拈華不笑

絵空こそら

第1話

 新月が好きだ。見えないくせに「月」と銘打ってあるところ。真っ暗な空にぽっかり、黒い、完璧な円形が浮かんでいるような錯覚。

 夏月に似てる。

「え、どゆこと」

 それを言うと、夏月はいかにも不本意といった声を出す。

「さあ」

 マッチの箱から一本取り出して、側面で擦ると、暗闇の中で小さな光が燃える。

「お前、やっぱ意味わからん。だから友達いねーんだ」

 失礼な、少しくらいはできたわ。と言う代わりに笑っておいた。火を移した線香花火は湿気っていて、一瞬光ったのちすぐ消えた。


 昼間は残暑で汗が流れるくらいだというのに、夜の砂浜はずいぶんと冷える。そして驚くほど静かだ。波の音さえしていないように感じる。

 ふはつ。と呟いて、夏月は不完全燃焼の花火を回収した。水につけられた線香花火が、無念の体で無気力にバケツの水を揺蕩っている。

 家から持ち出してきたアルミ製のバケツを間に挟んで、僕らはしばらくぼうっと海を見ていた。空なのか海なのかわからない暗闇。その景色は不安に似ていて、だからこそ親しみやすかった。

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