第2話
ひどいプライバシーの侵害だ、と申し立てをしたことがある。
僕らは高校生だった。同じ高校で同じクラスだったのだが、学校で顔を合わせたことはなかった。僕は不登校だったのだ。
蒸し暑い夏の晩、ファーストフード店のコーラ一杯で四時間粘っていた僕は、隣の席のカップルがイチャイチャしだしたことをきっかけに店を出た。
繁華街の近くをあてもなくうろうろしていると、すぐ警察に見つかった。君、高校生?こんな時間に何してるのかな?よくドラマとかで見るやつ。なんだか現実感がなくて、ぼんやりしていた。すると、肩に体重がのった。
「や、刑事さん、これ僕の弟です。今から連れて帰るんで、ご心配なく」
第三者が出てきてそう言った。
「いやいや、どう見ても同い年でしょ」
「童顔なんでー」
のしかかる体重の主が言う。髪がネオンに透けて光っていた。
「とりあえず、一緒に来てもらえ……あ!」
警官が言いかけたとき、肩が軽くなって腕を引っ張られた。ざらりとした布の感触がした。こいつ、このくそ暑いのに、手袋をしている。
「走れ!」
謎の少年が叫んだ。目の前で波打った髪が跳ねていた。白いTシャツが繁華街の灯りで色んな色に染まっていく。僕は腕を掴まれたまま、もつれる足でなんとか走った。
路地裏を曲がって、散らかったゴミを飛び越える。いつの間にか警官の姿はなくなっていた。
「制服で夜遊びなんて、やるぅ」
お節介を焼いてきた少年は揶揄するように言った。肩で息をしている。かくいう僕も息を切らしていた。
「別に夜遊びをしてた訳じゃ……」
彼は僕の抗議に耳を貸さず、呼吸を整えると、真剣な顔でこう言った。
「やっと見つけたぜ」
「え?」
そしておもむろに手袋を外す。今度は素手で僕の腕を掴んだ。若干湿っていて気持ち悪い。
「何かきこえた?」
「何かって?」
「なんか……具合悪くなるカンジの声とか」
「さっぱり要領を得ないんだけど」
人違いじゃない?そう言って手を振り解き、入ってきたのとは反対側から路地を出る。中二病というやつだろうか。やっぱり夜出歩くようなティーンエイジャーに碌なのはいない。
「っかしーな。だって飯島透真って、あんたでしょ?」
僕は振り返った。なんで個人情報を特定されているんだろう。彼はにまにまと笑った。
「当たり?イージマトーマってなんか韻踏んでるよなあ」
「初対面の相手には自分から名乗るって教わらなかった?」
「ああごめん。オレは斎藤夏月。ちな初対面じゃない」
「悪いけど記憶にない」
「だろうね。でもオレはガッツリ覚えてるわけですよ」
前髪から覗く目はひどく真剣だ。どうしよう、もう一度逃げたほうがいいのだろうか。
「高校受験のとき……あ」
警官が大通りを歩いてくるのが見えて、路地に引き返した。通り過ぎるのを待って、夏月が言った。
「あー、立ち話もなんだから、場所変えるか」
蚊もいるし、と言ってべちんと腕を叩く。しばし、彼について行ってよいものか逡巡した。でも結局、行くあてなんて他にはなかった。蒸し暑さと蚊の襲来から身を守れるならどこでも同じかと思い、僕は彼についていくことにした。
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