美奈子ちゃんの憂鬱 何が原因!?

綿屋伊織

第1話

 エピローグ その夜の出来事



 水瀬は、布団を頭から被って震えていた。

 

 ある災厄が訪れないことを祈りながら―――。

 

 大丈夫、大丈夫だから―――。

 ガチガチ震える歯に苦労しながら、自分に言い聞かせるように、何度も「大丈夫」を口にするが、震えは収まろうとはしない。


 何が大丈夫かわかんないけど、とにかく大丈夫なんだから―――


 神社と周辺に仕掛けられた科学的セキュリティと迎撃システム(特殊部隊数個小隊程度なら余裕で迎撃可能)は、ついさっき、すべて、完全に、破壊された。

 霊的防衛システムも破られるのは時間の問題だろう。



 そして―――



 バキィッ!

 ドズンッ!


 カギが引きちぎられ、ドアが蹴り破られる音が家中に響く。


 来た―――。


 一歩一歩、怪獣でも歩いているのかと疑いたくなるような足音がこちらにやってくる。

 

 ついに、部屋の前に来た。

 

 障子越しに浮かび上がる姿を見た途端、夜叉が女神に思えてきた。


 「悠理君―――」

 

 地獄の閻魔様だってもっとカワイイ声を出すだろう程の声が、障子を揺るがす。


 「―――!!!」

     

 「ここを開けてください―――開けてくれないなら―――」


 あとはつっかえ棒、そして「施錠」の魔法だけが頼りだが、それすら無意味であることを、水瀬はどこかで理解していた。

 

 「破りますよ?」




 ―――水瀬は、死を覚悟した。





 10日ばかり前のことだ。


 「水瀬が最近、瀬戸綾乃と仲がいい」


 そんなウワサが出たのは、ここ最近のことだ。



 確かに、綾乃が自発的に、しかも親しく声をかける男子生徒なんて、水瀬以外にはいないし、休み時間も、女子生徒以外で一番側にいるのは、いつも水瀬だ。

 

 綾乃によると、水瀬は幼なじみなのだというが、綾乃の接し方は、誰の目にもそれ以上の意味を感じ取れた。

 故にもし、水瀬が普通以上の外見のオトコだったら、周囲の狂信的綾乃ファンが水瀬を生かしてはおかないだろう。


 「ムカついたから刺した」位のことは平然と言ってのける連中が、周囲にはゴロゴロいるのだから。

 しかし、男子生徒がまともに水瀬・綾乃カップル説を信じようとしない理由は、一重に水瀬の特異なキャラクターにあった。

 魔法騎士云々以前に、水瀬は決して「普通」ですらなかった。

 その外見はオトコらしいとか、かっこいいという言葉からはほど遠く、行動も言動も学園で一番浮世離れした、いわば「変人」だ。

 だから、二人のウワサを聞いた草薙などは「お姫様とピ○チュウの恋愛話や」と笑った位―――。

 

 つまり、どうみても釣り合いがとれない。


 男子生徒は、内心で焦りを感じながらも、表面上は平静を保ちつづけた。

 そうはいかないのが女子生徒達。

 女子生徒達にとって、水瀬は「よくて弟、悪くてマスコット」(羽山浩一談)と言われている。

 お気に入りのオモチャが綾乃に独占されるようで面白くない。と、感じる女子生徒は、決して少なくはなかったのだ。


  

 その二人がWデートというのが、今回のお話。


 「遊園地?」

 綾乃と美奈子が教室で昼食をとっている所へ、チケット片手に現れたのは、クラスのお笑い担当、品田浩二だった。

 「そや。アトラクション一新した後やから楽しめるで?」

 「―――だそうだけど、私を誘ってるってわけじゃなさそうね」

 ちらりと綾乃を見る美奈子。

 「い、いやいや違うで!やましいトコなんてナイ!見てみぃ!この真剣な目を!」

 ぐいっと顔を近づけてくる浩二を、胡散臭いという眼差しで一瞥する美奈子。

 「魚河岸に並んでたら鮮度疑うわ」

 「ワイは腐っとるんか!」

 そんなふたりのやりとりをクスクス笑いながら見ている綾乃―――。

 

 「どや!?確か綾乃ちゃん、明日はオフやろ!?」

 

