第18話 華のない旅路

早朝、駅前にある8人の子供の銅像の前で待ち合わせをしている。

急いでホームに向かいOLやパンを加えて走る女学生とタイツを履いていないのは非常に残念だ。

だが、決まりごとを守ろうと走っていることには関心している。

時計の針が9時を過ぎているのに誰も待ち合わせの場所にいないからだ。

淀川さんや旭は兎も角、野郎二人は何をしているんだ。

タイツを履くという神聖な行為を行うこともないのだから大した準備もないだろう。


「お待たせー、朝マックしてたら遅れてさ。あ、平野の分は裕馬が食べちゃったよ」

「あぁ、おはよう。はい」


遅れてごめんの謝罪の一言もせず、手渡してきたのくちゃくちゃにハッシュドポテトの包みだった。

咄嗟に投げ返してやろうかと思ったが、食べ物を粗末にするのは絶対にしたくないし、他人の金で食う飯ほど美味いものはないので、かぶりついた。


「何不機嫌そうにしてるんだ?あ、寄ろうて行ったのは裕馬だかんな」

「遅れて来といてマクドに寄った挙句、人のせいにすんな。てか似合わないピアスを外せ」

「イッテテテテッ!ひ、引っ張るなって。……そう言えば女子らはどうした?」


真っピンクになった片耳を抑え、辺りを見回した。

見た所、髪はワックスで整えて服装も女性受けしそうな清潔感のあるものにしている。

おまけにコンビニに寄ったのかお菓子も買ってある。普段は金の無駄と言って昼飯やお菓子をケチる虎史がわざわざ買ったということは、女子と一緒に食べようとしたのだろう。

全く、欲深い男だ。

まあ、こいつのことなんてどうでもいい。

それにしても朝マックのハッシュドポテトは他のものより格別だな。

普段のスティックのポテトもいいが、このサクサク感と味付けが癖になる。

それに虎史の奢りなのだから、人生で1番美味いハッシュドポテトなのかもしれない。

そんな事を考えながら、虎史の隣で朝マックを食べている巨漢にも目を向けると、こっちも変わったところがあった。


「裕馬は何でカメラを持っているだ?そんなの今まで持ってなかったらだろ」

「え、旅先でタイツを撮るためだよ。常識だろ」

「常識だな」

「お前らの常識を疑いたわ」


陽キャにも陰キャにもなれない中途半端な奴が何か言っているようだが、耳に入らない。


「まぁ、取り敢えず電車に乗ろうぜ。この感じだと来ないのは明白だろ」

「いや、来るに決まってんだろ」

「それじゃ、旅行が決まってからの間になんか連絡は来たのか?あ、中野教授は連絡きたからいいからな」

「僕の方には連絡来ていないんだが………」


電話も繋がらなかったし、あの人は研究があるから強く誘わなかったからわかる。

それ以外のLINEや電話を見てみるが、履歴やトークも全くなかった。


「まぁしゃあないわな、行き道中で誘うっきゃないな」

「おいおいおいおい、旭さんが来ないのはショックすぎるわ。カメラの使い所が半減するやろ」


僕らと写真を撮る気はないのだろうか。

タイツと飯屋以外の写真を撮らない僕らのフォルダーには友達との写真なんてないのに。

旭や虎史は多少だがそういう写真はあるらしいが、これが陰キャと陽キャの差。

女子らを待とうと駄々をこねようかと思ったが、来ない可能性も十分ある。

制作のスケジュールも詰まっているのに、いや、宇佐先輩のことだ。

僕らを付けて、茶をしている時や旅館に着いた時に合流して来る可能性もある。

淀川さんも人をおちょくるのが好きな人だから、先輩にこの話を持ち掛けられたら乗る筈。


「特急も来たことだし。乗るべぇ」

「あぁ、電話してみるから席に行っといて」

「まぁ期待はしないから安心しろよ。あ、苺みるく買っといてな」


人をパシるな。

履歴を漁って、何処かで見ているはずの彼女らに連絡をしてみた。


「……」


3人とも着信無し。

ここ数日、旅費を稼ぐためにバイト漬けでLINEもろくにしてなかったからな。

同じ車両に乗っていれば着信音が聞こえるはずなんだが、抜け目なさそうな二人がいるんだからそれは無いな。

探し回ろうかと思ったが、ストーカー痔見た行動になるし小馬鹿にしてきた虎史らにギャフンと言わせられる。

車内売店で苺みるくとお菓子を買い漁り、後の祭りを楽しむことにした。


・・・・・・


京の街、嵐山駅の近くにある野宮神社周辺を散策中。

制作内で使う背景イラストで竹林を使うからという理由で絵を描かされている。

裕馬も写真を撮りつつ、三色団子を食いながら土産コーナーを回っている。

来たばかりだというのに、両腕は土産袋で塞がりかけている。


「虎史〜本ばっか読んでないでお前も写真撮れよ」

「寝みぃんだ。竹林の写真はあらかた撮ったし、後は汰百が描き終わればいいんだよ」


ゲームのコスチュームや身体のラインを描いたりはするけど、風景画は特に書いたことないから手こずっている。

おまけに京都に着いたから、周りを見廻すが淀川らの面影はない。

旭も普段ならキャラを作って現れると思うんだが、二人の圧なのか出て来ない。

何時出てくるのかと、絵に集中出来ない。

竹がタイツを履いてくれれば、色遣いや立体感に凝って集中出来るんだが。


