第9話 二人の母校
「いらっしゃい、いらっしゃい!!今ならここにある野菜、み〜んな、10円引きだよ」
「こっちのアジは20円引きだよ!見ていってね」
「突っかかってくるんじゃねぇ!うんじゃ、30円引きだ!」
声を張って商売する八百屋と魚屋。互いに張り合いながら、なんだか楽しそうにしている。
他にも古着屋や個人経営の小さな薬局に、レトロな雰囲気を醸し出している昭和を感じる喫茶店。
このご時世、昔ながらの商店街はどんどん閉店に追い込まれている中で生き残っている。
愛嬌のある店主達に、そこらのスーパーよりも品質も値段も良い。イベントごとにも積極的に活動していて、夏祭りの出店やクリスマスのイルミネーションにも力を入れている。
「お、平野君じゃんか!旭ちゃんも久しぶだね」
「久しぶりです」
「たいと!またウチで買っていかないか?」
「おじさん!旭がいるんだから控えてよ!」
商店街で買い物をすることが多かったから、顔なじみの人が多かった。
高校では何人かに毛嫌いされていたが、ここではそういう人はいなかった。
まぁ、商売の邪魔になると思ったのと隣に旭がいることが多かったから発言を控えていたのもあるだろう。
「それじゃ、今度顔出すから」
そう言って、僕らは目的の店へ向かった。
このまま長話をするとボロが出そうだしな。そして、商店街の中でも一際レトロな外見の店へと入っていった。
昭和35年からあると言われている木造建築の駄菓子屋・たいちゃん。
中は古臭いポスターやボロボロのスマートボール、何のアニメキャラかわならいガチャガチャと、誰もが思い浮かべる駄菓子屋を具現化したような内装だ。
駄菓子の品揃えも良く、近所の子供から大人までもがこぞって来ている。
「おや、こんな時間に珍しいじゃないか。たいこ」
「たいと!常連なんだから名前くらい覚えてよ」
この常連の名前を忘れる(僕だけ)おばあちゃんこそが駄菓子屋の店主である。
僕自身もおばあちゃんの名前は知らないが、向こうがいつも似たようなニュアンスの名前で声をかけてくれるから、お決まりの返しをしてしまう。
小学生の遠足の日からずっと来ているのだから、そろそろ覚えてほしい。
「おや、すみれちゃんじゃないか。相変わらず可愛らしいね」
「こ……こんにちは、おばあ…ちゃんも元気で、何よりです」
「ちょ、旭は覚えてるのかよ。それはないでしょ」
僕としか来ない旭のことは覚えているようだ。しかもフルネームで……不公平すぎる。
挨拶を済ませて店の駄菓子を物色して回る。。買うものは決まっているのだが、妙に目移りしてしまう。
5分ほど見回って、2人でレジの前に立った。
「はぁ……おばあちゃん、このうまい棒チーズ味とふ菓子のセットをちょうだい 」
「私は……ココアシガレットと……棒付き……キャンディで」
「はいはい、ココアシガレットと棒付きキャンディね。200円だよ」
「僕のも計算してよ」
相変わらず、旭と来ると僕だけ無視されてしまう。カゴの中のお菓子が見えないのか?
