第15話 失楽
パークス内にある隣接広場。
芸人やアイドルのイベント会場として使われることの多い場所だが、今回はここで本来の目的であるファッション・ショー「torenka」が行われる。
ファッション・ショーが行われる会場に入場はできたが、結局座ることは出来なかった。
まぁショーが始まるギリギリまで夏服や水着やらをひたすら見て回ったからな。その証拠に両手には服でマンパンになっている紙袋で塞がっていた。
ちなみに僕の財布の所持金は札が3枚と小銭がちらほらと入っているという軽さになっている。
この後の喫茶店でその微々たるものも溶けていくとなるとなんとも泣けてくる。
「何泣いているの。ここからじゃ見えないからもっと前に行くわよ」
「そうだよ。お茶代なら私が出してあげるから。ね、行こうよ」
異様に肌ツヤがいい2人は、ショーに興奮しているのか前へ前へと進んで行った。
淀川さんは座っている人に交渉を持ちかけていたようだが、虚しくも譲って貰えなかったようだ。
結局、紙袋が邪魔で座ることが出来ないと判断し、僕らは立って見ることになった。
空席を探しているうちにショーの前説やらも始まっていたので、淀川さんにはチクチクと心に刺さる言葉を貰った。
旭もフォローを入れつつ彼女の肩を持つように「買いすぎだよね」と言っていた。
いや、2人の服がメインで僕なんてTシャツ2着しか買えてないんだからね。
「なんか不満そうな顔だけど、あなたは集中して見なくていいの。私たちがこういうの好きそうだから連れてきたって訳では無いんでしょ」
「え、そうなの?!私利私欲だったの」
「私利私欲って、僕が好きなデザイナーを知っている先輩から、そのデザイナーが出るショーのチケットを貰ったから来たんだよ」
正確には宇佐先輩が持っていたチケットに、たまたまタイツ専門にデザインをしている人が出場していたから今回の計画に取り入れたんだ。
「ふーん、なんで私たち2人なの。先輩と来れば良かったんじゃないかしら」
「先輩は別の人と来る予定があるらしいからな。そこにお邪魔するのも申し訳ないから2人を誘ったんだよ。こういうのに興味ありそうだからな」
「平野くんが申し訳ないって思うことあるんだね」
「そうね。学内で勝手気ままにやっている人にしては意外だったわ」
僕にも他人に申し訳ないと思うことぐらい、2人にも思ったことはある。
それにしても宇佐先輩が見当たらないな。バイト先の人と来ているってことは、コスプレ喫茶の人達だよな。脚は覚えているんだが、人が多いは座っているはで脚が見えないから判断ができない。
「え〜続きましては、初参加となります。出戸 春馬さんの作品。テーマは「失楽」」
そうこうしてる間に、聞き覚えのある名前の人が聞こえてきた。
ランウェイの方を向くと、これまで歩いてきたモデルを凌駕するものがいた。
ふわふわとした白い翼を思い浮かばせるショートファーコートから覗かせる縦に白黒の縞模様のセーターを来ていた。
その下は濃いめのローゼ色の革スカートが膝の上で揺れている。
そして何より強調されている、濃いめのタイツ。
…あれは、80デニールだろうか。
上半身で中に黒と白の対比があり、真っ白なショートファーコートとローゼのスカートがより明るさと、そしてキューピットのような可愛さを演出している。
言わば、神秘的なゆるふわコーデ。
さらにそれを引き立てるのがデニール数の濃いあのタイツだ。
今ランウェイを歩く彼女の上半身は人々を包み込む包容力を醸し出し、虜にする天使だろう。
そして、下半身はキュッと締まったシルエットに奥を覗かせない魔性の悪魔のような魅力がそこには詰まっている。
争い合う天使と悪魔がその様を見せつけられて、それから目が離せないように釘付けになっているのだ。
「「す、凄い。……美しい」」
「丁寧で、そして自由な表現だわ。あの腰と脚の着こなし」
「白い羽毛のショートファーコートにモノクロームのストライプで
天使と悪魔のアップダウン。
正にデザイナーの表現したいことを表していた。
彼女がポーズを取り、翼を休ませるように止まっている。
もしくは人間を見下している堕天使のようにも見える。
ポーズを終え、歩き出したのを見届けたがように黒いものがあゆみ出した。
膝くらいまである黒のアウターが他を寄せ付けない、妖艶なオーラを引き立たせ、ボリュームのある茶髪の巻いたブロンドとメイクの施された純白のフェイス。
黒のサングラスをかけ、黒のショートブーツで高々に、誇り高く行進する。
手首から度々光る、ブラックの腕時計が付けられていて鋼鉄の盾を連想させる。
そして先ほどとは違い、薄めの40デニールのタイツが奥にある白さを出していた。
まさにそのタイツは『弱点』というに相応し、隙のないそのコーデに弱みを見せている。
あまりにも頑丈な鎧に存在した、ほんの僅かな隙間。
僕らはその脆い部分を見ずにはいられない。
その透け具合が、僕らの視線という槍が刺すべき一点なのだ。
口元とおでこ以外どこを見ても漆黒の要塞。
されど、透けた淡い白がどこでも夢中にさせていた。
「黒のアウター、ショートブーツにサングラスとさながら甲冑を纏った女騎士が行進するように見えるが、白いスパッツで視線を集め、女性の強かな 誇り《プライド》を象徴させている」
「強かさと孤高な女性をイメージしていて、そう――」
「「女性の、憧れ」」
女性なら誰しも憧れるかっこいい大人な女性を体現している。
現に、隣にいる2人はランウェイを行進する彼女に釘付けだ。
「続きましては、鈴木 高一さんの作品。テーマは――」
その後もファッション・ショーは続き、人目を奪い、魅了するコーデが現れていった。
各々の感性と視点で感じ取ったものから影響されていた。
・・・・・・
ファッション・ショーを終え、パーク内の庭園にある喫茶店にいた。
お茶やスイーツを食べながらショーの感想でも話すのかと思ったが、なんだか空気が重たく感じた。
旭は気づかずに僕らに話しかけているが、僕はわかっている。
僕や旭がショーを見ている間、真剣な眼差しで見ていた彼女が放っていた。
ショーが終わってからも黙り続けていた。
喫茶店に入ってからも、注文以外一言も喋っていない。
ただ黙々とケーキを口にし、温かいコーヒーを喉に流すという作業をしていた。
「ねぇ、淀川さんはショーの感想とかないの。モデルの視点からはどんな風に見えるのか気になる」
気を使ったのかは知らないが、彼女にショーの感想を聞いた。帯は無いのだろうが、こういう時の陽キャ旭の無防備さは助かる。
彼女の問に答える気なのか、黙々と進めていた手が止まった。
「私は…………そうね。久しぶりに肌に緊張を感じ取れたわ。こう、頭の中が冷たい刺激が走るような感覚」
その言葉。
モデル視点の重みのあるコメントを求めていた旭にとっては、彼女が漂わせているオーラの数倍は重く冷たかった。
その言葉を聞いて、僕は思わず口に出してしまった。
「それって、やりたく……なったの?」
「……そうね。でも分からないわ。まだ整理が着いてないの」
「ふーん、いいことなんじゃない。ねぇ、平野くん」
「うん、そう思ってくれたなら誘ってよかったよ」
淀川さんが何を抱えているのか、僕はまだ分からない。
でも、この刺激でモデルとしてのプライドかセンスを揺さぶれたのなら誘った価値はあったようだ。
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