#20 ボクの第一歩

「すぐそこまで来てます!」

「応援はまだ来ないのか……」


 やっぱり柚希くんや苺坂さんの言う通りだったんだ。


 このままじゃジリ貧、こちらから殲滅に向かうべき。


「戦いましょう! ボクは学生ですけど、最低限のことはできます!」


 ボクには分かる。

 柚希くんや苺坂さんがあのまま何もせずに待機しているはずが無い。

 きっと商業施設内のヴィランに挑んでる。


 繰り返したくない。


 怖いけど、死にたくないけど。


 でもこのままじゃ大勢の一般人や学生諸共、ヴィランの軍勢に呑まれて死んじゃう。


 何もできずに後悔するくらいなら、せめて柚希くんみたいに震えながらでも戦いたいよ!


「し、しかしこの戦力で戦おうにも……」


 この場はプロ魔法少女のファンタスティック・タクトが仕切っている。

 彼女がゴーサインを出さないことには他のプロ魔法少女も動けない。


 彼女らは公務員だもん。

 そういうよく分かんないしがらみとかあるんだと思う。

 理解はできるよ。

 政府から魔法少女のプロライセンスを与えられてる、だから下手なことをして一般人を危険に晒してしまえば何らかの処分が下るんだろう。


 でもだからって、だからってこのまま待つだけなんて……


 せめて一人でも動ける人が居れば。

 そういう組織のしがらみに囚われること無く動ける人。

 例えばルミナスみたいな破天荒で規格外の能力を持った人とか。


 いや、無理だよね。

 だってルミナスは今一人で学園のヴィラン達を対処してるんだもん。

 来てくれる訳が無い。


 じゃあ他にそんな人居る?


 ダメだ、居る訳無い。

 だってもしそんな人がこの中に居ればとっくに動き出してるはずだもん。

 こうやって立往生を続けているってことは、そんなことができる人は居ないってことなんだ。


 じゃあ例えば引退してる元プロ魔法少女とか?


 ダメだ、楽天島に居る訳無かった。


 じゃあどうすれば、誰に頼れば良いの……?


 柚希くん、苺坂さん……


「ね、ねえ、私達どうなっちゃうんだろう……」

「このままじゃヴィラン来ちゃうよ!」

「やだよ、こんなことなら最後にママとパパに会いたかった!」


 学生の声。

 そうだよね、怖いよね。

 ボクも怖いよ。


 ボクも、最期に弟や妹に会いたかったなぁ……


 ……いや、違う。


 それじゃダメだ!


 ボクが死んじゃったら弟や妹を誰が守るの?


 将来の学費だってボクが稼ぐしかないのに。


 何の為に魔法少女を志したんだよ!


 逃げたいよ!


 死にたくないけど戦いたくなんてないよ!


 でも、柚希くんならとにかく走り出す、怖くても走り出す。


 そうでしょ?


 ねえ、柚希くん。

 ボクね、やっぱり柚希くんが好きだ。

 苺坂さんに負けたくないよ。

 確かに苺坂さんはとっても強くて、可愛くて、魔法少女としても優秀な人だよ。

 でもやっぱり、柚希くんだけは取られたくない!


「ボク、一人で戦います」

「んなっ、何を言っているんですか!?」

「どうせこのまま応援が来ないならダメ元でも戦うべきだからです! このままじゃみんなを守り切れない! プロの皆さんは勝手にしてください、ボクは一人で戦います!」


 柚希くんなら戦う。


 そんな彼と並び立つ為に、ボクはボクを、胸を張って魔法少女だと言いたい。

 誰かを守る、そんなヒロインになりたい。


 苺坂さんなら戦う。


 そんな彼女に負けない為に、こんなところで二の足を踏んでなんて居られない。

 怖くても立ち向かう、そんな女の子になりたい。


「いってきます!」


 ボクは駆け出した。


 数十分前、ボクが走り出せたのは目の前に二人が居たから。


 だけど今度は違う!


 二人が居なくても、ボクはボクの意思で走り出せるんだ!


 これが、二週間前に踏み出せなかったなんだ!


