第2話 白のオンリーガール
福島と別れ、食堂へ向かった。
昼休みに入ったら混んでしまうので、出来るだけ早く行動しなければならない。
大学内でタイツを履いた人がいないか見ながら向かっていったが、やはりこの時期には中々おらず、食堂についてしまった。
誰か知り合いはいないかなと探していると、友達と楽しそうに会話しているの女の子を発見した。
券売機でカツカレーを選び、受け取ってからその子の向かいに座った。
「お待たせ、旭!」
「あ、平野じゃん!やっほー!」
僕が話しかけると、その子は友人であろう小洒落た女子大生達は少し話して手を振って離れていった。
テーブルの向かいの白いイスに座る。
向かいの席の友達、彼女の名前は旭 純恋(あさひ すみれ)。
見た目は薄ピンクのショーボブに目元の黒ボクロが特徴の今どきギャル。今みたいに良く話しかけられてはいるのだが――――。
「あ、ありがとう……汰百君。テンションを保つの……つ、疲れてたから……助かったよ」
中身は内向的でモジモジしながら会話する〝ド〟が2つ付くほどのオドオドシーガールなのだ。
陽キャそうな人にはノリよく話せるが、それは無理をしていてるけど、それでも頑張って対応することに素直に僕は尊敬している。
人によって、対応を変えるという行為、二面性の顔があるという事は僕には絶対できない事だろうから。
「ほんと高校から良くやるよな。そろそろ潮時じゃない?」
「無、ムリだよ……ゲームのバグみたい体が……反応しちゃうんだから」
「それはわかるだが……陽キャ旭の時に話しかけるの妙に緊張するだけど」
「そ、その呼び方もそろそろやめない?」
明るい口調の時の旭を陽キャ旭、オドオドした口調の時の旭を陰キャ旭と僕は呼んでいる。
普段の陰キャ旭には親しみが湧くんだが、陽キャ旭には何処が人見知りしてしまう。
陰と陽のスイッチをこうも素早く変えれるのは、ある意味尊敬に値はするんだけど……陰よりの僕にはキツい。
「まぁ、別にいい……私は、慣れたから……イケル!」
「いやこっちが疲れるんだよ」
「うぅ…………ごめん」
「おっと泣くんじゃない。俺が酷い目に合わせたみたいじゃないか」
先程まで声を這って喋っていた女が、純粋無垢な少女に転生したかのようにオドオドとしているのだから、同一人物だとは思えない。
タイツ好きとギャルが友達という、傍から見たらミスマッチな組み合わせだと思うが、単に高校からの付き合いだ。
陽のオーラが自動で出ている旭は、クラスでもカースト上位だった女子グループに雰囲気だけで所属していたのだが、ある日、何があったのかグループに関わらないようになっていた。
そんな時に、ポツンっと一人で漫画を読んでいたところをたまたま話しかけたのがきっかけで仲良くなったのだ。
それ以降、学校でもたたた休日もちょくちょく映画や遊びに行くくらいには友達になれたと自負はしている。
「そ、そう言えば、この間の『なまいきざかり』って漫画面白かったよ」
「よ、読んでくれたん……ですか?」
「もちろん、旭がおすすめするのって面白いのばかりだからね」
日頃からずっと漫画を愛読書として読んでいるせいか、ファッションよりもそっちの知識に精通するようになっている。
「さっき投稿していた作品も面白そうだったよ。あらすじしか読めてないからさ、今度貸してくれよ」
「は、うん……わかったから、……ちょっと、顔が近いよ」
彼女とは、こういった漫画の感想や考察を言い合うことができる数少ない友人の1人だ。
彼女の方もそう思って仲良くしていると思っているのだが……。
「うぅ、どう……したの?」
うるっとした瞳に頬を紅潮させ、こちらに楽しそうに話しかけてくれる旭は可愛らしい。可愛らしいのだが……タイツを履いてくれない。
僕も直接言葉で伝えるほど、デリカシーがない訳では無いのだ。
だが、たまに僕におすすめ本を聞いてくる時に、タイツを強調している漫画をお勧めするのだが、何故か履いてくれないのだ。
寧ろ露出が多めになっており、脚に関してはニーソックスか生脚しか見たことがない。
これさえなければ、旭だってこの世に神として存在するのは間違いないのだろうが、勿体ないな……。
「ああいや、何でも。そう言えば昨日の新刊買ったか?」
「まだ買えてない……のです。なので、ネタバレ……注意」
「わかったから、そう睨むなよ」
でもまあ、旭とはタイツ目的で友達になった訳ではない。
漫画を買いに行ったり、映画を見に行ったりする。
タイツ抜きでいられる数少ない女の子なんだから。
旭はおもむろに鞄を開いた。
「……あ」
シャリン、と机の下で音が鳴った。
小さな鈴の音だった。
「ごめん、鍵ケース……落としちゃた。そっちにある……拾ってくれない?」
「ああ、わかったよ」
しゃがみ込んで足元を見渡した。
そこには某アニメキャラの鍵ケースが落ちていた。
こういう趣味も陽キャ旭の時は隠しているのだろうか。
ふと気になったが、机の下に長居しても仕方ないので、顔を上げようとする。
「……」
つい癖で僕は脚を直視してしまった。
引き締まった白肌の脚。
机の下で宝石箱のないダイヤモンドが輝いていた。
ああ、本当にもったいないな。
言葉に現せない感情が一瞬で体内を循環した。
・・・・・
昼食を終えて、旭と別れてから次の授業に向かった。
授業の内容はファッション基礎、多岐にわたる衣服の歴史と作り方を学ぶ授業。
