第8話 踏み込んではいけない領域

口喧嘩が大半だったデートの帰り、駅のホームでボーっとしていた。

次の電車が来るまで5分ほど間がある。

この時間は退屈だ。

友達が入ればダベって過ごせるが、1人だと何をすればいいか分からない。

ゲームや読書、YouTubeを見るのがベストなのだろうが、それでスマホをホームの隙間に落としたという苦い経験がある。

それ以来、スマホで時間を潰すのに妙な抵抗感が生まれてしまった。

あ、なかなかのタイツ発見。


ドゥドゥル ルー ルールッルー。


ボッーとタイツ鑑賞にうつつを抜かしていると、聞き覚えのある着信音が聞こえてきた。

カバンの中を漁ると僕のスマホが鳴っていた。

着信を確認すると、可愛らしい名前の女の子からだった。


「もしもーし、どちら様ですか?」

「え、よ……純恋です。聞きたいことはあるんけど…………」


駅のホームにいるためか、いつも以上に聞き取りにくかった。

でも、女性らしい透き通った声が心地良かった。


「え……平野くん、は大学……ですか?」

「いや、駅のホームだけど?どこか出かけたいのか?」


旭から電話が来るのは、何気に初めてだった。

いつもならLINEやメールで連絡をとると相場は決まっていた。

1日の体力をコミュ力だけに使いきる彼女にとって、電話はバキュームの如く体力を消費するものなのだ。


「……えっと、その、今から、遊びませんか。もしよかったら……久々に高校にも、顔出したいかな……って」


勇気を振り絞った一声。

友達になりたての頃に、遊びに誘うような感じが伝わる。


「全然行く行く!珍しいじゃんか!」

「たまには……ね。部活やお世話になった、先生に……会いたい」

「僕も小島先生や荒川と喋りたかったし、久々に部活に顔出ししたかったしな」


僕も旭も行事や友達付き合いで苦い思いをした高校時代だった。

タイツバカと二面生ギャルという異色の奴らにも面白半分で絡んできたり普通に接してくれた人くらいいた。

特に後輩の荒川と担任だった小島先生は僕にとっては大切な人と言ってもいい存在だ。


「旭は寄りたい所はあるか?学校以外ならさ」

「えっっと、商店街の本屋さん…………それと、駄菓子屋も……寄りたいかな」


本屋と駄菓子屋―――最近はモールと喫茶店の周辺しか行ってないから丁度いいかもな。


「待ち合わせ場所はどうする?今モール近くの駅なんだけど」

「そ、それじゃ……高校の最寄り……前で、待ってる」

「う、わかった。そろそろ電車が来るから切るよ」


通話が終わるのと同時に電車が到着した。ガランっと扉が開き、空いてる席に座った。

ゆらゆらと心地良いリズムで揺れる中で今までの出来事をプレイバックしていた。

朝のコンビニバイトを無難にこなし、早々と大学に向かったらサークルが休みになっていた。急遽、暇人になったところに淀川さんを見かけたので遊びに誘ってみた。

昨日までの彼女ならあっさり断るだろうし、僕も誘わなかったが、タイツ宣言をしてしまった以上、近々何らかのアクションを起こそうとしていたが、つい誘ってしまった。

断られると思っていたが、以外なことに乗ってきた。

何も考えていなかったから、友達と行った喫茶店とショッピングや映画館もあったので丁度いいと思った。

文句や口論が大半だったが、彼女も楽しそうに見えたからなんだかんだ誘ってよかった。

最後の一言には少し動揺してしまったが。


「1日で2連チャンデートができるとか、ハーレム野郎かな?」


旭から借りた少女漫画のイケメン主人公みたいな一日を過しているようだった。

こんなことを男友達に言ったら自慢話になるんだろうな。

揺籃のように揺れる長椅子、暖かい空気の中でゆっくりと目を閉じっていった。


・・・・・・


昼下がりの駅前交差点にある若木の下、帽子を被った女の子が立っていた。

緊張しているのか、空のペットボトルの形が変形するくらいに手に力が入っていた。

2人で遊びに行くのは初めてでは無いはずなのに、何でこんなにドキドキしているのだろうか?