「まじかるチェンジ!」


 ボクはポケットから汎用まじかるパクトを取り出し、走りながらそれを開く。


『まじかるオープン!』


 軽快な電子音声に合わせて青色のベールが噴出し、走るボクの全身を絡め取る。


 それでいて、ボクの進行を邪魔することは無い。

 ボクの意思を汲んでくれる。


 中心の水色の宝石を、右手の人差し指と中指で触れる。

 その指を両頬、両瞼、鼻頭、最後に唇に軽く触れる。

 触れた箇所に光の粒子が舞い、それはやがて拡散しボクの全身に行き渡る。


 全身をベールと光の粒子が包み込むと、両の手でクラップした。

 すると右手に光の粒子が集まり、肘の下あたりまで包むライトブルーのグローブがボクの手元に顕現する。


 ボクは走りながら三段跳びの要領でジャンプし、着地する度、オーシャンブルーのハイヒールブーツが右、左の順に顕現した。


 ハイヒールブーツは走り辛い。

 なら飛んじゃえ。

 ボクは両脚に力を込め高く跳ぶ。

 そのまま魔力を纏い宙に滞在し、変身を続ける。


 上空を滑空するようにして、ボクのパクトから飛び出たベールで形作られたリングを潜る。

 一つ二つと潜っていく毎に、全身を包む青いベールが解かれて、ブルーとホワイトを基調とした夏の爽やかな海のようなロリータドレスが身を包む。

 最後のリングを潜ると、光の粒子がボクの首元へ収束し、雫型のネックレスへと姿を変える。


 もうヴィランの軍勢は目の前だ。


 ボクは奴らに宣戦布告するように、ボク自身を奮い立たせるように、震える脚を無視して高らかに名乗りを上げた。


「サマービューに駆け抜けて、ブルーオーシャン!」



       ☆☆☆



「で、言い遺すことは?」

「無いが? というかルミナス、それは私の台詞だよね」


 それはそう。

 何てったって、現ナンバーワン魔法少女ともあろう私がヴィラン如きに拘束されているからだ。


 どういう訳か、校内のヴィランを殲滅し理事長室に戻った途端に変身が解けた。


 つまり生身。

 こうなってしまえば人間の力を遥かに凌駕するヴィランの力に対抗する術は無い。


「ルミナス、いや、変身が解けているのだから影山標か。礼を言うよ。単身で我らの主力部隊の方へ飛んできてくれた事」


 理事長は私のおでこに銃口を突き付けながら喋る。


「今回の作戦において、君だけが邪魔だった。君は魔法少女統制局の保護下にある魔法少女ながら、独断で行動を起こす。しかも現ナンバーワン魔法少女。破天荒な行動にも実力と成果が伴ってしまえば上は口を出せない」


 理事長は銃を下ろし、胸ポケットからタバコとライターを取り出す。


「すぅ、はぁ…… 美味い、強者を下しながら吸うタバコ。あぁ? 吸ってみるか? ほら、ほら」

「ぐあぁ!」


 右腕にタバコの先を押し当てられる。

 推定八百度の熱が一ヶ所に集中する。


「勘弁してよ、スーパーアイドルルミナスちゃんに根性焼の跡なんてさぁ。CM出られなくなっちゃうじゃないの」

「強がるなよ。何がCMだ、死ぬんだよ今から」


 こいつは本気なのか?


