第3話 黒の狂人達

中野教授とのタイツ講義も次週に持ち越し、行くあてもなく校内をぶらついていた。

授業はもうないので、このまま帰ってもよいのだがあと一つやっておきたい事が残っている。

……奴らに会うことだ。


大学の離れにあるサークル棟、そのにある一つ部室に入った―――手芸サークル。

棚には部員たちの作ったマフラーやジャケットが飾られていた。

ただ1つ、異彩を放つ作品がある。漆黒のタイツ。

デニール数は80とかなり濃いが、質感は中々のもので中々のこだわりも感じる。

そのタイツを制作した男、そしてもう一人の人物に会いに来た。


「待たせたな」

「遅いぞ汰百、とっくに授業は終わってんだろ」


ツーブロックの浪速 虎史と大仏のような出で立ちの目黒 祐馬。

大学のサークル見学で仲良くなった友達で、暇な時は虎史の所属する手芸サークル部室でだべっている。


「今日も淀川さんのタイツ見れたのか?」

「あ〜バッチリ拝んだよ」

「羨ましいすぎるだろ。あーあ、俺も履修しとけば良かったわ」


虎史と祐馬、二人ともかなりのタイツオタクだった。

今までの人生、中々こういうネタを話せる友人はできなかったのだが、大学で同類の人間と出会えたのは本当にありがたい。


「そう言えば汰百、この前送ったタイツ。どうだった?」

「……やっぱりお前が送ったのか、虎史?」

「当たり前だろ?僕以外に誰が送るんだよ」


先週のことだ。

実家にダンボールで宅配便が届いていた。

送り状用には衣類品と書かれていたので、不注意にも僕以外の家族がネットで購入したものだと思いその場に置いてしまった。

たまたま遊びに来ていた旭が開けたところ、中には大量のタイツが入っていた。しかもご丁寧に、 1枚1枚が破られているものだその後の現場処理は地獄のようだった。

旭への弁解とタイツの修復作業に貴重な休日を費やしてしまった。

何よりも―――。


「破ったタイツを送ってくんなよ」

「僕のコレクションをわざわざ送ったっていうのに文句か?」

「僕はノーマルな黒タイツが好みなんだよ。ちょっとは、その筋力と女友達の多さを別のことに使えよ」


デニール数も100近いものが多いし、素材からデザインまで手間を掛けて制作しているはずのタイツを自ら破っていく姿には狂気すら感じる。

また、破り方にもこだわりがあるようで、これだけのために手芸部とアパレルのバイトをするほどだ。


「 てか、女友達何人いるわけ?」

「知り合いの子は多いと思うけど、合コンでもすんの?」


多いって自分から自負している時点で、僕よりは多いだろ。LINE交換した時に見えちゃったけど、僕の10倍以上はいたよな。


「女子は何人まで呼びますか?」

「バナナはおやつに入りますかのノリみたいに女子を呼ぶなよ!合コンはしないからな」

「まあ、お前はそういう奴か」

「ああ。ああただ、女子全員タイツ好きで、全員がタイツを履いてやってくるなら考えないことはないぞ」

「了解。もしやることになったら誘う」

「やれるわけないだろ!」

「そして、女子全員のタイツを破っていこう」

「破っても、もう宅配で送ってくるんじゃないぞ」


浪速と喋ってると僕がツッコミに回ってしまうんだから、何か新鮮なんだよな。

漫画やアニメのツッコミキャラの気持ちがちょっと理解できる気がする。


「女の子にタイツを履いてもらうのはいいけどさ、それを破るという思考回路が訳がわからないのだが?」

「……何が分からないと言うんだ?」


部屋の空気がガラリと変わった。

普段から目つきの悪い顔がより一層、悪人ズラになった。


「俺はタイツが肌が全く透けてしまわないことこそが、素晴らしいと思っているんだよ!何度も言っているだろ⁈」

「分からないこともないが、反論だってある⁈そりゃ、肌が全く見えないことによる、隠された秘宝の姿を想像させるような濃いデニールのタイツが好きって気持ちもわかるさ!」

