第4話 女神の申告

手が肩に触れたのはいいのだが、この先どういう流れだ。

アニメや漫画だと背中を押して、ヒロインは助かるけど主人公は記憶喪失か骨折というリスクを背負ってしまうんだよな。

もしくは、ヒロインを押して助けたものの何らかのアクシデントに巻き込まれて悲劇が舞い込むパターンもある。

――今まで人生の経験やアニメや漫画の記憶から思考超加速を使って叩き出したところ、一つだけ、僕も淀川さんにもメリットのあるウィンウィンな救出パターンがある。

ただし、この救出パターンには条件が2つある。

1つは筋力、彼女を支えるために必要な筋力が備わっているか。

2つ目は野次馬、教授や知り合いが混じっていると助けた後に茶化してくる可能性がある。

特に虎史と中野教授がいないかは要チェックだ。あの2人に見られていると今後の大学生活に支障が来る可能性が大だ。


2つの条件は満たしている――と思う。

後ろにいるかもしれないが、今は目の前のタイツ…いや、淀川さんを助けなければならない。

これは一か八かの賭けだ。


キキィーーン!!


凄い勢いで走るバイクのブレーキ音が鳴り、僕は走る。


「ごめん!」

「……ぇ」


人の命がかかっている状況、この後の展開への謝罪を済ませ、彼女の返事を聞かずに実行した。

彼女の後ろに引っ張り、脇を閉めつつ両腕を差し出した。

彼女の上半身と下半身をそれぞれの腕で支え持ち、赤ちゃんを抱え上げるような形になった。

そう、女子が1度は憧れるお姫様抱っこを教授パターンとして採用した。

彼女は怪我をせず、僕は彼女のタイツに合法的に触れることができる。

まさにウィンウィンな解決案だ。

これから、この状況に陥った方にはこの方法を推薦しよう。

ちなみにバイクの方はこちらを見た後、怪我がないのを確認したのかそのまま急発進した。


「全く、ごめんなさいくらい言えよな。ねぇ、淀川さ――」


バイクが逃げ去るのに愚痴をこぼした。下手すれば怪我では済まなかったというのに、彼女にも話しかけた。

しかし、僕は気付いてしまう。


「……これが、神のタイツ」


何度も何度も、色んなタイツを見てきた。

僕にとっては、タイツとは"見るもの"だった。

街に出れば、絵画の展覧会のように様々な芸術作品を見ていく。

これは素晴らしいか素晴らしくないか、自分好みかそうでないか。

時には共に歩く友人達と、この作品はどうかを語り合い時を過ごす。

作品は見るものだ。

…触れるものではなかった。

それこそ、浪速にタイツを送られて、未使用の履かれたことのないタイツそのものは何度もある。

しかし、僕は初めてその芸術作品に触れたのだ。

さらにその作品はこの世で最も至高とされる作品。

タイツの布越し、その奥にしっかりと脚がある。

これが本当のタイツの脚だ。

サラリとした触り心地、氷上を滑るスケートのように滑りやすい、だが、自分の心を掴むように手が離れる事はない。

これが神タイツ。

想像を遥かに超える…そもそも、これを想像することさえも難しいだろう。

爽やかな朝に冷たい水で顔を洗い、それを上質なタオルで拭いた時以上のような気持ちよさがそこにあった。


「……」

「……あ、ごめん」


僕はじっと僕を見ていたお姫様抱っこ状態の淀川さんを降ろす。

どうしよう、かなり嫌がられたかもな…。

そう思っていると、彼女は口を開く。


「……お礼をしたいから家に来てくれない」

「あ、うん」


きっと喜ぶところなのだが、己自身でハードルを上げてしまったせいでなんとも言えない感情になってしまった。

ただ、手にそのタイツの感触だけは忘れられずに残っていた。


・・・・・・


結局のところ、女神さんのお誘いを断る理由もなく、彼女の家のソファにいる今現在。

大学付近にあるお高めの住宅街、そこにある1件の庭付き一軒家。

中は3LDKに広々としたリビングにオシャレな家具、ピカピカの黒いタイルで敷き詰めらた部屋はストイックさを感じる。


「飲み物取ってくるから、座ってて」


飲み物を取りに行くと言い、キッチンの方に消えてしまった。

とてもだが、普通の大学1回生が住んでそうには見えないのだが、淀川さんなら納得してしまう。

ただ、少し散らかっている。いや、訂正しよう。

……ものすごい汚部屋である。

座っててと言われたが、ソファの2角以外は洗濯物と真新しい洋服が置かれている。

ソファ以外もトレーニンググッズやファッション雑誌の束、ガムテープも剥がれていない宅配のダンボールで部屋の床はほとんど見えていない。


「おまたせ……はい」


挙句に机に飲み物を置くスペースもなく、冷たいアイスティーを持つことになった。


「それで淀川さん、僕になんの用かな?」

「用って…………まずこれ」


そう言って、渡してきたのは大きめの絆創膏だった。

腕を軽く擦りむいただけとはいえ、まさかのセルフ手当だった。

てっきり、彼女がやってくれるものだと思っていた。

だが、今はあの言葉の真意の方が気になる。


「あ、ありがとう。それで、さっきの好きなのかなってのは何のことかな?」


僕がそう言うと、彼女は呆然していた。

まるで答えが赤ちゃんでもわかるような陳腐なことだと表情で伝わってくる。


「だって、見てるでしょ?」

「……見てるって何を?」

「朝の講義で見てるでしょ、脚を」


……ですよね。

朝の講義の光景さえ見ていれば、誰でもわかりますよね。

その講義のお陰で一躍異名付きの変人になってますものね。

でも、脚じゃないんですよね。


「しかも、タイツを見てよね?」


おっと、指摘する前に言われてしまった。


「私以外の脚だと、タイツを履いた子しか見てないし、変なあだ名も付いてるよね」


言い逃れもできないほど、完璧な推論のおまけ付きだ。

頭も去ることながら、視線だけでよく何を見ているかわかるな。

タイツ好きか分からないけど、その観察力には感心してしまう。


「正解だよ。ほんとに、よくタイツを見てるなんてわかったな」


僕が苦笑いで返答すると、今までのギャップな言動とまた違った驚愕の一言がでてきた。


「だって、嫌いだもの……タイツなんて」


――タイツを嫌いと言われた。


「なんで嫌いなんだ?」


嫌いだと言われて、単純な疑問が僕に生まれて気づいた時には口に出していた。

暑い季節もずっと、引き締まった脚に常にタイツを履いていて、心の中では女神とまで思っていた彼女が、何故嫌いなのかを聞かざるをえなかった。

複雑な心情を隠すそうとしたのか、少し口角を上げていた。

そんな僕の発言に驚いているのか、淀川さんも戸惑いを見せた。

……それはそうだ。

講義中、ずっと自分の脚しか見ていない異性に何故、タイツが嫌いなのかという聞かれたら困惑もするだろう。

傍から見れば、美少女にアブノーマルな質問をしている特殊性癖の青年としか見えない。

そう見えてでも知りたい。


「知ってどうするの?」

「……別に、ただ気になったから……かな」


話したこともない子に内面にグイグイと入っていかれるのは居心地は悪いだろう。

でも――。

――僕が触れた神タイツに、嫌いという気持ちはあって欲しくないのだから。

何より僕が信仰する神器を、それを纏う女神が嫌いだなんて、許したくなかったからだ。

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