第6話 妄想ファースト
大学のとある午後。
朝からハードな授業を終え、多くの学生が昼食や談笑を求めにやって来る学内カフェテラス。
学生たちが安らいでいる中、1人の派手な少女の心の中は激しく鼓動を打っていた。
「う、宇佐先輩。汰百のこと……見かけません……でした?」
「汰百って純恋が追っかけている男よね?見てないけど」
恋しさが滲み出ている質問に、からかっているのが丸わかりな微笑を浮かべる人物。
だが、何処からか弄ばれている余裕と小動物を愛でてるような温もりを感じる。
「え、ちょ違う……よ?たいっ、とは……その……」
「違うの?」
「……いえ」
完全に弄ばれている。出会ってからまだ4ヶ月ちょっと。
COSPLAY 研究会の先輩、江戸川 宇佐。
最初はサークルの部長と聞いて、関わり会いたくない人だと思った。
けど、こうして昼食や買い物に誘ってくれて、いつしか素を出せる数少ない友達になっていた。
今もこうやってコスプレや漫画、汰百のことを話せてる。たまに意地悪なことをしてくるけど、居心地は悪くない。
「確か、先月遊びに行ったときに変な荷物が届いてたんだよね」
「そうなんです……なんか……破れた布地が入ってて、汰百に聞いても……友達のイタズラって言ってて」
「それって、彼の趣味じゃないの?」
破れた布地を送られて喜ぶ趣味って、裁縫とかに使うのかな。
それなら納得するけど、汰百にそんな家庭的な一面があるなんて思えない。
「裁縫が……趣味なら、わた……私はいい……ですよ」
「それを裁縫とかに使うんならね。でも、別のことに使ってるんだったらヤバいけど」
「別の……ことって?」
「そうね……眺めたり集めてたりしてとか?彼ならそれぐらいやってるかもよ」
―――鑑賞してたり、収集する気持ちはわかる。
好きな著者の漫画を2・3冊買って、保存したり貸し出し用にして布教するなら私も良くしてる。
男子なら特に子供の頃から色々と集めてしまう癖で、今も集めてしまうこともある。それがビリビリ破れられている濃いめの布地でも。私は気にしないけど、もしも隠しているなら知りたい。
「それでも……いいと思います!人の……趣味を否定……する、ことを……人一倍嫌ってる……汰百なら……です」
高校から付き合いだから、知らない趣味の1つや2つくらいあっても可笑しくない。
ただ、陰キャギャルの私でもこれだけは言える。
人より悪目立ちする外見や好きものが自分と少し違うだけで嫌悪感や偏見で見てくる人じゃないことくらい、断言出来る。
あの時の汰百を見ていれば誰でも―――。
「ふーん、いつもより饒舌じゃん。純恋にしてはだけど」
「わ……笑わないで、ください」
「じゃあ昨日の、汰百くんの熱愛ニュースは耳に届いてるよね?」
「………………熱愛、ニュースって?」
午後の談笑という銃弾が飛び交う中で、弱キャラの私に手榴弾が投げ込まれた。
性別の概念をぶち壊すような中性的な顔立ちをした美女が、武器をチラつかせるながら嘲笑うように話を続けた。
こちらの理解が追いついていないことを確認しないまま。
「昨日の夕方にうちの大学の子がバイクに轢かれそうになったんだけどさ、それを助けたのが汰百くんらしいんだよね」
「……それのどこが、熱愛ニュースなんですか?」
その銃弾(ことば)を待っていたかのように、手榴弾が投下された。
「お姫様抱っこで助けたあと、そのまま何処かに消えちゃったんだけどさ、駅とは反対の方に行ったんのよね」
「駅とは……違うってことは……住宅街の方に……行った、ってこと?」
「そうなるんじゃない」
普段は最寄りの駅まで歩いて帰ってるのに、住んでもいない住宅街の方に向かったってことよね。
でも、重要な情報が抜けている。
「確認……ですけど、その子って……女の子ですか?」
「お姫様抱っこをするんだから、そりゃあ女の子でしょ。しかも、かなり綺麗系の美少女らしいじゃない」
綺麗系ってことは、宇佐先輩みたいな人ってこと。
中身が痛々しい派手なギャルより、清楚で社交性のある勝ち組女の方がいいってこと?
それなら先輩を選んでくれた方がまだマシよ。
「その子って……そんなに、綺麗……なんですか?」
気を紛らそうとしているのか、注文したラテ・アートを意味もなくかき混ぜていた。カプチーノで描かれていたハートマークは、一口もつけずにベージュに染められていた。
「落ち着いて、実際に見た訳でもないんだからさ。ほら、ケーキで食べて―――」
「それよりキレイですか!」
先輩によるケーキの甘い誘惑を残り少ないHPを消費して使った大声でかき消した。
普段は気にする周りの印象にも目もくれずに、ただ、女の闘争心だけがちっぽけなプライドを打破した。
白いテーブルの上はラテ・アートと先輩のコーヒーで黒く濁っていた。
ついでにケーキまで苦甘いコーヒー・ラテ風に染めて。
「……はい」
一瞬ビクッとしていたが、すぐにいつもの澄まし顔になった。
サッと見せてきたスマホには、モデル雑誌から切り抜いて送ってきたような美少女の写真が写っていた。
枝毛のないストレートの黒髪に色白美肌のキリッとした目が特徴の美少女。大人っぽいフェミニルとリボンをあしらったらガーリーを着こなすスタイルの良さは正にモデルと言っていい。
外見だけで言うなら、勝ち目なんてゼロに等しいかもしれない。
「名前は見たことないから、私は見たことないから1回生だと思うんだよね」
「1回生……同い年に、モンスターが……いた」
私も知らないってことは、同じ授業を受けたことがないってこと。
お姫様抱っこ事件が昨日起きたってことは、汰百と仲がいい子に当たってみたらいいのかな。
最悪陽キャ様に聞いて回れば知ってる人の1人や2人はいると信じたい。
こういう時のために神様はギャルの見た目をさずけてくれたんだと思う。
「妄想にひたってるのもいいけど、本人に聞くのが早いかもよ……ススー」
「き、聞くことができたら……苦労しません……わかってる……くせに」
「初めの頃の純恋なら余裕だと思うんだけどな。……ハムっ」
正論を言いながら片手間にケーキを口に運んでいる。
「それじゃ純恋、バイトあるから先に帰る。お会計は済ませるか後はヨロシクね」
「あ、ありがとう……ございます。バイト……頑張って……ください」
「はいはい、そっちも頑張りなよ」
手のひらでつつかれたが、何だかんだ奢ったり気を使ってくれている。
本当につつかれたくない所は詮索しないし、言いふらしたりしないから素の自分でいられる。
これが世に言う、先輩と後輩の関係だったらいいな。
散らかったらテーブルを片付けて、午後から始まる聞き込みへと軽快に足を運んで行った。
……そういえば、先輩のバイト先ってどこだっけ?
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