第12話 鈍感平野くん

講義のない空き教室。

この時間は誰もいないから、良く浪速達とは昼食をとるのに使っている。

日当たりもいいし、近くに売店とサークル棟もあるから集まりやすいのだ。

なにより、隣の教室で淀川さんやタイツを履いた女性らが受講していて、食後のデザートにもなる。

浪速らは売店に寄るから、先に席を取りに向かった。

いつもは人がいないのだが、今日は先客いたようだ。

薄暗かったが見知った女性の声だったので、気兼ねなく話しかけた。


「何してんの?2人とも」


授業をサボってだべってるようには見えないけど、てか2人って顔見知りだったかな。


「淀川さん?もう授業始まってるはずだけどズル休みしてんの?僕も混ぜてくんない」

「「混ざりたいの?」」


軽めに輪に入ろうとしたが、睨みを利かせながら息ぴったりの返答された。

仲がいいのか悪いのか分からない2人だ。


「いや、旭はこの時間はサークルにいるはずなのに何してんの?」

「うぅ……ちょっと淀川さんに用があってね。それより随分と仲がいいみたいね」

「え……まぁ、あれから昼食を食べたりするくらいにはな。淀川さんは授業どうしたの?」

「旭さんに連れてこられて絶賛サボり中だけど……悪いかしら」

「いえいえ、全然。むしろ健全でよろしいです」


なんでこんなにアツがあるんだ。

顔が整っているからか、それともタイツの魔力なのかは定かではないが効果抜群だ。

だが、こんな女の戦場を尻目に昼食なんて取れるほどメンタルは強くない。

ましてや虎史ならちょっかいを出して場を掻き乱す恐れもある。

とりあえずLINEグループで、「本日の昼食は禁止」と送ってから退室させてもらおう。


「あぁっと、虎史と昼食を――」

「ここでいつも食べてるじゃ――」

「と思ったら教授に呼ばれてたんだった。そんじゃ旭達もごゆっくり〜」


嘘ついていない。

昼食後にこの間の制服制作の続きをする約束をしているからセーフだ。


「あなたの容姿にビクって出ていちゃいそうじゃない。そのメイク辞めたら」

「初対面で失礼過ぎない。そのドライな性格を治してから言う出来じゃないの」

「なぁ、群れてないと生きてけなぁ――」

「はい、ケンカはやめて2人とも。この教室人が使うからそろそろ出ときなよ」


互いにNGワードを踏んだのか、眉間に皺が寄るほどに睨み合っていた。ラインを越してきたので、一応ストップを掛けておいた。そのおかげか口論は納まったようだ。

これ以上は付き合えきれないのでそそくさと教室を立ち去った。

退室した後も静寂が保たれていたので、どうやら口論は納まったようだ。

僕はその場限りのことだと勝手に思い込みながら、のほほんと廊下をスキップして行った。


・・・・・・


「ってことがあったんですけど、聞いてますか?」

「うぅぅぅ、聞いてるから集中させてくれないかな〜〜夜更かししちゃったから頭に響くんだよ」


身を隠すように転がり込んだ中野教授の研究室。

徹夜続きで機嫌が悪いと本人は言ってるが、先程の2人に比べたら幼い容姿のおかげで幾分かはマシだ。


「それで教授はどう思いますか?」

「どう思うって、タイツ美少女を助けて王子様気分で浮かれて、次の日にダブルデートを決め込んだ平野くんが悪いと思うよ」

「ぅんぐ……旭には不快なことをしたのかもしれないけど、淀川さんには特にちょっかいもかけてないし」


聞いてて、旭は何となくわかったが淀川さんに関しては分からない。

入学当初から見ていたから他の人よりは多少なりとも理解しているとは思うけど。


「彼女のことはさぁ、よく知らないけど聞いた感じはコミュ障でプライドが高い少女漫画の一匹狼な子なんでしょ」

「え、そうですけど……何でイライラしているのかわ――」

「旭さんに言い寄られてムカついたか、プライドの障ったんじゃないのかな?コスプレ喫茶にノープランのモールデートってのも無いよね〜」


―――人生初のデートプランを否定された気がする。

いや、淀川さんと付き合っている訳では無いけど、もしかして二股かけられたって思ってるのか?