「虎史、こんなもんかな?周りの人の雰囲気も出せてて悪くないだろ」

「うぅーん。木漏れ日のところさ、もう少し幻想チックにできない?あ、今通って行った人力車も書いといてね」

「注文多いな……これでどうだ。割とキレイめに描けたと思うんだけど」

「あ〜色合いは旅館でいっか、人の表情具合もいいからオッケ」


虎史のチェックも出たし、、ペンやスケッチブックを片付けて出店の方に行った。

人が多い所で描いたからなのか、女子に見られてると思いなのかなかなかペンが進まなかった。

スマホを見ると昼飯を食べてからかなり経っていた。


「お待たせ、団子食ってたけどお茶でもする?」

「おつかれ、うんじゃあの店に入ろうや。」


串で指してる方を見ると、竹の外装をした蕎麦屋があった。

お昼に湯豆腐の老舗で四丁も食べたのに、蕎麦も入るとは流石だな。

ちなみに僕は心ここに在らずで一丁しか食べれてない。


「へぇー映えはしなさそうだけど、雰囲気は良さそうだな」

「和菓子や飲み物も充実してそうだし、いいんじゃない?入ろうよ」

「おっけ、じゃあ入ろうか」


蕎麦屋の方に入ろうとした時、裕馬は何故か別の方に歩いていった。


「何してんだよ?こっちだろ」

「はぁ?蕎麦なんて味がしないもん食うかよ。こっちだよ」


そう言って、隣りの店に入っていった。

慌てて追いかけて戸を開けると、中からじんわりと醤油テイストのスープの匂いで充満していた。

カウンターの方には裕馬が陣取っており、コップも3人分置いてある。

有難いのだが、お腹に温かくぷるんとした豆腐が入っているから何とも言えなかった。


「お前な、お茶にしようかってのにラーメン屋に入ってどうすんだよ」

「だって、いつもはラーメン食べに行くじゃんか」

「学校帰りはな。汰百は何キョロキョロしてんだ?」

「いや、何でもない」


三人も店に入ったかと思ったが、さすがにバレると思ったのか見当たらない。


「たっく、久々なんだからいいやない。お前らが忙しそうにしてたから最近は1人で食べてたんだぞ」

「「……いや、まぁな」」


大学の帰りは裕馬のおすすめする店で食うのが多いが、三人の時はいつもラーメンと決まっていたな。

多い日は昼晩ラーメン、家でカップ麺という日もあって、体重は急増する一方だ。

最近は忙しいのもあるが体重を気にして遠慮してたんだが、まさか虎史も控えていたとはな。


「まぁ、悪いと思ってるよ。でもお腹が――」

「安心しろよ、今日は俺の奢りでラーメン奢るからさ」

「うぅ、豆腐がジェル状になって出てくるよ」

「エチケット袋かトイレでしろよな」


奢ってもらえるならいいが、京風のスイーツや本場のお茶を堪能できると思っていたのでに気分はダダ下がりだ。

淀川さんらは今頃、隣りの店で蕎麦粉を使ったスイーツにでも舌鼓しているんだろな。


「はーい!お待たせしました。醤油ラーメン3と餃子2人前です!」

「餃子も食べるんかよ」

「……今の店員さん、可愛かったな」


タイツを履いてないから興味無いね。

茶系の古風スカートに黒のタイツは映えると思うが、あえてデニールの薄いものも捨て難いな。


「麺が伸びるだろ。考えごとは後にして2人とも箸を進めろよ」


考えごとをしてる間に餃子を完食していた。

ニラ臭いから余り話しかけないで欲しいんだがな。

麺がはっきり見える程に透き通った赤みのある褐色。薄く切られているはずなのに手抜きを感じないチャーシューに緑で彩られた野菜が真ん中に置かれている。

小一時間前に昼食を済ませたと言うのに、食欲が湧いてくる。


「い、いただきます」


箸で麺をすくい、口に運んだ。

久々に食べたのもあってか、シンプルに美味いと感じた。

薄口なのに味がしっかりする醤油に味の染みた具と文句の言いようがない。

のめり込んでいたのか、麺と具はなく、最後に赤みのスープが輝いていた。

器を持ち、スープを一気に飲み干した。


「ふぅ……ごち」


軽い軽食やコンビニ飯が多かったこともあって、久々にガッツリと食べた。

甘いスイーツを食べたいと思ったが、豆腐とラーメンが腹を牛耳っていたから今日は無理だな。

食べ方は汚くなかっただろうか?いつも通りなのに緊張でか箸の持ち方やコップに口をつけるのも変に感じた。


「はぁ、少し休憩したら旅館に行くか?」

「そうだな。荷物も多いしそうするか」

「口の周りが汚いぞ。拭いておけ」

「お前も口周り拭けよ。ネギがついてる」

「マジか」


飛んだ恥ずかしい所を見られてしまった。

そろそろ旅館だと言うのに、いつになったら顔を出すんだ。

今か今かと期待してキョロ充になっている気がする。大学初の旅行なのだから勿体ない。

男子だけで華もないと考えていたが、こんな馬鹿みたいなことが出来るのはある意味気の知れた二人だからなのかもしれないな。

―――そう言えば、淀川さん達は何処にいるんだろうか?

ひょっこり顔を出してきたら、おちょくりの一つでも言いたい気分だ。

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