「あーさひー、待った?」


立っていた旭に声をかける。


「も、もしかして……寝てました……か?」

「うん……いや、電車の中で寝ちゃってな。あの妙に心地いい揺れには適わなかったわ」


くしゃっとした笑みを浮かべてニカッと話している。

どうやら、顔で寝ていたのがバレたらしい。

遠足の前の日に眠れないほど、楽しみに待っている小学生に見える。


「そ……そうですか。じゃあ、行きましょうか」

「まっ待て、先に商店街とか回るんだろ?駆け足で歩かなくてもいいだろ」

「う……わかりました」


母校にいる奴らに会うのにウキウキするのは痛いほどわかる。

でも、3年間通っていた高校がある街なんだ。

もう大学生なんだ、少し寄り道をしてもバチは当たらない。


「平日だから昔のクラスメイトもいないと思うし、ゆっくり行こうよ」

「……ふぅ、わ、わかった」


汗を拭って、ギャルっぽく笑顔で返してきた。

どうやら陽キャスイッチが入ったようだ。

自然体で返そうとしているが、どこか違和感がある。

表情は若干だが暗いイメージがする。

旭はいつも肩や背中を出し、程よく露出させたキレイめコーデを好んで着ていた。

ただ、今目の前にいるのは別の女だった。

すらっとしたグレーのパンツにダボッとした白いシャツを着ており、上から下まで清楚に着こなしていた。

おまけに―――タイツではないが黒のニーソックスを履いていた。

今までなら冬の寒波の中でも生脚を貫いてきた女がニーソックスという名の神器を脚にしたのだ。

ニーソックス。

タイツに最も近く、だがタイツとは決定的に違う部分がある神器だ。

お察しの通り、それは絶対領域というもの。

その少しの部分が見えるという事で、輝かせる凄いものだ。

自分は全てが隠されて、その奥を覗くのが好きだからタイツが好きなのだが、わかりやすく、ニーソックスが好きだと言う人が現実に多いように感じる。

そしてそのニーソックスを履いてきたという事はどういう進歩だ。


「なぁ、今日のお前どうしたんだよ?イメチェンでもしたりするのか?」

「イメ…………大学生に……なったから、色々っと……試してる」


遅めの大学生デビューと言うやつか。せっかくギャルっぽい見た目をしているんだ。

白いタイツに太もも位までのパンツかスカートの方が似合うと思うし、斬新なチャームポイントがあるんだ。

汚点の1つや2つはあっても差し支えないと思う。

量産型の女子大生になったら、それはそれでいいんだけどどこか心の間に寂しさを感じた。


「そんな事しなくてもいいのに、旭はそのまんまでいいぞ。」

「…………そんな事?」


ピリついた視線が刺さった。

女性の努力を踏みにじる様な発言でもしてしまった。


「あ、違うぞ。今の旭のままで十二分可愛いんだからさ。ほら、イメチェンなんて辞めたら」


ニーソックスへの進化は惜しいが、背に腹はかえられない。


「……あ、ありがとう……ございます………あ、本屋さん寄っても……いいです、か?」

「うん?いいけど、外で待ってるからね」


そう言って、そそくさと店内に入っていた。一瞬間が空いたから、てっきり怒らせてしまったと早とちりしてしまったがそんな心配はなかったようだ。

雑誌コーナーで今月号の少女雑誌を探している姿は、高校時代の帰り道を思い出す。

彼女との帰路は、本屋か駄菓子屋で何かを買うのが決まりになっていた。

顔見知りのクラスメイトがほとんど寄らなかったためか、長時間いることが多かった。

そんな日が続くからいつしか2人の憩いの場になっていたのを思い出す。

半年前までの思い出だと言うのに、なんだか懐かしさを感じてしまう。


「ご、ごめん……終わったよ」

「え、早いな。もういいのか?」


10分以上は当たり前だったのに、まだ3分も経ってないぞ。


「新刊が……なかったから、買うもの……なかったの。行こ?」

「そうか、じゃあついでに商店街の方にもよるか!」


このまま駄菓子屋に行っても、高校の授業終わりの時間にはならいと思う。

僕らそう思い、商店街の方へと歩いていった。

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