第4話

 これが最後のプロポーズ。まずはちゃんと好きだと伝えよう。

 私はそう決めていた。

 それなのに。


「先輩、好きで……」

「如月、ごめん」


 言い終わらないうちに、結婚の言葉も言わせてもらえずに、最後の戦いが終わってしまった。

 視界が涙でにじむ。先輩の前では泣かないと決めていたのに。


「さよう……なら……」


 一刻も早くこの場から逃げ出したくて、私は先輩に背を向けた。

 走り去ろうとした時、背中越しに声がかかる。


「ちょ、ちょっと待てよ。何か言おうとしてただろ?」


「何を言ってるんですか。言い終わらないうちに断ったくせに」


 せめてちゃんと最後まで聞いて、それから断ってほしかった。

 私が少しの恨みを込めて言うと、なぜか先輩はきょとんとする。


「えっと……断ったって何が?」


「ごめんって言ったじゃないですか。私のプロポーズ、まだ終わってなかったのに」


「え?あ、悪い。同時に喋ったから如月が何を言ったかは聞き取れてなくて」


「じゃあ、何を謝ったんですか?」


「俺が先に喋っていいのか?」


「どうぞ。その代わり、私の話も最後まで聞いてください」


「分かった」


 先輩は一つ深呼吸すると、胸ポケットから1枚の紙を取り出した。


「思い出したんだよ。10年前のこと」


「……っ!!」


 先輩が10年前のことを思い出してくれた。

 ということは、今手に持っている紙は……


「『けっこんのちかい なつの さくと きさらぎ すずか』。昨日、アルバム見てたら出てきたんだ。それまで、如月 涼花の名前を聞いても全くピンとこなかった。ごめんっていうのは、気付けなかったことに対するお詫びだ」


「やっと……やっと思い出してくれたんですね」


 さっきとは違う感情の涙が、ぼろぼろと落ちていく。

 ただただ素直に嬉しかった。

 先輩が誓いを思い出してくれたこと。

 まだ「けっこんのちかい」を持っていてくれたこと。

 そして10年前の女の子が私だと気が付いてくれたこと。

 こんな奇跡が現実に起きていること。

 全てが嬉しかった。


「1年間、全く気付かなくて本当にごめんな。それが一つだ。本当に悪かった。申し訳ない」


「一つってことは他にも?」


「ああ。俺はずっとプロポーズを断り続けてきたよな?何で断るんだろうって考えた時に、最初は本当にその気がなかったからなんだけど、最近はどうも違うような気がして」


 一つ一つ、慎重に言葉を紡いでいく先輩。

 私は息をするのも忘れて続きを待つ。


「いろいろぐちゃぐちゃ考えてるうちに、何がなんだか分からなくなって。でも一つだけはっきりしたのが、俺はお前といて楽しいってことだった」


 どこか照れくさそうな先輩は新鮮だった。

 初めて見る表情だけど、その態度に嘘はない。

 本当に私といると楽しいんだと伝わってきた。


「だからさ、これからも仲良く出来たらなって。それがもう一つ」


「分かりました」


 先輩の「仲良く」が、今の関係のままなのか。それとも恋愛感情を含むものなのかは分からない。

 私だって、ずっと先輩と仲良くしていたい。

 それでも、どうしてもこの気持ちだけははっきりさせておきたかった。

 私は深く息を吐くと、一度は諦めかけた365回目の勝負へ気持ちを整える。


「それじゃあ、次は私の番ですね」


 ※ ※ ※ ※


 如月も胸ポケットから紙を取り出した。

 見なくてもそれが「けっこんのちかい」だと分かる。

 やはり彼女も大事に持ち続けていたのだ。


「10年前の遊びで作ったものだろって笑われるんじゃないかと思うと、この紙を先輩の前に持ち出せなかったんです。これを否定されることは、私の恋心を全て否定されるのと同じな気がしたので」


