#18 変身、まじかる☆シトラス
「あっは、多すぎでしょマジで」
「だがナンバーワン魔法少女のルミナスなら何とかなるだろう?」
棺理事長が不敵に笑う。
おいおい、そんなに期待を寄せないでほしいなぁ。
流石の私でもざっと数千のヴィランを相手にするのは初めてだっつーのに。
だが、私に求められるのは絶対的な自信と安心感。
魔法少女統制局によって形作られたルミナスという、まじかる☆シトラスを喪った時代に現れた絶対的なヒーロー。
影山標がどう思っていようと、ルミナスはこう答えるしかない。
「余裕っしょ」
「そう言ってくれると思っていた。では、私はこの理事長室を離れる訳にはいかなくてね、びくびく震えながら隠れているから。校内一掃大掃除、よろしく頼むよ」
「はいよ、いってきま~す」
話口はゆるく、それがルミナスの流儀。
だけど芯はしっかりと持ってなきゃね。
理事長室のドアを開け放ち、まずは目前の雑魚を一匹。
ヴィランの蔓延る廊下を高速飛行しながら捌いていく。
廊下の曲がり角、見通しの悪い場所での戦闘は注意を払わなきゃね。
まずは魔力波を放ち、直角に曲げる。
「ギャァァァァァ」ビンゴ、やっぱり居た。
はぁ、校内の地図が頭ん中に入ってりゃなぁ。
多分飛び回らずとも魔力波ぼかぼか撃ってりゃそれでいっちょ上がりだったんだろうな。
んなこと嘆いたって仕方ないよね。
何せ卒業してから十年近く経ってんだもんな。
忘れる忘れる、アラサーにゃ覚えてらんねえわ。
おっと危ない危ない、初体験の一対多でのヴィラン戦。
考え事してたら不意打ち食らっちゃうかも。
まあ不意打ち食らったところで死にゃしないんだけど。
ああ、クソ。
理事長居なきゃ校舎ごと吹き飛ばして終わりなのになぁ。
それこそこの間のゆずくんみたいに。
ダメダメ、校舎は大事。
いくらすぐに建て直せる技術があるからって、明日の朝には間に合わないもんね。
学生のみんなが困っちゃう。
いや、むしろ学生なら学校無くなって休校になった方が嬉しくね?
ダメ?
理事長連れ出して校舎ごと、ダメ?
……はいはい分かってますよ、真面目にコツコツヴィラン退治しますとも。
さっさと終わらせて可愛い後輩ちゃんを助けに行かなきゃだしね。
よっしゃ、ルミナス~、ファイト~。
────待てよ、理事長を独りにして大丈夫か?
☆☆☆
炎の熱が肌を焼く。
時折響く破壊音が心臓までも震わせる。
それでも僕と苺坂さんは走る。
「音が近づいてる、この上ね」
今僕達が居るのは五階、つまりヴィランは六階に居る。
確かヴィランが現れたのは一階だったはず。
人が居るのは外なのに、ヴィランはわざわざ上の階層へ移動した。
間違い無い、僕達を誘ってる。
「変身しておく?」
「直前で良いわ、変身中の完全防御機能を有効に使うべき」
変身中はベールに包まれる。
あのベールは、変身というタイムロスを有効に使うべくフェアリ―の魔法と人間の科学技術を結集させて作りだした完全防御兵装だ。
あらゆる魔力も内部へ通さず、あらゆる衝撃をゼロにまで和らげる。
そういえば授業で教えられたような気もするが、今の今まですっかり忘れていた。
天井が揺れる、コンクリートの欠片が降る。
間違いない、ヴィランは上に居る。
止まったエスカレーターを駆け上がり、ヴィランが居ると思われる階層へ辿り着いた。
「姿を現しなさい!」
黒煙で視界が悪い。
果たして苺坂さんの声がヴィランに届いているのか分からない。
「んだァ……?」
姿は見えない、だが確かに居る。
声が聞こえる。
「魔法少女だ、お前を倒しに来た」
いつ、どこから襲ってくるかは分からない。
見えない敵に話し掛けつつも、右手はポケットの中の汎用まじかるパクトに添えておく。
「最高、マジでテメエらが来てくれたのかよォ、ギャハハッ」
粘度のある喋り方、薄汚い笑い声、覚えがある。
まさか、でもどうして?
