第10話 崖っぷち

荒川の出迎えタックルを受けたあと、お世話になった担任に会いに行った。

タックルされた脇腹を抑えた。

ひょっとしたら骨が折れてるんじゃないだろうか。

職員室には昔担任だった小島先生と旭が和気あいあいと話していた。

旭の方は若干顔がひきつって、徐々に声のトーンも下がっている。


「小島先生こんちゎっす。相変わらず理屈っぽいですね」

「お、平野くんじゃん。理屈っぽいは余計やって」

「いや、旭が困ってますからそろそろ失礼しますね」


大学のことは旭があらかた話していると思うし、暇な時にまた来たらいい。

何より母校で体力切れなんかしたらLINEやご近所さんが騒がしくなる。

ただでさえ顔見知りが多くて、本人が思うほどに発言力がある彼女が別人のようになっていれば僕もタダでは済まない。


「え〜、もうちょっとだけで――」

「駄菓子ここに置いとくんで、先生方で食べてください。失礼しました」


面倒事を増やすまいとそそくさと職員室を出た。

何かを言いかけていたが、もっと話したいだけだろ。

変人の僕に関心を持ってくれたのは先生だけだから。


「それで……どうする?……部活に顔……だす」

「うや、今出したら荒川が居そうだからまた今度にしようよ。旭も疲れただろ」

「うん……じゃあお菓子……どう……する」


あ、後輩用に買ってあった駄菓子の処理を忘れていた。

そう考えた時にガラガラと教室のドアが開く音がした。

廊下の奥の方にある3年生の教室から女子生徒が出できた。

最後の一人なのか鍵を持っており、帰りの支度を終えて鍵を閉めようとしていた。

僕は駆け足で教室に向かい、女子生徒に話しかけた。


「すいません。この教室の鍵貰ってもいいですか」

「はい?」

「いや僕達この学校の卒業生でさ、昔の教室に入りたいんだよ。許可ももらってるから」

「あ、そうなんですね!はいどうぞ」


彼女はラッキーと思ってくれたのか、嬉しそうにして鍵を渡してくれた。

面倒な職員室に行かなくて済むし、こっちは教室を使えてWIN WINな交渉だったな。

…本当は許可などもらっていないが。


「鍵……貰って、どうする……の」

「あー教室で駄弁ろうかなって」


コスプレ喫茶で昼食を挟んでから何も食べてなかったからな。

帰りにマックかサンマルクに寄ろうと考えていたしな。


「それにどうだ。久々に食べたくないか」


袋にパンパンに入った駄菓子を旭の顔にまで持ってきた。

お腹が減っているのか、喉元からゴクリと唾を飲み込む音がした。


「更にほれ、さっき買ったら冷え冷えのジュースもある。いちごオーレもあるぞー、これでどうだ?」

「……………うん」


落ちたな。

自分から無言で教室の中に入っていった。

目には光がなく、ただお菓子を食べたいという欲に従順に従っていた。

高校の時は旭がショートしたらお菓子を買い漁って2人で騒ぎまくるのが決まりだった。たまに荒川も混じっていた気がする。


「早く……学校でするの……久しぶりだから」

「……あぁ、6時までには出たいからな。……うんしょっと」


鍵を空けた。

普段は授業やら昼休みで人がいるのを考えると、放課後の静まり返った教室はなんだかなウキウキしてしまう。

自分しか知らない街中の絶景スポットに来たような爽快さもある。

ほのかに木材の香りに人がいた雰囲気のようなものが漂う。

窓側の席に駄菓子やジュースを置き、向かい合うように座った。


「ちょっと……窓開け、ても……いいかな?」

「うん、開けといて。それで何から食う」

「えぇっと……ヨーグルのとふ菓子……それから、いちごの飴ちゃん」

「うんじゃ、うまい棒とねり飴貰うな。飲みもん置いとな」


夕暮れの教室で女子と二人きりで過ごすのはなんだか緊張するな。

旭の性格が移った気分だ。


「おいしい……クチャ……サァクッ……ゴクッ」

「落ち着けよ……取ったりしないからさ」