「汰百も遂に良さがわかったんか、嬉しいっすよ」


長い論争に終止符が撃たれたと思った虎史は、珍しく口元が緩んでいた。


「ただ、わからないのはそこじゃない」


俺は虎史の鍛えられた腕を掴んだ。中高時代は運動部に所属していたことだけはある。

虎史は濃いタイツが好みなのは、この数ヶ月で理解している。

先ほども述べたが、透けないタイツが好きだそうだ。

しかし、それを破る行為も好きらしい。

虎史は濃くて破りづらいタイツを破る為だけに、運動部を辞めてからも筋トレを続けている。


「破っちゃ駄目だろ!神器(タイツ)に隠された神の姿を覗いちゃ神の神聖さというものが薄れてしまうじゃないか!」

「だからこそだろ!宝箱があって、その中身を覗かずに逃げるというのか?理解できないね!」

「いやいやいや!覗かないからこそ、その中の神聖が保たれるんじゃないか!」


論争が不利だと読んだのか、部内の作品コーナーにある自分の作品を持ってきた。

下半身だけの白いマネキンに装着されているこの真っ黒なタイツ。


「これは破らないと完成しない作品なんだよ!!」

「だからって、もう宅配で送ってくんなよ。」


虎史と祐馬、それぞれ行動力が凄すぎるのだ。

自分自身で最高のタイツを作るためにサークルに入ったその決意には恐れ入った。

だが……やはり虎史はわかっていないなぁ!


「そこまで、2人ともジュースでも飲んで落ち着けよ」


祐馬が僕たち論争を仲裁する。いつもの流れで、論争している間に3人分のジュースを買ってきてくれる。


「お互いそれぞれ好きなものがあって、そこが少し違うだけじゃないのか。どっちかが間違っていることなんてないんだから、互いに好きなものを認め合えばいいんじゃない?」


――――祐馬の言葉で、さっきまでのタイツ紛争が一気に鎮圧された。

小っ恥ずかしいセリフを平然と言うから、仏みたいな面構えが似合うんだよな。

僕らとつるむより、大学を中退して今すぐ寺に出家することお勧めする。


「ところで汰百。旭ちゃんはどうした?」

「ああ。旭なら帰っちゃたよ。何か用事があるなら伝えとくけど…」

「……あ?」


昼下がりの教室にいるようなポカポカとした部屋がさっきの空気に、いや、更に酷く重くのしかかるのを体感した。

さっきまでの穏やかな雰囲気は一変、閻魔様を纏ったかの如く厳格さと何かイラついてる憤懣を感じる。


「な、何にイラついてんだよー。祐馬らしくねぇな。」

「……お前も学ばない奴だな。」


そう言い残すと、祐馬が買ってくれた缶ジュースを持って、離れた席に避難した。


「今日、旭ちゃんと昼食食ってたろ?」

「もしかして見てたのか?なら話しかけろよ」

「ついでに、最近だと中野教授の研究室に通ってるらしいな」


僕が奢った訳じゃないけど、茶々を入れるなら、缶ジュース返せよ。


「お前、旭ちゃんだけで飽き足らず、魅惑のロリババアこと中野教授にまで手を出すなんて……お、俺も誘えよ!」

「わ、わかったから。顔を……顔近いよ。今週の何処かでセッティングするから〜!」


今後は旭や中野教授の話を祐馬の前では永遠にしないことを、この時の僕は誓った。

友達や知り合いにも後で口止めしないと、特に虎史には入念に脅しとかなければならないな。


・・・・・



サークル作業がある2人と別れて、活気ある声が聞こてくるサークル棟を後にした。

所属している美術サークルもないし、福島も旭もバイトがあるって先に帰ったようだ。

知り合いにもサークルや晩飯に誘ってくれたが、今日はハードスケジュールだったから疲れてしまった。

朝は淀川さんのタイツのために早起きして、昼は旭と喋りながら昼食と中野教授のタイツ講座と勉学に励んだ。

さっきまではサークル棟で虎史と友人とタイツ会議をして、1日がタイツで終わった。


「明日はサークルにバイトと、帰ったらぶっ倒れるな。………ん?」


校門を出てすぐの信号で見覚えのある人…いや、見覚えのあるタイツの姿の女性がいた。

赤信号を待っていたのは淀川 葦麗だった。

この時間帯に見かけるのはかなり珍しい。サークルにも所属せず、授業が終わるとすぐさま帰っていく。

同じ学科の女子たちも何度か遊びに誘ったらしいが、どれもこれも断っているらしい。

今度の授業終わりに1回くらい誘ってみるか。


信号が青く光り、彼女の美しいタイツが動き出す。

その時だった。


「……⁈」


1台のバイクが猛スピードで突っ込んでくるのが見えた。

普段から無作法に動き出すタイツを視認している僕だから見逃さないものの、タイツ好きじゃない淀川さんには絶対見えていない。

……あのスピードで本当に赤信号で停まるのか?

そう考えていると、大きなクラックションが鳴り、淀川さんも漸くバイクの方向を見た。

やはりこれはまずい状況かも。

このままじゃ、神のタイツが永遠に日の当たり暗闇へと失われてしまう!


「タァーーーーーー!!イッツ!」


目の前で、大切なものが吹っ飛ばされるのを直感で感じたのだろうか。

心の底から叫び、無我夢中に走り出していた。

そして、彼女の肩に手が届いた。

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