第1話 神器の狂人(ヘビー・タイツァー)
タイツはこの世において正義である。
それは僕、平野 汰百(ひらの たいと)にとっての、絶対不変の事実である。
タイツはこの世界を美しくする。
偉人の言葉を借りるなら、世俗の知恵は、愛が人間と人間との間の関係であるというが、持論によれば、タイツは人間と神との間の関係であるという。
というのは、タイツが神の媒介であるからである。
女性の脚はタイツを履くことによって女神になるのだ。
黒い繊維を覆うだけで、女性の脚は美しく見える。
みかんをオレンジの網の袋で覆うと美味しそうに見えるのと同じ原理だ。
白い肌を黒で覆うことにより、その奥にある脚そのものを美しく見せることができる。
さらにタイツは美しく見せるだけでなく、紫外線による日焼け止め、繊維を覆うことによっての防寒対策もとれる。
それに脚そのものを傷つけることも防ぎ、怪我から身を守る。
タイツを履いて悪い事など、この世にはないのだ。
タイツこそ、汎用性に優れ、見た目も美しくする装備、まさしく『神器』の名に相応しいだろう。
私はその神器を、そして神器を纏った女神そのものを信仰せずにはいられない。
人は実在する神を見て信仰せずにはいられない。
今までの人類の歴史、それらが語っている。
だから私は神々を見て信仰しているのだ。
タイツという名の正義の神を。
人がタイツを履き続ける限り、神は不滅。
私は一生、タイツを信仰しつつけるだろう。
さらにタイツの神といっても種類は様々、デニールの濃さや色で多くの種類の神が存在するのだ。
そして僕の身近に一人、女神がいて……。
「……」
毎週の朝、この授業の一コマ。
普通の学生なら憂鬱に感じるこの時間を僕は楽しみにしている。
いつも授業の始まる時間より早すぎず、遅すぎない時間に教室に入り、とある彼女を見つけたら必ず彼女の斜め後ろに座るのだ。
何故時間を計算しているかというと、早すぎればいきなり近くに座るのは不自然だし、遅すぎれば俺の大切な定位置が他の誰かに奪われる可能性があるからだ。
今日は彼女の右後ろに座り、ずっと彼女の脚――――いや、"女神"を拝む。
彼女、淀川 葦麗(よどがわ あしり)さん(授業の最初の点呼で名前を覚えた)は、現代では珍しい年中タイツを履いている人なのだ。
夏は何より暑く、タイツの中も蒸れやすい。
現代日本はそれほどまでに暑さに敏感なので地球温暖化をなんとかせねばならない。
…だが、せめて紫外線対策もできるのでデニール数が少ないタイツでもいいから履いて欲しい!
タイツを履いている人が少ないから夏が嫌いなレベルの僕から言わせてもらえれば、淀川葦麗さんは本当に貴重な人だ。
それに彼女、勿論タイツの見た目も美しい。
なんなら、美しいという単純な言葉だけでは到底表現できないほど素晴らしいタイツ姿なのだ。
脚の美しさの基準は長さ、太さ、形で構成されていると僕は考えている。
騎士の携える業物の長剣のような芯の強さと長さ。
細すぎず太すぎない、そしてハリのある太さ。
不要な部分はなく、必要な部分にはしっかりとついた肉付きが構成する形。
それら全てが芸術的なレベルで完璧で、それを至高の黒タイツが覆うことによって、僕の左前には女神が存在しているのだ。
それにデニール数は僕が一番大好きな60デニールなのだ。
女神が斜め後ろに座っていられるのだ。
教授の自己満授業なんかを受けている場合ではない。
「淀川のこと見すぎやで、毎度のことやけど。」
「え…あ、し、仕方ないだろ、一緒の授業がこの1コマしかないんだからな。」
気がついたら授業が中盤に差し掛かっていた。
いつ授業が始まったかどうかも理解できていないが、まあ毎週のことなので別にどうでもいいか。
大学が始まってから半年間、彼女を見ていて気づいたことが少しある。
お陰様でレポートや定期考査はタイツを破る思いをしたが……。
……いやまあタイツは破らないのだが。
話が伝線…いや脱線してしまったが戻そう。
帽子と伊達メガネで分かりずらいが、タイツ抜きでも人目を引く美貌と華やかな雰囲気を醸し出している女性だ。
