第5話 女神の心情(フィーリング)
その男は欲望に忠実だった。
週初めの1限目、いつも私の近くに何故か座り、ずっとこっちを見ている。
最初は気づかなかったけど、毎授業直視されてたら流石に気づく。
しかも、私が体の部位で最も自信のある脚を見ている。
普通の女性なら肌や髪を重点にケアをしているが、私は違う。
もちろん、肌も髪もケアをしているけど、何よりも優先してケアリングしているのは脚だ。
形づくりの筋トレから足肌の水分量まで整えている。
こう言ってはなんだが、大学内でもトップクラスのルックスとプロポーションを持っている中で、脚のみに注目するなんて、なかなかの目利きな変態だわ。
…まあ、私の脚に注目するのも無理はないかもしれないけれど。
変態の名前は『平野』って言うらしい。
大学でもかなりの変人で、女の脚しか見ていない男と言われている。
噂ではそうなっているけど、私は違う気がする。
脚というより……ニーソックス、いや、タイツを見ている気がする。
普通ならいやらしいと感じるが、彼の眼は違った。
どこか狂信者の様な目をしていた。
そんな彼に、借りができてしまった。
バイクに轢かれそうになったところを、お姫様抱っこというドラマチックな方法で助けられた。
その借りを返そうとしたのが過ちの始まりだ。
彼が私を何時も見ていること、そしてタイツを見ていることを口に出してしまった。
彼自身は気づていていることに気づいておらず、良くも悪くも人を見ている癖に鈍感な男だ。
「知りたいな」と言ってきた。
最初は上手くかわそうとしたが、粘着質にしつこく聞いてきた。
モデル時代のプロデューサーみたいに、私のことを脚しか見ていない。
私の外見(脚)しか見ておらず、そこにしか関心を持たず、生かそうともしない。
女の外見しか見ない、私の武器を汚すタイツは『嫌いな』ものだ。
・・・・・・
沈黙が数分間続いた。彼女も若干ピリついていて、今思えば地雷をズカズカと踏んでしまった気がする。
殺伐とした雰囲気が漂っている中、切り裂くような一声が聞こえた。
「……鈍感な平野くんにはわかないと思うけど、それでも聞くの?」
少しの間の後に質問が返ってきた。
名前を覚えて貰っているのは感無量なんだが、鈍感って言われたのは初めてだ。
「し、知りたいですね。」
「……」
少し、沈黙が流れる。
「私はモデルなの知ってるよね。そん時に貶されたり惨めな思いをしたんだけど、それで嫌いになっただけ」
僕はそれを聞いて、一言。
「ねえ、淀川さん。ちょっと付き合ってくれない?」
「ん?なっ、ちょ―――」
彼女の返答を待たずに、僕は手を引いていた。
止まることができなかった。
女の子の手を握るのは2回目だが、緊張はなかった。
どちらとも衝動的なものであって、許可は貰っていないが。
・・・・・・
大学の美術室、僕の所属するサークル。
絵の具独特のヌルッとした匂いと鉛筆を削た匂いが漂い、多くのもので乱雑した空間が妙に落ち着く。
この時間は誰もいないと思っていたが、まだ明かりが着いていた。
中を覗いてみると知っている顔ぶれだったので、ホットした。
「何してんだよ、2人とも」
「「ん?汰百か」」
虎史と悠真、ちょうどいい所に出くわしてくれた。
こいつらと絡んだら、ちょっとは柔軟になってくれるかも。
「そ、そそれって淀川さんじゃんか!どうしたんだよ、汰百」
「汰百く〜ん、また君は―――」
「お前ら、こちら淀川さん」
悠真の閻魔モードは置いといて、一旦自己紹介をかましておかないとな。
2人とも彼女のこと苦手そうだし、淀川さんも人とあんまり関わらないから。
「淀川です」
「虎史です。同じ1回生なんで、気軽に声掛けてください」
「目黒 悠真です。サークルやってます」
虎史はチャラいのかソフトなんか分からないし、悠真は緊張しすぎだ。
淀川さんに至っては名前しか言っていない。趣味や面白トークぐらい言ってくれよ。合コンのセッティングミスして空気を悪くした、みたいな空気になってしまった。何とか盛り上ねば。
「よ、淀川さん。2人とも僕と同じなんだけどさ……意見とかなんか無いかな?」
「意見ってなんだよ汰百。まず、お前らなんで一緒にいるわけ?」
ここで難癖つけられたら溜まったもんじゃない。虎史はともかく、悠真にお姫様抱っこと手を繋ぐ話はできないな。
予想だが、スマイス状にされてミンチにされる未来しか想像できない。
旭や中野教授のタイツ姿を見ていない。
淀川のタイツを入手していないし拝んでないのに死ねるわけが無い。
「後で説明するから…………それで、どうかな?」
「そうね。2人とも、なんで大学に入ったの?」
―――面接官やバイトが聞いてきそうな話を降ってきたな。
まず、ワンクッションくらい挟んでから喋るんだと思うけど、今は突っ込まないでおこう。
「入った理由っすか?僕の趣味ややりたいことをできそうだからですかね、悠真は?」
「ん〜好きなことを話せる友達が欲しかったからかな。あとは作ってみたいものがあったからやな」
僕も聞いたことがなかったので、意外と新鮮で妙な抑揚感があった。彼女が何故こんなことを喋らせたのか分からないが、何か刺さるものがあったのか、一瞬だが瞳孔が開いたような気がする。
「うんじゃ、僕はボロが出る前に帰るわ。また話そうね、淀川さん」
「汰百は明日、ミッチリ詰めるからな。……じゃあ、お疲れさん」
これ以上の接触は、ボロが出ると踏んで愚痴をこぼしながらそそくさと帰っていった。
幾らオープンにタイツ道を進む2人でもを淀川さんの前だと緊張するようだ。
「はぁ、ちょっと待っててね」
疲労が篭ったため息を吐き出し、美術室まで来た目的のものを取り出しに来た。
画材の山に埋もれている1つのスケッチブックと1枚の絵を渡した。
こちらの表情を伺っていたが、ニコッと返してこう言った。
「大丈夫、見てもいいよ」
ペラペラと何枚とめくっていると1枚の絵がお目にかかったようだ。
そこに描かれていたのは僕がこの部に来てから初めて描いたタイツのイラスト。
大きな画用紙にスカートから下の足だけを正面から描いた絵だ。
「この絵も見てよ。自信作だから」
こちらは横から、少し右足を上げたタイツ。
前回と比べて、タイツへの描き込みをこだわり、制作時間もかなりかかった。
「淀川さんはさ、僕の好きなのが嫌いなんだろうけど。僕らにとっては熱中しているもんなんだ。それこそ、みんな鍋をつついているような感じでね」
友達の家に泊まったり、サークルやバイトに励んだりとタイツ以外にも熱中するものいくらでもある。
だから僕は―――。
「だから、淀川さん。青春(タイツ)の良さを教えてあげます」
大学生の間に、まずはタイツの良さを知らしめたい。
あわよくば僕や虎史達、旭なんかと仲良くなってくれたら嬉しい。
これから始まるかもしれない、タイツを通じてできた順風満帆な白布が出来るかもしれないという期待をしていた。
だから僕が、彼女にタイツの良さをわからせてやる……!
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