 鼻息も荒く綾乃に迫る品田。


 「うーん。そうね。いいですよ?」


 「ホンマか!?」


 「ええ。でも」


 そのセリフに、品田はがっくりと肩を落とした。


 「せっかくですから、美奈子ちゃんや悠理君も一緒に行きましょう?みんなの方が絶対楽しいもの」


 凶悪なまでの笑顔を前に、何一つ反論することもできず、浩二はただ、頷くだけだった。

 「あー。はいはい。じゃ、水瀬にはワイの方から話しとく」

 「お願いします。美奈子ちゃんは、明日はどうですか?」

 「いいわよ?全額、品田君のおごりらしいから」

 「なんでやねん!」

 涙ながらのツッコミを無視した美奈子が言い切った。

 「デートで女の子にお金払わせるなんて、最低よねぇ。ね?綾乃ちゃん?」

 「え、ええ、た、多分……」

 どよーんとした黒雲を頭に作った浩二に出来ることは、涙ながらに頷くだけ。

 

 くっそぉ!

 浩二は水瀬を捜して校内をうろつきながら思う。

 桜井のアマ、ショタコンのクセしてナマいいやがって。いつか絶対、キャーンいわせたらぁ!

 そういうシーン(−自主規制−)を連想し、

 ―――それも、いいかなぁ。

 と、鼻の下を伸ばし歩き続ける浩二は、誰の目から見ても変人というか、変態そのものだった。

 変態として校内をさまよい、生活指導の先生に怒鳴られた後、教室の前でようやく浩二は水瀬を見つけた。

 図書委員の鳴瀬清花(なるせ・さやか)と一緒だった。


 水瀬とは何か熱心に話しながら歩いているようだが、浩二には一切関係ない。


 「おい水瀬!」

 ぐいっ と水瀬の肩に腕を回し、スリーパーホールドの要領で首を絞める品田と、突然のことに驚く水瀬。

 「なっ、何!?」

 「よろこべ。デートや」

 「デート?」

 「そや。明日9時、駅前集合や。ええな!遅れたらシバくで!?」

 「あ。あの、品田君?」

 「なんや?」

 「あのね?デートって、何するの?」

 「……女の子の護衛や」



 桜井美奈子の日記より

 ○月凸凹日(土曜日・晴れ)


 昨日、品田君が遊園地に行こうと言い出した。

 品田君のお目当ては瀬戸さんだろうし、私が品田君にデート費用全額負担を認めさせたのは当然のことだ。


 で、今日、デート当日。

 天気は快晴。

 待ち合わせ場所には、水瀬君と瀬戸さんは時間より少し早めに来ていて、何か話し込んでいた。

 水瀬君は春物のシャツにジーンズの上からウィンドブレーカーを羽織り、リュックに大きめのキャスケット帽姿。お嬢様然とした瀬戸さんの姿とセットで園児と保護者。そこまでいったら言い過ぎかな?

 私が来たら話すのをやめたので、何話していたのかは不明のまま。

 でも、遠目に見てもこの二人、結構いい感じじゃないかな。


 品田君は10分遅刻。

 「おめかししてて時間かかった」といいはったが、あたまに寝癖がついていたのを私は見逃さなかった。

 遊園地はアトラクションが一新されただけあって結構楽しめた。

 瀬戸さんも品田君も楽しんでいたようだけど、水瀬君は珍しがりはしても、どっちかというと、楽しんでいるというより、何となく、本当に何となく、周辺を警戒しているという素振りだった。

 水瀬君は遊園地そのものに来るのが初めてだという。今時、そんな子がいるとは思えなかったけど、本人がいうからには間違いないんだろう。

 そのときは、珍しすぎて緊張しているのかな?とか勝手に思っていた。

 瀬戸さんはライド系は苦手らしく、しきりに品田君が誘っても断り続けたし、水瀬君も私達の側から離れるのを嫌がった。

 「しゃあない。水瀬、ついてこい」

 「やだ」

 「おまえ、怖いんか!?」

 「あそこじゃ、護衛が出来ないよ」

 護衛?