「毎度あり、いつもありがとね」
「はい……それじゃ……先に向かってる…よ」
脳内でツッコミをしている間に、お会計が進んでいた。買い物を終えた旭は、僕を置いて先に店を出ていった。
「ちょ、待ってって。おばあちゃん、早くお会計を」
「まったく、じゃあ1000円ね」
「そんなにする訳ねぇだろーーー」
・・・・・・
駄菓子屋にぼったくられ、結局1000円を出してしまった。その分、お菓子は追加したから良かったもののでかい出費だ。
「旭も何か言ってくれよ。知らない間柄じゃないんだからいけるだろ」
「…………無理。」
見捨てられてしまった。こんなに薄情だったなんて、女ってやつは……ま、いつもなんだけどな。
「あ、見えてきたぞ」
「ん、気分が……悪く…なります」
旭にとっては仮染めの友達と思い出しかない高校生活だったらしく、大学も地元から離れたかったから選んだ程だ。
僕もそれなりに充実してはいたが弄られたり気色悪がられることもあった。彼女は特に人を惹きつける存在だったから、オドオドしないように常に気を張っていた。
気を許せる時なんて僕を含めても指で数える程度しかいないと思う。だから、彼女から地元をぶらつこうと誘われた時は正直驚いた。
顔を覗き込むと、少し青ざめているようにも見える。
「どうする?帰るか」
「……ううん…………入りたい、かな」
ワイワイと談笑する後輩たちが下校するのを尻目に、校門をくぐった。
運動部の活気ある声が聞こえるグラウンド。校舎から吹奏楽や軽音楽が各々の放課後を彩るように音色が流れている。
「卒業……してからの、方が……なんだか楽しい……です。こう見る、と制服も……可愛い」
「確かに、よくよく見たらデザインは悪くないよね」
タイツは履いてる人はいないけどね。とりあえず、顔色も大分落ち着いたように見える。職員室のある校舎に入ろうとしたその時、背後から猛スピードでこちらに接近している足音が聞こえる。
「あ、先ぱーーい!お久でーーす」
「なん―――ぶぁぁぁぁ」
振り向いた時にはもう遅く、金色の物体が胸部辺りにクリティカルヒットしていた。
母校に浸っている人間に頭突きをかますような奴なんて1人しか知らない。
「あ、荒川……相変わらず元気なのはいいけど、そろそろ肋骨が折れる」
「大丈夫ッスよ。先輩は丈夫にできてるんで耐えれます」
荒川 颯美。
陸上部の後輩で幽霊部員だった僕に唯一話しかけてくれた奴だ。
いや、一方的に弄られていたな。
男を惑わる小悪魔が弄ぶ獲物を見つけたかのように。
「いやーそれにしても、久々に会いましたね。いつぶりでしたっけ」
「1週間ぶりだろ、定期考査でバイト休んでたんだから。それより…………」
ベージュのブレザーにチェック柄のスカート。
加えて赤みがかったショートボブに悪戯な笑みをしている。
顔が幼いからかあまり強く当たれないんだよな。
だから調子に乗って突進されるだろうが。
「ちょ、危ないでしょ。汰百が怪我したらどうすんのよ?」
「旭さんも懐かしいスっね。こんなんで怪我するんならちょっかい出さないですよ」
この光景も懐かしい。
のほほんとしている僕にちょっかいを出す荒川。それを叱る陽キャモードの旭という構図。
普段は無理をしてテンションを上げているようだが、荒川と話している時の旭はどこか敵対心があるように感じる。
荒川とは僕を経由して話し出したと思ったが、何が気に食わないのだろう。
「まったく……汰百も颯美ちゃんに甘すぎるんだよ。シャキッとしなさい」
「え、僕が悪いのか。荒川は子供なんだから仕方ないだろ」
とばっちりで僕が注意されてしまった。陽キャの時の旭とここまで話すことが珍しく、顔がよく似た別人といるようにも感じた。
だが、ここで体力切れを起こされては困るし、何より目立ちすぎると生徒指導の先生に説教される可能性もある。
「おい、旭。先に職員室に向かっといてくれ。荒川と少し話したいことがあるんだ」
「何よ、私抜きで話せな―――」
「いいから、じゃあ後でな」
差し入れの駄菓子を渡して、職員室に向かわせた。ちらほらとこちらを見ている生徒もいたからな。
「せーんっぱい、それで用ってなんですか?」
「う、別に。これ以上野次馬を増やしたくなかったからな」
「え〜、それだけですが。もっと話しましょう。」
喋ると言っても、LINEやバイト先でちょくちょく会ってるからこれといったネタもない。
「いや、旭が心配だから行くわ。うんじゃな」
「え、待ってくださいよ」
現役陸上部に捕まるまいと不意をついて走った。下駄箱まで追いかけてきたが、部活があったため飽きられてくれたようだ。
「幽霊だったくせに、速いんだよね。ま、アレについてはまた今度でいいか」
ホッとしてるのもつかの間、荒川は大人しく帰って行ったがその表情は新しいオモチャを見つけたような悪魔であった。
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