第7話 コスプレ喫茶にて

大阪のとある街。

普段は白い目で見られることの多いオタクに癒しの奉仕(サービス)と欲を掻き立てる供物(グッズ)を提供してくれる日本屈指のオタク達の街(メシア)。

その街でも異彩を放つ店・コスプレ喫茶『パラート』。

煉瓦造りの外装にテラス席もある。

都会にあるインスタ映えしそうな装飾もされており、オタク街にはあまり似つかない店と思われている。

だが、入店するとハロウィン顔負けの独創的な空間が拡がっている。

メイドからチャイナドレスと幅広いコスチュームを着た女の子たちがフリーダムな接客をすることから、コスプレイヤーやオタクからも人気を得ている喫茶店だ。


テラス席の方にこの街にいるには似つかない美脚の女性と平凡を装っている男性がティータイムを楽しんでいる。

傍から見ればだ。


「平野くん、何で最初にここにしたのか教えてくれるかしら?」

「何でって、これからタイツの良さをどんどんわからせてあげるって言ったろ?だから、良いタイツの揃った喫茶店に来たって訳だよ」


談笑や休憩を目的とする喫茶店で、定員の脚を見定めるためだけに500円以上の飲食をしに来たのだ。


「淀川さんも乗り気で入ったじゃないですか」

「あなたにしては見た目が良かったから期待してあげたのに、コスプレ喫茶って詐欺じゃない」

「料理も上手いし、サービスも充実しているんだからいいでしょ」


オムライスとナポリタンにコーヒー2杯を注文し、1500円に満たないにも関わらず味も飾り付けも凝っている。

ウェイトレスのコスチュームも可愛らしく、態度や口癖に粗相はあれど客をしっかりと持て成している。

淀川さんも料理やウェイトレスの写真を撮っていたので、それなりに居心地は良さそうに見える。


「はぁ、それでもう帰っていいの?」

「えっもう行くの?今日はタイツ着用率が高いからもうちょっと休もうよ」


そろそろ淀川さんの機嫌が悪くなりそうだが、タイツの着用率という馬鹿馬鹿しい(自分にとっては馬鹿馬鹿しくはない)理由で却下したのは申し訳ない。

ただ今日は、中世風のロングスカートのメイド からゴスロリの人形を模した衣装と、脚を拝めないコスプレが多かった。

それもその筈、この店は店員が好きなコスプレをするので、店から強要しているわけではない。

店員の完全な趣味になるのだ、タイツ好きかどうかはともかくタイツを履いてコスプレする人かどうかはその日の運次第という事だろう。

ひょっとすると、この中にタイツを履いている人もいるかもしれないが、ロングスカートやゴスロリはタイツを履いているかわからない。

……非常に残念だ。


「そんなこ――――――」


反論しようとしたところ、耳を思いっきり引っ張られた。


「もう行きましょう。私も暇じゃないんだから」

「別に用事がある訳じゃないでしょ。友達がいるわ――――ッ痛い」


友達がいないと言う前に、引っ張る力が強くなっていた。

耳の付け根から赤い血が出てるんじゃないかと疑うほどに。

会計まで引っ張られると離され、レジの横のベルを鳴らした。

すると、黒耳のバニーガールの格好をした中性的な女の子が駆け足で来た。

すらっとした脚に黒いタイツがいっそうと輝いている。

……。

バニーガールの、タイツ。

それはスカートなどとはまた違った趣の良さがある。

やはり1番の違いはその脚を覆う部分の視覚で確認できる表面積の広さにあるだろう。

スカートの場合、そのスカートが覆う部分の下からその人が履く靴の所までが視認できる黒い布だ。

靴などによってはさらにお洒落度も増す。

また、風や履いた本人が歩いたりしてスカートが揺れるたび、ただ直立しているだけでは見えない部分が見えるという事も素晴らしい特別感やドキドキ感があっていいだろう。

そしてバニーガールはいい意味でも悪い意味でもそれがない。

太ももは全て露わになり、普段の衣服では絶対に見れない部分が見られるのだ。

……いわゆる、腰の部分。

見えるか見えないかの特別感やドキドキ感はない。

ただ確実に見えて、普段は見れないからこその特別感やドキドキ感が堪らないのだ。

このバニーガールの店員さんはデニール濃いめの黒タイツだがバニーガールは網タイツも似合う。

自分は断然いつもの黒タイツ派だが、網タイツが嫌いという訳ではない。

それは……。


「お会計は割り勘ね。さきにでてるから早く済ませてよ」


チリリン―――ガタン。


僕の思考を遮り、自分の分のお会計を済ませ、軽やかに外へ出ていった。

「あまり待たせるな」とも取れる、人睨みを効かせて。

