#21 せめて最期に / この戦いが終わったら

 苺坂さんに教えてもらった魔力弾。

 今のボクに取れる精一杯の攻撃手段だ。


 迫るのは数千のヴィランの軍勢。


 テレビで見た、プロ魔法少女が戦っていたヴィランとは様相が違う。


 ボクにも分かる、弱いんだ。


 事実、ボク程度の魔力弾でも一発直撃すれば倒せてしまう。

 ボクでもヴィランを倒せると分かった時は少しだけ高揚した。

 戦えるんだ、と。


 だけどそれは早計だった。


 一体一体は弱くとも、それを諸ともしない圧倒的な物量。

 あいつらは個々の戦闘力を端から捨てているんだ。

 彼らをここに出撃させたボスみたいな奴は、こいつらをまとめて一つの戦力と見ているんだろう。


 撃てど撃てど数が減らない。

 減ってはいるけど誤差の範囲に留まってしまう。

 それはさながら波打ち際に何度も何度も寄せては返す波のようで、このままボクが一人で魔力弾を撃ち続けたっていずれ魔力切れを起こしてゲームオーバーだ。


 だが、幸いにもこいつらは反撃をしようとはしない。

 ただゆっくりと進軍するのみで、その進軍さえも壁や坂に阻まれままなっていない。


 とはいえ、反撃されなくともあのヴィランの波に呑まれてしまえば万事休す。


 横に大きく広がっているせいで片側を抑えても逆側に進軍されてしまい、思うように防衛線を張ることができない。


 ふと視界が揺らいだ。


「ぅわ……っとと」


 眩暈でよろける、魔力切れが近い。


 だけどこのまま進ませちゃったら一般人が危険に晒されてしまう。


 なんとか魔力を効率良く使う方法は無いかな。

 魔力弾を撃ち続けるのは魔力のコスパが悪い。

 例えば一度撃ち出した魔力弾を再利用する方法でもあれば……


 ふと、バレーボール部時代の壁打ち練習を思い出した。


 ボールを壁に打ち、跳ね返るボールをまた壁に打つ。

 それを繰り返すという自主練をよくしていたものだ。


 あんな風に魔力弾を跳ね返ってくるように細工できないかな。


 えっと、今魔力弾があいつらに当たる瞬間に弾けてしまうのは何でだろう。


 固め具合が足りないから、かな?


 ならもっと固く、強く魔力弾を形作って……


「オーシャンサーブ!」


 より強度を増した魔力弾をバレーのサーブの要領で打ち出す。


 魔力弾はヴィランの軍勢の真正面の一体に直撃し──


「よし、弾けてない! けど、ありゃ?」


 そのまま貫通し後ろのヴィランに直撃、更に貫き後ろに、貫いて貫いて貫いて貫いていく。


「思ってたのとは違うけど、効率は上がった!」


 晴れ晴れとした爽快感。

 工夫による成長の実感。


 それからボクは硬化魔力弾を放ち続け、さっきまでとは比べ物にならないペースでヴィランを倒していく。


 初めは上手くいった(想定とは違ったけど)喜びから魔力枯渇の予兆である眩暈も気合で乗り越えていたが、当然、限界が訪れる。


「オーシャン、サー、ぶ……」


 幾度となく、ボクの脳内で鳴り響く警報。

 それは目だけでなく、いよいよ四肢にも影響を及ぼし始めた。


 立っていられない、腕が上がらない。


「みんなを、守らなきゃ…… 柚希くんも、戦って、るのに……」


 気合だけでどうにかなるなら、きっとボクはプロ入りしてすぐにナンバー入りできると思う。

 自惚れではない。

 バレー部時代も気合と根性でキツイ練習を乗り越えた。

 そこらの普通の女子中学生には想像もできないような地獄を乗り越えてきた自負がある。


 そして今だって。


 実は眩暈でほとんど平衡感覚を保てていなかった。

 なのに足裏の感覚と、揺らぐ視界の中で進軍を続けるヴィランの軍勢の位置と角度だけを頼りにギリギリ立てていた。

 というかさっきからずっと吐きそうだ。

 気持ち悪い。

 それでもここで堪えなきゃ、その強い意志だけでボクは魔力弾を放ち続けていた。


 あっ、倒れる。


 視界が回り、右脚から一気に力が抜けた。

 思い出すなぁ、真夏の部活で脱水症状で倒れた時みたいだ。


 踏み止まれる左脚の力も残ってないから、僕は身体を重力のままに宙に委ねる。


 ここまで、か。


 あーあ、せめて最期に柚希くんに会いたかったなぁ。


 何で離れちゃったんだろ。


 苺坂さんと一緒だもんね。

 やだなぁ、二人が一緒に戦って、また絆が強くなっちゃうんだろうなぁ。


 負けちゃうのかぁ、苺坂さんに。


 取られちゃうんだ、柚希くん。


 ハッキリ伝えれば良かったな、「好きだよ」って。


「よく頑張りましたわ」


 ズシン、という力強い着地音。

 直後ボクの髪を揺らす風圧。

 優しくも強かな、誰かの声。


 地面に倒れ込むと思っていたボクの身体は、その誰かさんの腕の中に留まっていた。


 誰だろう、応援に来てくれたのかな。


 んー、ダメだ、よく、見えないや。


 でも、赤い、髪?