奴は確かに殺したはずだ。
「わざわざここを選んで、美味そうな雑魚人間を前に我慢してまで居座ってて正解だったぜェ…… 覚えてるぜェ、ベリーミルクにまじかる☆シトラスのパチモンがよォ……?」
のっそりと、わざと足音を響かせて煙の中からその巨体を現す。
巨大な体躯、全身を埋め尽くす鱗、口元から伸びる細い舌。
僕の魔力爆発によって細胞一つも残らず塵と化したはずの──
「ドクター・レオン……ッ!?」
「十四日ぶりのご対面だぜェ!」
「アンタ、死んだはずじゃ無かったの?」
「オレは死んだ。だがテメエらへの恨みを糧に地獄から這い上がってきたのさァ! ギャハハッ!」
どうせハッタリだ。
過去に殺されたヴィランと同個体が再度出現したケースは一度たりとも無い。
ヴィランも人間と同じく全ての存在が一個の存在、死は不可逆。
だから目の前のドクター・レオンと名乗るヴィランもよく似た別の誰かだ、そうに決まっている。
だがもし、本当に死んだはずの生物を蘇らせる魔法や技術をヴィラン勢力が有しているとしたら?
過去に名だたる勇士達が命を懸けて守ってきた平和が、一瞬で瓦解してしまう恐れがある。
「お前、本当にあのドクター・レオンなのか? 兄弟とか子供とかそういうクソくだらない冗談じゃないんだろうな?」
「オレはオレだぜ失敬なァ! ああ、ほら、お前、なんだよあの魔力量はよォ? あんだけの事ができるってんなら先に教えといてくれやァ! おかげで今回はもうちっと楽しめるってもんだぜェ!」
まだ信じるに値しない戯言だ。
科学技術を応用し、ヴィランの本拠地へと通信を飛ばしていた可能性がある。
だからドクター・レオン本人では無くとも知っていてもおかしくはない情報だ。
「苺坂さん、どう戦う? 仮にドクター・レオン本人だとすれば手の内は割れている、身体の多種族変化は見てから対応で良いとして、透明化にだけ注意していれば何とかなると思うけど。もし別の何者かだったらどんな戦い方をするのか分からない」
「考えない、全て見てから対応」
そんな無鉄砲な戦い方、苺坂さん程の自信家じゃなきゃ選べないよ。
だけど──
「分かった」
苺坂さんがそうするなら、僕は付いて行くのみ。
「ごちゃごちゃくっちゃべってんじゃねェぞガキ共ォ…… 突っ立ってんならこっちから行かせてもらおうかなァ!」
先手を取るのは当然ドクター・レオン(仮)だった。
「乱道君!」
「了解!」
苺坂さんの掛け声に応じ汎用まじかるパクトを掲げる。
初撃ヒット上等、魔法と科学の合わせ技に震えろ!
「「まじかるチェンジ! メイクアップ!」」
二人同時に、手中の汎用まじかるパクトが開け放たれる。
『『まじかるオープン!』』
電子音声が手元から鳴ると、苺坂さんの汎用まじかるパクトからは赤いベールが、僕の汎用まじかるパクトからは黄色のベールが噴水の如く飛び出し、それぞれの身体を包み込む。
「くだらねェ!」
ドクター・レオン(仮)は右腕をゴリラのようなどす黒い体毛で覆い、僕を目掛け振り抜く。
しかし彼の渾身の一撃は黄色のベールに阻まれる。
なるほど、多種族変化は使える、と。
〝ドクター・レオン(仮)〟から〝限りなくドクター・レオンに近い何者か〟にランクアップだな。
彼の無駄な攻撃はさておき、変身は進行する。
まじかるパクト内の宝石を右手の人差し指と中指で触れ、それを自分の両頬、両瞼、鼻頭、最後に唇に軽く触れる。
触れた箇所に光の粒子が舞い、それはやがて拡散し僕達の全身に行き渡る。
全身をベールと光の粒子が包み込むと、両の手でクラップした。
すると右手に光の粒子が集まり、肘の下あたりまで包むホワイトグローブが苺坂さんに、グリーンのグローブが僕の手元に顕現する。
続いてフィギュアスケート選手のように回転ジャンプし、着地した瞬間、ピンクとイエローのハイヒールブーツがそれぞれの脚に顕現した。
苺坂さんは自らの上半身のラインを艶やかになぞると、赤いベールが解かれてピンクとレッドを基調としたロリータドレスに身を包んだ姿で現れた。
僕は自らを包むベールを右脚のキックで吹き飛ばし、イエローとホワイトのロリータドレスを纏って降り立つ。
光の粒子がストロベリーの髪留めと柚子のイヤリングを形成すると、揃って高らかに名乗りを上げた。
「春うららかにスウィートガール、ベリーミルク!」
「サワー弾けてファンタジスタ、まじかる☆シトラス!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます