#19 僕の第一歩
「春うららかにスウィートガール、ベリーミルク!」
「サワー弾けてファンタジスタ、まじかる☆シトラス!」
胸の内から勇気が湧き立つ。
ピッチに入る僕の名を実況がアナウンスする時のような高揚感。
炎の熱気と黒煙立ち込める施設内に、爽やかな一陣の風が吹き抜けた。
「何それ、口上変えたの?」
「考えてみた、母さんとは違う僕だけの口上」
僕なりの第一歩だ。
「ふぅん、悪くないじゃない」
「ありがとう」
改めて、初撃を当て損ない悔しがる、限りなくドクター・レオンに近い何者かへ視線を向ける。
視線だけじゃない、聴覚も嗅覚も、魔力を通じて触覚までも、全感覚を集中させる。
「ケッ、良い気になるなよクソガキの分際でェ!」
コンマ一秒前までそこに居たはずの巨体を見失う。
間違いない、透明化だ。
「ドクター・レオン本人って訳か……」
「なるほど、これが……」
苺坂さんは奴の透明化は初めて見る。
見えていないのだが。
「気を付けて、どこから来るか分からない」
僕はX、Y,Z軸の三百六十度全てに注意する。
こうなってしまうとこちらから攻めることは叶わない。
奴の攻撃を待ち反撃の手立てを探るしかないのだ。
クソ、相変わらず厄介過ぎる……
「らァ!」
突如僕の顎に、上ベクトルの衝撃が走る。
「んぐっ……」
「ギャッハッハッハ! ざまァねェ! 二人になろうが見えねェんじゃ同じ事だろうがァ!」
横腹に、背中に、頬に、上下左右から連続で重撃が襲ってくる。
「なるほどね、大体分かったわ」
僕がボコボコにされている脇で苺坂さんは静かに観察していた。
チームワークなんて無かったみたいだ。
「トカゲさん、アンタのお粗末で卑怯極まりない戦術は攻略できたわ。どうする? まだシトラスを集中攻撃するの? 別に良いけど、アンタの貧弱な攻撃じゃそいつはくたばらないと思うけど。それなら所詮ナンバーツーの娘である私から落とした方が良いんじゃないかしら? まあ? そんな私さえもアンタじゃ倒せるはずないでしょうけど」
「はァん? でけェ口叩くじゃないのよォ……」
ドクター・レオンの声は正面十メートル辺りから聞こえる。
いつの間にそこまで距離を取っていたんだ。
ダメだ、僕じゃ捨て身の攻撃以外に奴を下せる策が思い付かない。
「見てなさいシトラス。魔力は矛にも盾にも、そして探知機にもなるのよ」
「でもそこら中の炎に奴の魔力が含まれていて魔力探知はできないんじゃ?」
「他にもあんのよ、使い方がね」
自信ありげな彼女の表情に僕は戦況を委ねる。
「お望み通り、お嬢ちゃんからブチのめしてやるよォ!」
ドクター・レオンの声が聞こえ、奴が居たであろう地点の床が抉れる。
脚部を肉食獣のように変化させていれば、奴の魔力による筋力増強と合わせて到達まで一秒も掛からないだろう。
「来るぞ、ベリーミルク!」
「ここ!」
苺坂さんは虚空へ右ストレートを振り抜く。
その瞬間、ただのパンチとは思えない程の鈍い衝撃音が響く。
いや、驚くべきはその威力では無い。
見えないはずのドクター・レオンを一発で殴り飛ばした事だ。
「ぎぎィ…… 何故当たる、何故分かるゥ……?」
苺坂さんは右手の拳を軽く振り、奴のであろう血液を落とす。
「シトラス、キャベツを浮かせた時のことを思い出して」
この一週間、放課後に学園の調理実習室で行っていた訓練。
手を使わずに
「空気中に無目標の魔力回路を張り巡らせていた?」
「正解」
なるほど。
