第11話 異色ガールズ

ダブルデート。

それは、2組のカップルが一緒にショッピングやレジャー施設などで過ごし、幸せオーラを撒き散らすことと捉える人の方が多いだろう。

だが、この言葉にはもう1つの意味がある。それは1日で2人の異性と時間と場所をずらして過ごすことを指すということだ。

これをできるものは何百億人も生存する人類でも可能とするものは極わずかしかいない。この世に性を受けた男性にとっては、1度は妄想するであろう夢のようなアトラクションである。

2組のカップルで行われるダブルデートよりも1人で実行せねばならないダブルデートには、緻密な計画とアクシデントやトラブルに耐えれる精神力が必要不可欠であるのだが、これを持た遂行した者がいた。

青春時代を正義(タイツ)に注ぎ込む男・平野 汰百。

女性の脚に纏われるタイツという布地にしか関心を持たない男に起きた壮絶な1日である。


この始まりは、1人の発言からであった。


「平野くんだっけ?昨日店に来たよ」

「店……に、ですか」


使い込まれ裁縫道具と細かいところまで再現されている衣装に囲まれた12畳くらいの部屋。

ミシンの音をカタカタと鳴らし、衣装作りに専念している2人の女性。

軽い雑談程度にとバイト先の話をした大人びた女性は、相手の反応が予想以上に良かったので続けた。


「うん。ウェイトレスの服装をチラチラと見てたし、お会計の時に確認したからね」

「そ、そうですか……コスプレ……喫茶に……誘ってくれたら……良かったのに」


誘われなかったことに少し落ち込んだ表情を見せている。

バイト先のことは良くし話しており、衣装作りに興味のある彼女にとっては、1度は訪れてみたい喫茶店だと思う。


「誘うのは無理じゃない。だって……」

「……だって」


ミシンの音と鼓動が早まるように感じた。あえて間を開けており、話題に関心を持たそうとしている。

普段なら「なーんだ」で終わるものだが、嫌な匂いがぷんぷんとした。


「モデルの女の人と一緒にいたんだもの、仲は良さそうに見えなかったけどね。確か名前は―――」

「淀川さん……で……あってます……か」

「そ、純恋が気なってたから調べたんだけど、知ってたんだ」

「えぇ……昨日、汰百……から、聞いたんで」

「なんだ、聞いちゃってたのか、じゃあ意味なかったね」


これでこの話題は終わった。

次の話題へと移ろうとした時、カチッとボタンを押す音がした。

純恋がミシンの電源ボタンを押したようだ。立ち上がるのかと思ったら、


「その後は……どうし、たん……ですか」


店を出たあとの行き先が気になるようだ。レジ打ちの際に平野くんとモデル美少女って気づいたし、バイト中だったから追いかけられなかったんだよ。


「生憎様、知らないわよ。衣装が完成してから電話で聞いてみたら。さ、手が止まっ――」

「ス、すみません。たた……体調……不良で……や、トイレに行……きます」


そう言って、荷物も置きっぱなしにして部室から出ていった。

休むと言いかけてトイレに言い替えたところ、戻ってくるのは間違いないだろう。

ただ平野くんにはちょっと、気の毒に思えてきた。

―――ま、ちゃんとした面識はないけど。


・・・・・・


翌日、真夏の太陽がギンギンとしており、肌がこんがり焼けそうな一日になりそうだ。

日焼け止めは欠かせなさそうだわ。

こんな日は喫茶店でアイスティーを飲みたい気分。

コスプレ喫茶は勘弁だけど、オムライスは良かったわね。

どうせなら、ショッピングも今日誘ってくれないかしら。

間の悪い人だ。


「淀川さん……んぅん。いるかな?」

「は、はい」


大学で声を掛けられるのが久しぶりだったので、思わず動揺してしまった。

声色的に女性ってことは、平野くんやそのお仲間ではない様子。

振り向くと、ドアの方に派手目で洋服を着た令和ギャルがいた。

ウォーキングをしているのか、腰や脚も引き締まっている。

顔も悪くないのに、過度な露出で台無しになっているタイプね。

入学当初は話しかけられることはあったけど、最近はめっきり減っていたから油断していたわ。

そのギャルは階段を降りて、私の席に近づいてきた。

他の人の脚光を浴びて、さながらモデルのランウェイウォーキングを見せられていた。


「何かしら、1回生の人よね?何か用かしら」

「そ、そうよ。ア、アンタ、平野くんと仲がいい訳」

「平野くんって、彼女かなにかかしら?私はただの知人なんでお構いなく」


嫉妬でからまれるなんて、もってのほかだ。モデル業の嫉妬ならまだしも、彼氏を取られたやらなんだでいびられるのしんど過ぎる。

ギャルなんて、手を出してくる可能性もある。

引っ掻いたり叩かれたりして、脚に傷が残るなんて最悪だわ。


「か、彼女じゃないけど、アンタが昨日デー――」

「ちょっと、外に出ましょ。ね?行きましょ」


デートって言いかけそうなので、速攻口を塞いだ。

バレてないと思うけど、本当に万が一、このことが事務所に報告されたらキャリアが没落するわ。

……まあ、意味のない事ではあるけれど。

それに比べて、授業を1回休むくらいなら問題ない。

人気のない空き教室に移った。


「で、何ですか?デートって昨日のことかしら」

「そ、そう。デートなのね。いつからの付き合いなのよ」

「デートって…………昨日暇してたところに彼から誘いがあったから、たまたまカフェで軽食をとったの」


コスプレ喫茶なのは恥ずかしいので伏せておいた。


「その後はショッピングモールを少しぶらついて帰ったわ。これで文句ないでしょ。そろそろ授業が――」

「話をそらさないで、この間の……そう、バイクの時はどうしたのよ」

「どうしたって、特に何も無いわ。擦り傷の手当てとお茶を出しただけです。昨日もその恩を感じて付き合っただけよ」


実際は恩で付き合った訳ではない。ただ、妙に平野くんの考えが気になるというか、知りたいだけだ。

あれ程タイツに固執しているのは何故なのかが知りたいんだと思う。

彼も私の脚に惹かれているからこそ、関わっているんだと思う。

こんなこと、頭の悪そうなこの子に言っても頭を混んがらがすだけだと思うし、この場はこれで落ち着けば幸いだわ。


「もし気に食わないなら、平野くんに言ってみたらいいんじゃないかしら。私も暇ではないの」

「うぅ、わかったわ。でも、最後に1つ聞いていいかな」

「何ですか?もうそろそろ向かいたいんですが」

「サークル棟で2人を見かけた人がいたんだけど、何してたのかな」


サークル棟―――浪速って人達がいた所よね?芸術学科の施設だと思っていたけど、サークルの部室棟だったのね。

というか、この人は何処まで知っているのかしら。

具体的に知っていないけど、大雑把な流れは把握しているようね。


「それは、彼が絵を見せたいと言うからついて行っただけで、理由なんて暇だったからよ。これ以上は平野くんに聞いて見てくれるかしら。彼の口からの方が早いわ」

「ちょ、待って」


その場から立ち去ろうした瞬間、それを力一杯掴まれていた。これ以上は話すこともないので、今すぐ教室に戻りたい。

平野くんとの関係も話すことは話したし、彼女は何が知りたいのか良くわからないわ。


「離してくれる。もういいでしょ」

「だ、ダメ。平野くんが何であんた何かと――」

「何してんの?2人とも」


またもや、部屋の扉から声をかけられた。今度は聞き覚えのある男性の声だった。

この状況の元凶である彼の―――。

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