしめた。

 やはり彼女には笑顔が似合うな。

「ねえ、お礼に家においでよ。ママが作ったアップルパイがあるの。食べていってよ」

 木崎林檎は言った。


 その日、木崎林檎の家にまねかれて食べたアップルパイは僕の短い人生で味わったどの食べ物よりも美味しいものだった。

 その味は大人になった今でも忘れることはできない。

 それ以来、僕の好物はアップルパイになったが、木崎林檎の家で食べさせてもらったものを越えるものに出会えずにいた。

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