魔力回路を通した先にはまるで直接触れているかのような触覚が繋がる。
そうすれば空気中の魔力を通じて、ドクター・レオンが近づいた時に詳細な位置が分かるってことか。
そうと決まれば僕だって。
右足の先から魔力を放出し、身体全体を包むように展開する。
そしてじわじわとその範囲を広げていく。
いや、難しいなこれ。
感覚的に肌表面からほんの十センチ程度までしか広げられないぞ。
「アンタの反射神経と動体視力ならそれくらいで十分でしょ」
「そうかな?」
「知らない、でも無いよりマシ。さあ、次はこっちから攻めるわよ!」
そう言って苺坂さんは、未だ見えないドクター・レオンへの攻撃を始める。
と言っても、彼女の拳は空を切り続け天井と床を壊し続けるのみだが。
「ギャハハ! 確かにオレからの攻撃には反応できるようだがなァ、どうせテメエらからは仕掛けらんねェだろうがァ! 無様無様ァ!」
ドクター・レオンの言う通りだ。
これでは体力と魔力を無駄に消耗してしまうだけ、苺坂さんと言えどいずれ限界が来る。
「落ち着いて苺坂さん!」
「うるさい!」
僕の制止を聞かず、彼女は施設内の破壊活動を続ける。
これじゃどっちがヴィランか分からないって。
「まァ良い、お嬢ちゃんがバカやってる内にもう一人のバカガキを殺しゃあ良いだけのことよォ!」
来るんだな?
さあ、僕の身体に張り巡らせら魔力探知機の性能は如何ほどのモノか。
「ギャハハッ! くたばれェ!」
来る、来てる、どこから、横か──
頬。
吹っ飛ばされる身体、衝突する僕と壁。
クソ、確かに拳を探知はできた。だけど反応する前に拳が届いてしまう。
だがこれ以上魔力を広く展開できない。
これでもかなりギリギリを攻めた僕の精一杯なんだ。
だけどありがとう苺坂さん。
当たるまで分からないんじゃどうしようもないけど、当たる直前に分かるなら、そのうち慣れる。
「何だ? 中学生のビンタじゃないんだからさ、本気出せよトカゲ野郎」
強がってみせる。
とにかく攻撃させるんだ。
回数を重ねて慣れていく。
それまで何度殴られ蹴られたとしても、んなもん気合で耐えりゃ良いだけのこと。
「言ってる意味が分からねえが、挑発されてるってことだけは分かるぜェ! まだまだ終わんねえぞゴラァ!」
単純な奴め。
さて次は……
腹だ。
「うぐっ!」
食道を胃酸が逆流する。が、たかがそれだけのこと。
左肩!
「んぬぅお!」
一瞬で全身を逸らして倒れ込む。
だが直後背中に重い衝撃が走り床を転げまわる。
蹴りか。
「どうせ無理だって、分かんだろォ? いくらやったって進歩ねェってなァ? 分かろうぜ、そんくらいよォ……」
何言ってんだ、僕は確かに一度避けたぞ。
これを進歩と呼ばずして何だってんだ。
「ビクともしないな、来いよ下等種」
「下等種はテメエら人間だろうがァ!」
見えやしないけど声音から顔を真っ赤にしているのが分かるぞ、ドクター・レオン。
十一時の方向十五メートルの距離、ガリっと床が抉れ、奴が動く。
待てよ、スタート地点が分かれば、あとは僕の方へ直線状に突進してくるだけだよな。
ってことはあの距離だから大体──
「このくらい、かなぁ!?」
ボレーシュートの要領で右脚で宙を薙ぎ払う。
「んぐわァ!?」
当たった!
確かにゴツい巨体を捉えた感触があった!
体外の魔力探知機はオマケ程度で良い、僕は僕なりのやり方で戦えるぞ。
さあ、次は何処だ……
耳を澄ませ、視界の外でドクター・レオンが動き出したならその一歩目を聞き取るしかない。
ザクッ!