これ以上を機嫌を損ねたら帰ってしまうかもしれない。

真っ赤かな耳を抑えながら、財布から小銭を出した。


「すいません、これで」

「はい、お預かりしま……す」


一瞬だが、変なところで間が空いた気がする。小銭の計算でもミスったのかと見てみたが、特に問題は起きてなかった。


「……レシートになります。いってらしゃいませ、ご主人様〜」


深々とお辞儀をし、メイド喫茶お決まりの言葉を言われた。

普段はメイドやゴスロリが言うセリフなのだが、辞めておこう。

この店には接客のルールが無いから、気分で言ったのかもしれない。


チリリン―――ガタン。


扉の閉まる音が鳴った。



・・・・・・



大手ショッピングモールのファッションフロア、デートをしているカップルに見える男女が痴話喧嘩をしながら歩いていた。


「この店とかどうかな?レディースのジャケットやコーデがあっていいと思いますよ」

「アホなの?これから夏だっていうのに厚着させるつもり?置いてあるマネキンとブランドを見てから選びなさい」


人気ブランドが並んでいるというのに、かれこれ30分くらいは口論している。

お出かけプランを見直したい気分に陥っている。ファッションにはある程度の知識は持っているものの、相手はモデルをやっている淀川 葦麗だ。

昨日の夜に調べてみたが、有名ファッション雑誌やゴールデン番組にも出演したことがあるほどのモデルだった。

芸能人やタレントに詳しそうな旭や浪速なら気づいてたかもしれないな。


「大体平野くんから誘ってきたのに、計画性無さすぎじゃない」

「だって、暇そうにしてたから誘ったんだよ(友達いなそうだし)」


昨日あんなことあったから、てっきり振られるかビンタされると思った。


「仕事も授業もなかったから。ていうか、女友達と遊ぶときもここに来てるよね?タイツ教徒さん」

「旭と荒川とはアパレルショップや映画館に行くか、家でゴロゴロするかな」


それ以外は浪速に騙された合コンか付き添いぐらいしか経験ないことは黙っておこう。


「タイツ好きなのは隠してるかな、苦手そうだし」

「苦手って何よ、私には言ったくせに」

「淀川さんが勝手に気づいただけでしょ。僕から喋ったわけないだろ」


中野教授にバレた時はヒヤッとしたけど、研究を手伝うことを条件に黙ってもらっている。

隠す気はサラサラないが、カウンセリングや警察沙汰になりそうなのは流石にわかる。

タイツに19年間捧げてきたから、それぐらいのトラブルは月イチであった。


「ずっと見られてたらわか―――はぁ、今日はお開きにしましょ」

「えぇー、じゃあ本屋さんに寄らしてよ」

「本屋ね……まあ、良いわよ。一応、買いたいものはあると思うし」


エレベーター付近にある、紀伊国屋にたまたま欲しい本があったから誘ってみた。

意外にも着いてきてくれると思わなかった。オタクキモっとか吐き捨てて、サヨナラされる覚悟もあった。

―――今度誘う時は、もうちょい計画立ててから呼ぼう。

本屋の方が食いつきいいのは何か腹立つ。


「あ、ここなんだけど、淀川さんはどこ見とく?」

「私は今月号のファッション雑誌を読んでるから、あんた?」

「僕は画集のとこにいるから」


漫画コーナーも覗くけど。

今月の新刊も確認しておきたい。


「タイツを描くのをもっと上手くなりたいから勉強とその他趣味の為にね。家でも結構描いてんだよね」

「へぇ〜、昨日のあんたの絵の方がいいと思うけど」

「……淀川さんも冗だ――」

「冗談じゃないわよ。凄かった。タイツ愛かどうかは知らないけど自信持ちなさい」


彼女はそう言って、雑誌コーナーへと歩いていった。

お世辞かと思ったが、真剣な眼差しだったから凄いとは思ってくれたようだ。

昨日は衝動的に見せてしまったが、今思えば初めての相手だったんだ。

浪速達にもまだだったな。


「まさか、先を越されるなんてな」


タイツの良さを教えるために誘ったのだが、感想を言われるなんて思ってもみなかった。

指摘や批判ではなく、ただ「凄い」という一言。

あの女神、淀川さんに。昨日の僕には想像もつかないくらいに話せている。

この後は結局、互いに雑誌やら画集やらを買って帰ってお開きになった。

モデルならではのコーデやセンスを拝めなかったのは残念だけど、何気に暇を潰せたからまた誘ってみよう。

そんな事を思いながら、僕も帰路についた。

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