 大切そうに紙を胸の前に持って話す如月。


「だから、先輩がきれいな状態で持っててくれたのが嬉しかったです。本当にありがとうございます」


 如月は少し照れくさそうにはにかんだ。

 計算だとかあざとさだとか勘ぐる方が下衆に思えるほど、きれいで温かい笑顔。

 正直、めちゃくちゃかわいい。


「私も先輩といると楽しいです。照れ隠しにからかっちゃうことはあるけど、それもまた楽しいというか」


 そこは楽しむなよ。

 というか、彼女のからかいやイジリは照れ隠しのレベルを超えている気がするんだが。


「だから、私も先輩と仲良くしていきたいです。でもただの友達じゃなくて、大好きな人としてそばにいたい。私は心の底から先輩が大好きです」


 今までと同じように、如月は右手を差し出した。


「先輩、私と結婚してください。じゃないと、もうかまってあげませんよ?」


 もうかまってあげない、か。

 脅しじゃねえか。

 どう答えよう。

 結婚って今すぐに?それとも何歳の時にという年齢を決めて?まずはお付き合いからか?

 俺は再びあれこれと考え始めてしまう。

 その様子を見て如月が言った。


「咲人くん、結婚しよ?YesかNoかだよ?」


 咲人くん。

 そういえば10年前の如月は俺のことをそう呼んでたっけ。俺は涼花だったか。

 そうだよ。どのみち10年前に一度結婚した2人じゃないか。

 その2人が成長して再会するなんていう、ひどくありふれた展開がここで起きている。

 だったらこの先に、2人仲良く歩いていくハッピーエンドが待っているのだってありふれたお約束だ。


「結婚しよう。涼花」


「……っ!!」


 涼花は声にならない声を上げたかと思うと、俺に思いっきり飛びついてきた。


「良かった……。もし今日ダメだったら、咲人くんのこと諦めようと思ってたんだよ」


 マジか。危ないところだった。

 一緒にいるだけでこんなに楽しい悪魔みたいな後輩を失ってなるものか。


 号泣する涼花の体を優しく抱きしめ、震える手で頭を撫でる。

 こんなこと、楽にもしたことないから正しい方法なのか分からない。


「下手くそですね。さすが陰キャ先輩」


 涼花が涙ながらの後輩口調になった。


「素直に受け取れよ……」


「……すいません」


 謝られたら謝られたで調子狂うな。

 彼女といることが楽しい。からかい、からかわれるのもその一部なのかもしれない。


「咲人くん、明日もデートしてくれる?」


「もちろん。こちらこそよろしくな」


「ふふっ、咲人くんがそんなにデートしたいならしてあげます♡」


「……はいはい」


 泣いたり笑ったり忙しい奴だ。

 表情がどんどん変わっていくさまも見ていて楽しい。


 「先輩、結婚してください」と毎日プロポーズしていた小悪魔後輩JKとそれを断り続けていた俺。

 実は2人が10年前に出会って結婚していたことは俺たちだけが知っている。

 そんなありふれた奇跡が起きていることを俺たちだけが知っている。


「今日は一緒に帰る?」


「一緒に帰るって……ここまでだろ?」


「咲人くんの家に♡」


 そう言うと、涼花は俺の左腕に自分の右腕を絡ませてきた。


「まずは私の家で着替えを取って、それから咲人くんの家に行こ」


「本気か?」


「だって夫婦でしょ?」


「婚姻届は出してないけどな」


「10年前にもう作ったじゃない」


 涼花が「けっこんのちかい」をひらひらさせる。

 その顔は、今までになく幸せそうな笑顔に満ちていた。

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「先輩、私と結婚してください」と毎日プロポーズする小悪魔後輩JKとそれを断り続ける陰キャ先輩〜実は2人が10年前に出会って結婚していることを後輩JKだけが知っている〜 メルメア@『つよかわ幼女』発売中!! @Merumea

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