いや、付き合ってるわけでもないし…。


「こういう展開だと、割と早めに対処しとかないと後々面倒だからなね。1度2人に確認するのをオススメするけど」

「あの場に戻るのは嫌です。ビンタか溝打ちは確定しそうなんで」


紛争地帯からわざわざ帰還してきたのに、また出兵させられるなんて溜まったもんじゃない。

ビンタは正直食らってもいいが、それ以外は想像もつかない。

モデル業をしている一匹狼と学内やSNSに影響力のある裏表ガールに嫌われたら、大学卒業もヤバいことになりそうだ。

しかも運悪く、2人とも僕の興味のある職種に関係ありそうだからね。


「気持ちわからなくないけど……あ、じゃあさこんなんわどうかな」


面白いアイデアが出たのか、目をキラキラとさせてこちらに顔を近づけてきた。

さながら、遠足のお菓子を選んでいる幼児のようにニコニコとしている。


「旭さんって友達多そうだからそのお友達に聞いてみるのはどうかな」

「旭の本性を知っている友達なんて数える程しかいませんよ。しかも数ヶ月で素を出すほど仲良くなれる人なんてそうそう――」

「で、淀川さんはの友達は少なそうだけど、ネットで検索してみて彼女の好きそうなところに誘って見るのがいいと思うよ。それで夜景の見えるレストランで――」

「いや、それで好きな物って分からないですし、夜景の見えるレストランってお値段がしますよ」


少女漫画の読みすぎなのではないか?それか研究のしすぎで頭の中がメルヘンチックになっているのか、このお子様教授ワッ――。


「いいから、グチグチ言わずに行動する。研究の相談は今度でも大丈夫だから」

「ちょっと、行く宛てがって聞いてないよな」


急に指し棒で叩かれたと思ったら、行動に移せと研究室の外に追いやられてしまった。

僕からすればジャングルに軽装で放り込まれた感覚に近いというのに、機嫌でも損ねてしまったのか。

ドアの前で突っ立てても仕方ないと諦め、身を隠せそうな安らぎの場を探しに行った。


・・・・・・


研究室を追い出されて行き着いたのは普段は行かない学内にある喫茶店。

旭のお気に入りらしく、1度来てみようと思ってはいたが一人で来ることになるとは予想もしていなかったた。

窓際の席で一人ポツンとパスタを食べているとは、何度も店に似つかない。


「あれ、平野くんだよね?こんな隅っこで何してるのかな」

「うん……えっと、誰ですか」


こんな隅っこ男子に話しかけるとは物好きもいたものだ。

見るとは大人な出で立ちをした男性、いや、あの脚は女性だからイケメン女子って感じの人か。

だけどこの脚、何処かで拝見したことがある。


「えぇ〜っと、昨日のウェイトレスさんですか?」

「お、やはりその眼はやはり本当に本物みたいだね」


タイツに拒絶しないとは、なかなか見る目のある女性だな。

こういう人が増えていけば、僕や旭も広々と行けるんだけどな。


「お姉さんの脚はなかなかのものだったから覚えてますよ。コスプレも似合ってましたし」

「それはどうも。なんか純恋の言ってた通りの人だね」

「純恋…って旭の知り合いなんですか。見かけない人なんで1回生ではないですよね?」

「サークルの後輩なんだよね。平野くんのことは聞いてるから色々と聞いてるよ。変態さんなんだよね」


変態さんって、僕からしたらまだまだ序の口だとおもうけど。

虎史の破り派や旭の二面性、淀川さんの脚の方が十二分ヤバい。


「今度あったら問い詰めないと行けないな」

「あはは、私からも言っておくよ。あとね、謝りたいことがあるんだけど、席一緒でいいかな」

「……いいですけど、謝りたいことって」

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