 品田君があわてて水瀬君の口をふさいでいたけど、それで全部わかった。

 水瀬君は、私達の護衛っていわれてここに来たんだ。


 そう。品田君、絶対、水瀬君にウソついている。

 後でバレてどうなってもしらないからね。

 私は品田君がこの後、どう動くか知りたくて、ウソの件は知らんぷりしていたが、お昼を食べる頃になって風が吹き出してから流れが変わった。

 「風が少し寒いわね」

 ワンビースにボレロといういかにもお嬢様風の装いの瀬戸さんがぽつりとそうつぶやいたのを水瀬君が聞いて、

 「じゃ、これ、貸してあげる」

 と、自分のウィンドブレーカーを瀬戸さんに渡して移動する段階になってからだ。

 よくみると、水瀬君もかなり仕立てのいいものを身につけている。やっぱり育ちなのかな。

 少し前を歩く水瀬君の後ろ姿を見た瀬戸さん(なんだか少しうれしそう)が、水瀬君に声をかけた。

 「悠理君」

 「何?」

 「腰に何をつけているの?」

 私も気にはなった。

 水瀬君の腰から下げられた3.40センチ位の金属の2本の棒みたいな物。

 白い象牙みたいな素材に金の飾りが綺麗だった。

 「あっ。気にしないで」

 水瀬君は慌ててリュックにしまおうとするけど、言われて気にならないはずはない。

 「あのね。水瀬君。そういうのって、気にしてくださいっていってるのと同じなのよ」

 と私が釘を指すと、水瀬君はしぶしぶという感じで一本を腰からとって言った。

 「れいはって、知ってる?」

 誰も知らなかった。

 「えっと、サイコ・ブレードともいうんだけど、要するに、魔法騎士専用のカタナ」


 水瀬君、武器まで持ってきていたとは……。


 「どうして、遊園地に武器なんか……」

 瀬戸さんもこの時点で思い当たる節があったらしく、冷ややかな目(瀬戸さんもこんな目が出来たんだ!)でにらむ先には、必死にとぼけた顔をする品田君の姿が……。

 「……ごめんね……えっと、気分、悪くした?」

 水瀬君、私達が気分を悪くしたと思ったらしく、しょぼんとしてしまった。

 

 このとき、私はこの前の瀬戸さんの言葉を思い出した。

 

 水瀬君にとって、魔法騎士としての何かを他人に見られるということは、単なる水瀬君という存在とはかけ離れた所で評価されてしまうことになる。

 それは、単なる人間じゃなくて、兵器として見られるということだ。


 そんなの、普通じゃない。目の前にいるのは機械じゃない。

 だから、このままじゃ、いけない。私は水瀬君の友達だもんね。

 「大丈夫。今日、そんなもの必要ないわよ」と私がいうと、瀬戸さんも

 「そうです。せっかくなんですから、楽しみましょ?」

 「でも……」

 水瀬君、まだ、自分が護衛で呼ばれたはずだと信じているらしい。

 「いざという時、護衛は頼むけど、それまでは一緒に楽しんでほしいな」

 という私の一言に、水瀬君もようやく安堵のため息をついた。

 「……うん」

 少し、水瀬君が笑った気がした。

 「じゃ、行こ」

 と、水瀬君は品田君の背を軽くたたいただけなのに、品田君は空中に持ち上げられる格好で尻餅ついていた。

 水瀬君なりの報復、ってトコかな。

 この後、私達は本気で遊び倒した。

 オバケ屋敷でオトコらしい所をみせようとした品田君は、実はオバケが怖いらしくて、後から入ったくせに私達を追い抜いて出口まで逃げていったけど。

 水瀬君は水瀬君で、初めて来る遊園地に興味津々のはずなのに、私達の存在を忘れることはなかった。

 本当は、今日一番はしゃいでいたのは水瀬君。

 でも、ジェットコースターに乗りたいはずなのに、瀬戸さんが苦手という理由であっさりあきらめてくれたし、私達が楽しい時間が過ごせるようにと、いろいろしてくれた。

 やっぱり、水瀬君って優しいし、しっかりしてるし……って、私、何書いてるんだろう。

 ちなみにこの日のデート代は、全額品田君持ち。なんか泣いていたけど、無視無視。

 肝心の品田君、この水瀬君へのウソで瀬戸さんの好感度を一気にダウン。

 さすがに育ちというか、逆に水瀬君は私達をきちんとエスコートしてくれたので好感度アップ確実……かな。  



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