確かに聞こえた、右後ろだ。
なら、無目標の魔力回路をその方向にのみ展開、更に伸ばす!
三十センチ、これだけあれば!
「間に合うぞトカゲ野郎ォ!」
振り向き一歩突進。
生身なら叶うことの無い初速、秒速数十メートルの世界。
「シトラスニィィィィィ!!!」
左膝をドクター・レオンの腹部であろう位置にぶち込む。
捉えたならそのまま続けられる!
「シトラスボレー!」
流れる動きで右脚で蹴り飛ばす。
運良く、または運悪く、飛んだ先には積みあがっていた瓦礫の山。
「ナイッシュ!」
爽快、やっぱ勝負は勝ってこそだな。
「お疲れ様、そろそろトドメといこうかしら」
頭の中からすっぽり抜け落ちていた苺坂さんの存在。
「何してたんだよずっと」
「準備よ準備。気付かない?」
彼女は天井を指差す。
いや、穴の開いた天井の、そのもっと上だ。
「雨?」
いつの間にか楽天島直上に雨雲が溜まっており、雨が降っている。
苺坂さんが天井を壊しまくったおかげで、その雨は当然このフロアまで降り注ぐ。
雨が降れば、当然火は消える。
火が消える、するとどうなる。
「鎮火……いけるんだな!?」
「全方位魔力探知、目標捕捉」
苺坂さんは両手を前方に突き出し重ね合わせる。
その手の先には魔力が集められ、一つの弾に固められる。
いや、弾なんてサイズじゃない。
砲弾だ。
「裏で努力を重ねてるのはね、アンタや大海原さんだけじゃないのよ」
魔力砲弾は更に更に更に体積を増していく。
やがて苺坂さんの身体が隠れてしまう程のサイズにまで膨れ上がると、膨張を止めた。
「隠れても無駄よ、ドクター・レオン」
苺坂さんの両手から魔力砲弾は発射され、ドクター・レオンが居るであろうその座標へまっすぐ進む。
風を切り、辺りの瓦礫を蒸発させ、それは確かに膨大なエネルギーを含む兵器そのものであった。
「バカガキィ! そんなバカ正直に飛ばされたって当たる訳ねェだろォ!」
ドクター・レオンの声が移動する。
奴は回避すべく走っているのだろう。
「本体が無防備ィ! 死ねやお嬢ちゃん、ギャハハハハ!」
「危ない!」
僕は苺坂さんの元へ駆け出すも、どうしたってこの距離じゃドクター・レオンの方が早く辿り着いてしまう。
「逃げてベリー!」
「あばよォ!」
見えないけど分かる。
ドクター・レオンの圧倒的破壊力を持つ右腕が苺坂さんへ向く。
「アンタこそ、背後が無防備」
「あァん?」
魔力砲弾だった。
苺坂さんが直線状に放ったはずの魔力砲弾は、弧を描いてドクター・レオンの背後に迫っていた。
確か二週間前は真っ直ぐにしか放てていなかったはずなのに。
ルミナスが得意とする魔力波の屈折、その応用だ。
それを苺坂さんは裏で訓練していたんだ。
僕が魔力コントロールと創造の魔法を訓練していたように、まるが魔力弾の作り方を苺坂さんに習い訓練していたように、苺坂さんも一人で訓練していたんだ。
しかもルミナスから直々に教わるなんてことできるはずが無いから、おそらく独学で。
流石、ベリーレッドの娘で最優秀魔法少女候補生。
いや、そうじゃないか。
苺坂みるくという人間はそういう人間だった、ただそれだけだ。
「ジャムになっちゃえ」
苺坂さんは勝ち誇った笑みを浮かべ、イタズラっぽく呟いた。
「このオレがバカガキなんぞに二度までもォ……」
そう言い残して、ドクター・レオンは魔力砲弾にのエネルギーに取り込まれ蒸発した。
奴は二度目の死を遂げた。
死の淵から蘇ったという、謎を残したまま。
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