「苺坂、さん……?」

「ええ、まさしくわたくしが苺坂──」


 違うかも、苺坂さんはこんなに胸がおっきくない。



 胸がおっきい苺坂さんはボクを近くの草むらに寝かせてくれた。


「またの名を、ベリーレッド」


 そっか、苺坂さんのお母さんだ。


 じゃあ本当に苺坂さんも一年後は、ボクくらい胸がおっきくなってるかもしれないんだ。


 ズルいよ、苺坂さんは。


「後は私に任せてくださいな」


 ベリーレッドの声に安心して、ボクは意識を失った。


 次に目を覚ました時、海岸線には穏やかな波だけがあった。


 ベリーレッドはたった一人で、数千のヴィランの軍勢を下したのだ。


 あと、隣に生身のルミナスが気持ちよさそうに眠っていた。


 ナンバーワン魔法少女でも口からよだれを垂らすんだなぁ、って感心した。



       ☆☆☆



「おかしいな、学園本部に繋がらなくなってる」


 僕と苺坂さんは、一般市民と学生達が避難している駅へ向かっていた。


「向こうで何かあったのかしら?」

「かもね。まあ標さんが居るから大丈夫だとは思うけど。それよりまる達が心配だ」

「……大海原さんのことばっかり」

「え、何か言った?」

「別に何も!」


 何故か苺坂さんは不機嫌だった。


 その理由は、いくら女性経験の無い僕でもいい加減分かっているつもりだ。


 苺坂さんが呟いた言葉だって本当は聞こえてる。


 僕は彼女の気持ちに応えられないことに罪悪感を抱えてしまっているんだ。


 苺坂さんはきっと、僕のことが好きだ。


 おそらく、彼女の過去を知って、僕が叶えるって言ったあの日から。


 でもこのままじゃ、いずれ更なる心の傷を負わせてしまう日が来てしまうだろう。


「苺坂さん」

「何よ」

「大切な話がある」


 僕は歩みを止める。

 そんな場合じゃないよ、分かってる。


 でも嫌な予感がするんだ。


 だから今、僕の正直な想いをここで伝える。


 僕も苺坂さんも、後悔しないように。


「な、何よ改まって」

「僕は苺坂さんのこと、尊敬してる」

「本当にどうしたの?」

「ベリーレッドっていう偉大な母親の後を継ぐ為に、僕には想像もできない努力を積み重ねてきたんだと思う。それだけじゃない、今日だって、この間だって」


 苺坂さんは黙って耳を傾けてくれる。

 これ以上口を挟むつもりは無いようだ。


「君は本当に勇敢な女性だ。心から尊敬するし、素敵な人だとハッキリ言える。そんな君なら、僕を目の敵にしたくなるのも分かる。母親に史上最強の魔法少女を持つ、似ている境遇なのに、僕は君と違って落ちこぼれだ」

「そんなこと無いわ。アンタはすっごく努力してる。魔力のコントロールだって上達したし、創造の魔法なんていう無謀とも思える挑戦をしてる」

「だけどたったの一週間だ。苺坂さんのこれまでの努力と比べれば微々たるものだよ。そして君にとって、僕はこれまで出会ったことの無い特別な存在だと思う。君をベリーレッドの娘じゃなくて、一人の女の子として見てくれるから。だから君は自分の感情を勘違いしている」

「勘、違い……?」

「苺坂さんが僕を好きだって気持ち、気付いてる」

「んなっ!」


 苺坂さんの顔が耳まで赤面する、髪色ほどではないけど。


「だけどそれは、初めて出来た友人っていう存在への好意だよ。きっと恋愛感情なんかじゃない」

「そんな……」

「でも勘違いでも良いと思う。苺坂さんの中に生まれた感情は君だけのモノだ。僕はそれを恋愛感情ではないって予想するけど、結局はどっちだって良いんだ。もちろん、恋愛感情だったらそれほど嬉しいことは無いよ。苺坂さんは可愛いし、カッコイイし、努力家だし、心から尊敬して憧れてる、唯一の人だ」


 僕は意を決し、深呼吸を挟んでから言葉を続ける。


「もしそれを苺坂さんは恋愛感情だとするなら。ごめん、僕はその気持ちに応えられない」

「……そう」


 苺坂さんの両目から涙が溢れる。

 それは本当に純粋で、透明で、綺麗な涙。


「僕は、まるが好きだ」


 この言葉をきっかけに、苺坂さんが堪えようとしていた涙は止まらなくなった。

 ダムが決壊するように、溢れて。


 僕は自らの選択を後悔するもんかと拳を強く握りしめた。


「ごめん」

「大丈夫、本当に。謝らないで?」

「この戦いが終わったら、まるに伝えようと思う」

「そう、良いじゃない!」


 未だ苺坂さんの涙は止まらないけれど、強がろうとして笑顔を作る。

 そのアンバランスで不格好な笑顔が、悔しいけど愛おしく思えた。


「きっと喜ぶわよ、大海原さんも」


 苺坂さんは右腕の袖で涙を拭き取り、今度こそ本物の、心からの満面の笑顔を浮かべてくれた。


「ありがとう、苺坂さん」

「みるくって呼んでよ。私もアンタのこと、柚希って呼ぶから」

「……みるく」

「何?」

「ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう、柚希」

「絶対勝とう」

「違うでしょ?」

「えっ?」

「アンタが口にするべき言葉は「絶対守ろう」、そうでしょ?」

「うん、そうだ。絶対守ろう!」

「ええ、絶対に、勝つわよ」


 また、僕達は歩き出す。


 まるも、避難してる皆も、僕達が守るんだ。


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