 まあ本気だろうな、冗談とは思えない。

 冗談でナンバーワン魔法少女の私に銃口を向けない。

 冗談で、ヴィランと手を組んだりしない。


「目的は?」

「言う必要あるか?」

「せめてそれくらい教えてよ、死ぬんでしょ私? 冥土の土産くらいはくれても良いんじゃない? このままじゃあ退職金も貰えない」

「そうだな。どうせ死に逝く女だ、それくらいは聞かせてやろう」


 ぶっちゃけ興味無いけど。


 でも今はとにかく時間を稼ぐ。

 意味があるかは分からない。

 でも時間を掛ければゆずくん達が何とかしてくれるかもしれないし。


 ははっ、バカだなぁ私。


 ナンバーワン魔法少女なんて担ぎ上げられていながら、最期に頼るのはまだまだ頼りないひよっこだなんて。


 あーあ、シトラス先輩ならこんなヘマ踏まないだろうなぁ。


「まじかる☆シトラスの復活だよ」


 たった今思い浮かべていた人の名が、目の前のクソアマの口から出てきた。


 何言ってんだこいつ。


「まじかる☆シトラス、本名、乱道柚子。彼女を蘇らせる。かつてのナンバーワン魔法少女、未だ語り継がれる史上最強の魔法少女だよ」

「知ってるわ、私だってシトラス先輩には懇意にしてもらってたっつーの」

「君なんかが柚子の名を口にするな!」


 足元わずか数センチの位置、床を拳銃で撃ちやがった。


「柚子は私の全てだった、柚子が居たから私は生きていられた。柚子が魔法少女になると言うから私は魔法少女統制局に入局しオペレーターとして柚子を支えた。私にとって、柚子は双子の妹のような存在だ」


「知るか」とは言い返さない。

 あの拳銃に弾が入っていると分かった以上、下手な口答えはできない。


「きっと柚子がいつまでもこの国を守る、国民から愛され続ける。私の半身のような柚子が、だ。それが事実叶ったさ、柚子はナンバーワン魔法少女の座にまで昇り詰めた。嬉しかったよ、本当に。我が事のように喜んだ」

「じゃあそれで良いんじゃないの? 大好きなまじかる☆シトラスがナンバーワンになった、めでたしめでたし」

「めでたくなどあるものか……」


 理事長は吸い終わったタバコを床に落とし、踏んで火を消す。

 まがいなりにも教育機関のトップだろ、その辺ちゃんとしようや。


「今この世界に何故柚子が居ない?」


 死んだからだ。


 十年前のヴァズリーランド襲撃事件でシトラス先輩は死んだ。

 担当オペレーターだったなら分かるだろ。


「オペレーターだった私のせいか? いや、違う。柚子は時折私のオペレーションを無視して独断行動を取る事もあった。それらの判断は全て事件の解決に繋がっていたから構わないが。つまり私のせいではない。ならばヴィランのせいか? それも違う。あの程度のヴィラン、柚子なら殺せた。では人質のせいか? 違う、彼ら彼女らは巻き込まれてしまっただけの被害者だ。何より死んで逝った者達を貶めるようなことはしない。柚子が私の半身であるように、私も柚子の半身だからだ。正義を誰よりも愛し、体現した柚子の名に泥を塗るような真似はしない。ならば誰のせいだ? なあ、影山標?」

「お前みたいな外道の考えなど分かるかよ」


 やべっ、撃たれる?


「だろうな、お前のような下等な魔法少女に分かるはずも無い」


 理事長は新たなタバコに火を付ける。


「乱道柚希だ」

「は?」

「奴が居なければ柚子は判断を違えることは無かった」

「理解できないね」

「しなくても良い、死ぬんだから。私の主観は私だけのモノさ」

「そうやってお前は伝説の勇者を復活させようと、あろうことかヴィランと手を組んだと? おいおい、おかしな話だよな? 何故ヴィランが天敵であるまじかる☆シトラスの復活に手を貸すってのさ。そんなことしてみろ、シトラス先輩のことだ。下手すりゃヴィランの本拠地に殴り込み掛けちゃってうっかり全滅させちゃうかもしれないだろ」

「柚子の魔力を奪い、一般人レベルの魔力だけを残す」


 なるほど、魔法少女に変身できなくするってことか。

 そうすればヴィランにとっても脅威にはならない。


「しかしそれだけではヴィランの親玉は満足してくれなくてね。仕方が無いからこうして魔法少女養成学校を一つ潰すことにした。これなら将来的に魔法少女の戦力は衰退する。渋々呑んでくれたよ。まあ、私からすればこれまで人間界の科学理論を横流ししてやってたんだ、呑んでくれて当然だと思っていたが」