3時のおやつを待ちわびた子供のように食べている。

目の前にあった駄菓子は次々と無くなってきた。


「そんなにお腹減ってたのか?それならマックに寄ればよか――」

「だ、大丈夫……私……こういうの……す、好きだから」

「……なぁ、お前って駄菓子好きなんだな。道理で最近ふ――」


スゥーーっと空気が重くなった。周りの空気を読まずにタイツ道を突き進んでいる僕だが、懐かしの母校ではしゃぎすぎて爆弾発言をするところだった。

ふ……ふくよかになったかなーとは思ってはいた。

脚の肉厚が増して、タイツを履けばかなりのレベルになっていると自負はしていた。

学食でもモリモリと定食食べてたり、帰り道に買い食いしてたから予想はしてたけど、気にしてたのか。


「ま、何でもないからさ。それより昨日何してた」


言葉を発した瞬間、旭の瞳孔がピクっとした。

両手で持っていたお菓子を机に置いてこちらを真っ直ぐ見てきた。


「昨日…………汰百は……〝なに〟してた?」

「き、昨日は浪速たちとサークル部屋にいたけど、旭は?」


嘘はついていない。ただ彼女の存在を控えているだけ。現段階で、間接的に伝えても誤解を招くと思う。


「昨日は……バイトを、してたよ。汰百は、浪速くん……達以外と、会ったの?」

「僕も……バイトをしてたぞ。荒川がテスト期間で休んで――――――」

「――――――嘘、だよね。美人な……人といた、よね?」


美人な人。

淀川とのこと知ってるのか。いや、知っていても家に行ったことは知らないとお―――。


「家に……行ったの?それとも……何処に?」


バレてるじゃん。交差点から誰かに付けられていたとは限らない。ならどこ情報なんだ。

虎史や祐馬がバラすことにもないし、そんなことしたら真っ先に殴るか

あとは淀川だけど、自信から言いふらすなんてもっと無い。悲しいことに彼女が誰かと話してるところを見たことがないから。

ならば――――――。


「あ〜、淀川さんのことか。いや〜昨日の帰り道にバイクが突っ込んできてさ。たまたま助けたら、家に呼ばれてね」

「家に……呼ばれた?何で?」

「いや、仮を作りたくなかったんじゃないかな。彼女って一匹狼なタイプなんだけどさ、だから手当てとお茶菓子でチャラにしたかったんだと…………」


苦しい言い訳だったかな…。

グダグダでその場しのぎの言葉を並べただけなんだが。

でも、難がありすぎる2人を会わせるのはまだ早い。

旭って時々、妙に暴走して動くタイプなんだよな。特にコミュ力使い切った彼女は、目を離すと危なっかしくなる。


「あ〜さ〜ひー、聞こえてる」


大丈夫かな。

荒川との初対面もこんな感じで詰め寄られたんだよな。

あの時はあいつの性格もあって今の関係性に収まったけど……出来れば誰かを経由するか、団体で遊びに誘って仲良くなっていくのがベストなんだが――――――,


ガララッ

「お、どうした」


黙りしていたと思ったら、急に立ち上がった。

人気のない教室だと、尚存在感がある。


「じゃ……いい、こんど……紹介して」

「う、いいけど。連絡先交換してないから、明日の昼頃どうだ?」

「……うん……予定、空けとく」


ふぅふぅぅーーーーー、はぁぁ〜〜〜〜っも。

心臓悪すぎる。

泣くか怒るかとビクついた僕が馬鹿馬鹿しくなった。

あ〜腹減った。

そういえば駄菓子、まだ1個も手を付けてなかったな。


「お、おーし。駄菓子食うぞー。旭もちゃっちゃと食べろよ。小島先生に見っかると面倒だからな」

「……うん……ハァムっ」


安心しきった僕は、淀川との一件を明日に延ばしただけなのに気づいていなかった。

だが、今は口の中に広まる黒砂糖と果汁を堪能することにした。

明日の戦場に向け、腹に菓子を貯めるのであった。

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