第2話
デートから数日後のことだ。
美奈子は水瀬の素振りがおかしいことに気づいた。
綾乃の登校日にはほとんど側にいるはずの水瀬が、何故かいない。
かと思えば、いつも以上にボーッとしているコトも多い―――。
「悠理君、どうしたんでしょうか?」
放課後、図書館にむかう途中、不意に綾乃が美奈子に言った。
「最近、あんまり顔を見ないんですけど……」
「んー。季節の変わり目だから?」
「―――体調、おかしくしたんですか?」
「アタマがおかしいのは今に始まったことじゃないんだけどねぇ」
図書館に入った二人が絶句したのは、ある女の子と親しげに話す水瀬の姿があったからだ。
一冊の本を前に、並んで座り、女の子と楽しげに話す水瀬。
美奈子がちらりと横を向くと、何でもないという顔の綾乃が、踵を返して図書館から出て行くところだった。
「ち、ちょっと瀬戸さん?」
「用事を思い出しました。これで帰ります」
歩調を早めて、下駄箱に向かう綾乃の姿を、美奈子はただ、呆然として見送るしかなかった。
翌朝−
綾乃は、ちらちらと水瀬を見つめては、朝からため息をついていた。
そんな綾乃にまるで気づかない水瀬は、反対に誰かを待っているようだった。
「あ。鳴瀬さん」
教室に入ってきた図書委員に近寄った水瀬が、二言三言告げる。
相手は
鳴瀬清花(なるせ・さやか)−。
普通科コース在学。クラスの図書委員と目立つところがない、いわばごく普通の子。
神社の娘で、腰まで伸ばしたロングのストレートヘアをリボンでまとめた上にメガネという、清楚で古風なタイプだ。
「あ。おはよう水瀬君。どう?」
「うーん。やっぱりヒントちょうだい?」
「ダメ。自分で解くって言ったのは水瀬君ですからね?」
「ううっ。……けち」
「瀬戸さん。大丈夫?」
そんなやりとりをニコニコと見つめる綾乃に、そっと耳打ちする美奈子。
「水瀬君、お友達が増えたみたいですね」
口調こそ楽しげだが、手にしたシャープペンシルにはヒビが入っていたのを、美奈子は見逃さなかった。
(……瀬戸さん、まさか)
昼食
クラスでキョロキョロしているのは綾乃だった。
手には二人分の弁当箱がある。
「悠理君、どこ行ったのかしら?」
「さっき、鳴瀬さんと一緒にいるの、見たぞ?」綾乃の横の席の羽山がそう言った。
「鳴瀬さんと?」
「ああ。最近、二人でいること多いな。あいつら」
「……」
その日、綾乃は昼食を食べなかった。
放課後−
「あ、水瀬君」
美奈子が帰ろうとする水瀬に声をかけた。
「今からみんなでマックにでも行こうかって思うんだけど」
「ごめん。鳴瀬さんと約束があるから」
水瀬はそういって、いそいそと教室を出て行った。
ビギッ
妙な音が教室中に響き渡ったのは、その瞬間だった。
驚いて振り返った美奈子がみたものは、
「あらいけない」
引きちぎられた革製のペンケースの残骸を、カバンにしまう綾乃の姿だった。
どうやら、美奈子の予感は的中したらしい。
「瀬戸さんが?」
「うん。多分、だけどね」
美奈子は、綾乃が席を外した後、居残っていた学級委員長、森村有希子と話し込んでいた。
冷静沈着、スーツでも着せればやり手のキャリアウーマンで通りそうな有希子は、美奈子の口から出た意外な言葉に、正直、驚いていた。
「でもさ。瀬戸さん、そんなに鈍いと思えないけどなぁ」
「そりゃ、私だってそう思いたいけど」
「あんたの勘違いじゃない?瀬戸さんがヤキモチやいてるなんて」
「でなきゃ、説明付かないもん」
「しかも、自分がヤキモチやいてることに、瀬戸さんが自覚してないなんて、信じろっていう方が無理」
「うーん」
確かに、綾乃は真面目な性格、つまりはマトモであることを売りにしている。だからこそ、そこまでニブいなんて普通は信じられなくて当たり前だ。
それはわかる。
だが、それでは綾乃の素振りの説明が出来ない。
席に戻ってきた綾乃を遠巻きに見る美奈子達だが、それはどう見ても普段通りの綾乃だ。
「ねぇ、水瀬君てさ−」
別の女子生徒達の群れから、そんな言葉が聞こえてきた。
カバンに学用品を詰める手を止める綾乃。
「あっちの方ってどうなのかなぁ?」
「見た目、かなりお子ちゃまだけどさ、ああいうのがスゴいって聞いたよ?」
「……」
瞬き一つせず、一言たりとも聞き逃すまいとする綾乃の耳は、すでにダンボになっていた。
「水瀬君ってさ。経験あるのかなぁ?」
「あ、それ、すごく気になる!」
「なんか、ウワサだとさ。あるらしけど」
「えーっ!?相手誰!?」
「……」
メキメキメキ−
綾乃に掴まれた牛革製の学生鞄が音を立ててへしゃげていく。
K−○ファイターも真っ青の握力というか、とてもではないが、アイドルのすることではない。
「……これでも否定する?」
その光景に思いっきりひきながら、美奈子は有希子に訊ねた。
「否定、できないわね……」
高田神社
午後9時
水瀬が帰った後、清花は倉の片づけを手伝わされていた。
「いい子だな。悠理君は」
棚から箱を下ろしながら、清花の父は満足そうにいった。
「うん」
「さすがに水瀬家の跡取りだ」
ちらりと清花を見た後、父は呟くように言った。
「本当はお前には悠理君の所に嫁いでもらいたかったがなぁ」
ガチャンッ!!
唐突な発言に、清花は手にしていた巻物の束を落としてしまった。
「お、お父さん!?」
顔を真っ赤にして振り向く清花。
「水瀬家は名門だぞ?神社の格式もうちとは比較にならん。財力も権力もある。そこと血縁になれるんだ。そんなに悪い話じゃないだろう」
「思いっきり政略結婚な気が……」
「なにより、お前だって悪いって顔はしてないぞ?」
「もうっ!知らない!」
父親の笑い声を無視して、ちらばった巻物を一つ一つ集める清花だが、最後の一つを手にして、動きを止めた。
「お父さん」
「ん?」
「これって、封印の呪符じゃない?」
巻物に張り付いていたのは、古ぼけて判断がつきづらいが、魔物封じの符だ。
「ああ。本当だ。こんなところになんで……何?うーん。文字がかすれてわからないなぁ―――」
巻物を手にした父親が、巻物を照明に照らし出して固まった。
封印は、破れていた。
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