内容もさることながら、生地の素材からファッションについて教え諭してくれる教授こそ、授業の醍醐味といっていい。
見た目は愛らしい幼女で、指示棒の代わりにおもちゃで進行しているおままごとのような状況だが、今風のオシャレ着やお姫様が着るようなドレスと幅広く興味がそそられ、わかりやすく解説してくれる。
「今日はここまでだよ。出席シートを出してからお家に帰ってね!バイバーイ!」
一時間半に及ぶ授業が漸く終わった。肉体的には疲れてはいるが、精神的には安らぎのひと時だった。
他の授業はともかく、中野教授の授業は1字1句も逃せないのだが、それと同時に教授を観察するのも交互にやらないといけない。
これを落としてしまったら後期のゼミに参加出来なくなってしまう。
とりあえず、出席シートを提出しなければ単位を貰えない。
席を立ち上がり、黒板前までシートを提出しに行った。
教卓にシートを出すと、前にいる中野教授が僕に言った。
「平野くん……後で私の部屋に来てね」
ニコニコと無垢な笑みをで近づいてきたに教授は、僕だけを研究室に誘った。
なるほど―――今日も忙しくなりそうだ。
僕は席に戻り、急いで荷物をリュックに詰め込んだ。
教授の研究室で行われる、本日2回目の"タイツ基礎"を受講しなければならない。
・・・・・
中野教授の研究室、通称『中野ゼミ』。
上はニット帽から下はタイツまで、人間が着用するありとあらゆる衣類の歴史、最高のものを作るための技術を究めるための部屋。
僕もタイツ道を身につけるためには、通らなければならない第一の関門になるであろう場所だ。
「お待たせ!」
先程の授業資料と子供用のリュックを背負って現れた。
教授が研究室を開けるので、自分は先に来て研究室の前で待っていた。
「教授、お持ちしますよ」
「ありがとう!」
教授から荷物を預かり、教授は研究室を開ける。
中は衣類に関する資料や多様なジャンルの服が収容されている衣装棚で敷き詰められている……と思うだろう。
しかし、真実は時として残酷である。
資料や衣装は一切なく、あるのはパソコン1台とパソコンチェア。それとバイク雑誌とバラバラの銘柄のタバコに似たお菓子が散乱している。
「荷物はここに置いておいて!」
「わかりました」
机の上のパソコンはつけっぱなしで画面には、中世のメイド衣装が映っている。どうやら今はメイド服の制作に専念しているようだ。
研究室に呼ばれた理由は何となく把握した。
「中野教授、タイツに詳しい……あの、平野が来ましたよ。」
耳元でそう呟いくとびっくりしたのか、勢いよくこちらに振り向いた。
「ひ、平野くん、も〜くすぐったいからやめてよ。」
小人のような手で赤くなった耳を塞いでいる。
その姿はまるで照れた子供のようで教授としての威厳は欠片もなかった。
「ごめんなさい中野教授。それで、今日の議題はメイド服ですか?」
「うん、そうなの。メイド服のデザインが決まったんだけど、どうかな?」
中野教授の見た目は、はっきり言って犯罪級のロリっ子だ。
赤ちゃんのようなぷにぷに頬っぺに胡桃色の瞳が愛くるしい顔立ちにブカブカな兎パーカーに水色の白衣を着ている。
そこにタバコのお菓子を加えているのが、まあはっきり言ってヤバい。
警察の人にお世話になりそうだ。
「意見ちょうだい?タ・イ・ツ・兄・ちゃん?」
教授に上目遣いで脚にしがみつかれたら、タイツ教徒の僕でも断れるわけが無い。
「お兄ちゃんは余計です。タイツはいいですけど。」
「そこ引っかかるの?」
妹や幼女などの一般性癖に萌えるほど未熟ではない。
僕が萌えるのはタイツだけだ。
「はぁ〜、まずタイツの色はですよね?」
「タイツの色はしろでしょ?」
初手から意見が食い違った。
「わかってないですね。白を貴重にしたクラシカルなメイド服なんですから、尚更タイツの色は黒でしょ?」
メイド服は本来、全身の色をできるだけ揃えなければならない衣服だ。
そこに黒タイツを足すことで紅茶にミルクを入れるようにまろやかなコクが備わるのだよ。
「いやいや、ここは白タイツでしょ!普通ならメイド服といえば白のニーハイソックスなんだろうけど、タイツが似合うメイド服を考えてるんだから!」
「え〜。それでこそ黒が一番いいんじゃないですか?」」
ファッション教授なのに色はどれでもいいのかよ。もっと内に秘めたタイツ愛は無いのか。
「まあ、色は一旦置いておこう。デザインはどうかな?」
「デザインは問題ありませんが、ただデニール数が30なのは薄すぎませんか?」
「デニール数……白だったらほとんどデニール数は関係なくない?」
「かと言って、デニール数に拘らなければ意味がありませんよ。本業メイドとしてのタイツならばやはり濃いめの方がいいかと……」
話が長くなるの察知したのか、お菓子を持ってくるという理由で逃げられてしまった。
自分が意見を求めてきただろうに。
まあ、まだ僕の深すぎる愛についてこれていないのだろう。
けれどもタイツやそれ以外への僕にはない博学と技術への敬意、そして熱意もある。
この人との話も楽しいし、間違いなく在学中は付き合いが続くのだろうなと思った。
中野教授とのファッション談義ならぬ、タイツ談義に花を咲かせるのだった。
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