「で、肝心なことを聞かせてもらっていないよ」

「柚子を蘇らせる方法か?」

「少なくとも人間界の科学力では叶いっこ無い話なもんでね、気になっちゃうよそりゃ」

「柚希を柚子にする」


 ダメだ、ここまでもまあ訳が分からん、というか到底理解共感のできない話だと思っていたが、いよいよ本気で理解ができなくなった。


 イカれたかこのおばさん。


「柚希の体内には柚子の魔力が全て移されている、それは知っているな?」

「ああ、ゆずくんから直接聞いたさ。それがどうしたってんだ」

「こんな話を知っているか? 心臓移植をしたら、その心臓の持ち主にしか知りえない記憶を手に入れることがある」

「臓器移植による記憶転移、か」

「魔力でも同じ事が起こるそうだ。まあ、心臓移植のように全くの別人ではダメみたいだがね。元の持ち主と血縁であったり、DNA情報が近ければ記憶を転移させることができるらしいんだ。これはヴィランが既に実験を成功させていてね、爬虫類のヴィランの尻尾を切り、予め抽出しておいた持ち主の魔力を注ぎ込むと、尻尾の切断面から胴体が生え、同一個体のヴィランを生むことができたのさ」


 イカれてる。

 なら今後どれだけヴィランを掃討したところで、同じ奴らが湧いて出てくるかもしれないってことじゃないかよ。


「待てよ、ゆずくんの体内には既にシトラス先輩の魔力が宿ってる。本来ならその時点でシトラス先輩の記憶を引き継いでしまうはずじゃないのか?」

「いいや、そうはいかない。生きた生物に別の者の魔力を注入しても、その身体の持ち主、つまり柚希の意識が存在している限りは柚子の記憶と意識は発現しない」

「はっ、そりゃ残念でした」

「だから殺す」


 殺す、と言ったのか? ゆずくんを?


「都合が良いしな。奴さえ居なければ柚子は誤った選択をすることは無い。柚子を生かす為に奴は邪魔なんだ」

「そんなことさせるか!」

「生身でヴィランに捕らえられた貴様に何ができる?」

「私の命を投げうってでも、ゆずくんだけは──」


 刹那の破裂音。


 じわりと認識されゆく左胸の熱、遅れて感じ取れてしまう痛み。


「ゴフッ……」


 血反吐を吐く、不味いな。


「あーあー、ごめん、うるさいから撃っちゃった。悪い右手だねぇ、こいつ」


 あぁ、やばい、意識が、つーか身体に力が入らねえ。


「邪魔者は始末できたことだし、そろそろ行こうか」


 クソが、行かせない、行かせたくない。


 ゆずくんだけは。

 線香を上げたあの時、シトラス先輩と約束したんだ、一人前になるまで私が守るって。


 なのに何だよ、こんなのって無いだろ。


 全部私のせいだ、全部全部。


 あの電話で情報がバレてなけりゃ、ヴィランが楽天島を見つけることは無かった。

 そうなれば理事長が裏から情報を回さざるを得なくなって、それを証明して棺の悪事を表沙汰にできたかもしれない。

 ゆずくんがシトラス先輩の力を使わなければ、あの時もっと早く助けに来ていれば、ゆずくんはもっと早く魔法少女の道を諦めていたかもしれない。


 今も、理事長の思惑にもっと早く気付いていればこうはなっていなかった。

 ゆずくんを守れたはずなんだ。


 それに理事長は魔法少女の変身を解く手段を有している。

 それが最も危険だ。


 伝えなくちゃ、ゆずくんに、あ、だめだ、私のパクトは理事長のデスクに。


 クソ、動けない、せめて変身さえできればこの程度の傷……


「あら、そんな所で何をくたばっていますの、新人?」


 ベリー先輩の声だ。

 ははっ、幻聴まで聴こえてきちゃったよ。


 懐かしいな、シトラス先輩程じゃなかったけどさ、尊敬してたんだよ。


「どうせなら、シトラス、せんぱいが、よかっ──」


 深い、闇の、中へ、堕ち。




「まったく、失礼な新人だこと」



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