髪型は黒髪ロングのストレートヘアで、そして神であるタイツを履いているのだ。
黄色の瞳に下睫毛が特徴的な美少女である。
プロポーションもかなりのものだが、中でもタイツを引き立たせるあの美脚が一番魅力的だ。
絶妙な足回りの肉付き加減に黒のタイツを引き立たせるひざ下の股関節がスマートなO脚。
履いたタイツの魅力を最大限引き出し、見るものを天へと昇るような幸福を授けてくれる。
そう、まさに……。
「まさに美脚の女神様だっんぐ――――」
「まだ講義中やぞ、教授すんませんな。それで質問ええですか?」
危なかった、前の講義でタイツ愛を語りすぎて教室を追い出されかけたんだった。
この講義に福島がいなかったら、大学生時代に会えたはずのタイツを見逃すところだった。
関西弁の良い奴なんだが、少しでもタイツ愛に目覚めてくれたいいんだけどな。
「汰百さ〜、もうちょい静かに受けられへんか?お前の言動のせいでめちゃくちゃ有名人なってるで?」
確かに、この授業でタイツ愛好家の平野汰百、大学内では名の知れた変人と言われている。
噂では行き付けのメイド喫茶店が近いから大学を選んだとか講義中は女の身体しか見ていないと言われているらしい。
あながち間違ってないが根本的なことが違いすぎる。
大学を選んだ理由は時々タイツを履いてコスプレしている喫茶店や行き付けの本屋が近いからということだけの平凡な理由だ。
講義中もタイツを履いた脚かこの講義のみに関しては淀川の美脚しか見ていない。
何よりタイツ以外にはこれといって魅力を感じないため、ハーレムゲームや少女漫画の主人公みたいな恋愛感情を持ったことは1度もない。
淀川さんと出会うまでは脚にすら興味がなかった。
だが、彼女の美脚を目の当たりにしてからは今まで築いてきたタイツへの価値観や己の美学を機種変更したようなし新鮮さすら感じた。
ただ、大学が初めってから3ヶ月も経つのだが、彼女が誰かと話してたりして喋っているところを見たことがない。 大抵はファッション雑誌を読んでたりSNSで何かを眺めてたりしている。
モデル並のルックスとファッションセンスだけで友達や彼氏ができる人材だと思うのだが…コミュ症、なのか?
「汰百、講義終わったから声出してええで。まあ、いうて静かにな」
「え、もう終わったのか?淀川さんが動かないから気づかなかったよ」
「見すぎやろ!まあ、あの人あまり目立たないしなぁ」
全く、福島もそうだが他の奴も見る目がない奴ばかりだ。
僕なんて三月のガイダンスの時から心を奪われていたというのに。
彼女のタイツに気づいてるのなんて片手で数えられるくらいだろう。
「まあまあ、福ちゃんもいつかわかるよ」
彼には是非、僕のタイツ同好会に入会してもらいたいものだ。
タイツ愛が足りないせいかおすすめの店に誘っても乗ってくれない。
関西人はノリがいいってのは嘘じゃないのか?
「またなん。俺はお前とちゃうんやで。脚フェチでもなんでもないんやからな。」
おっと、これで間違いを正すのは何回目だろうか。
「今はタイツの話をしているんだぞ。それにただの脚フェチと一緒にするんじゃない!」
「あー悪い悪い」
本当に何度言えば理解するのだろうか。
タイツ愛好家としてこればかりは聞き捨てならなかった。
まず脚フェチとタイツ愛は根本的な部分から違うのだ。
脚フェチは女性の柔らかい脚が好きなのであり、タイツ愛は女性が履いたタイツ姿が好きなのだ。
女性の脚とタイツが融合して始めて観れるもの、言わば、芸術の領域に入っていると言っても過言では無い。
なんなら芸術を超えて神なのだと常日頃から言っているのだ。
だから僕は……!
「ヘビースモーカーならぬ、
「
またタイツの何たるかを言えなかった。
やっぱりタイツについて語り合えるのはあいつらしかいないか……。
「おい、福ちゃん!」
この時は、僕の方も誰かに見られていることに気が付かなかった。
彼女から、僕とタイツの日常を騒がしくしてくれるきっかけを作られるとは思ってもいなかった。
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