#17 ヴィラン再来

『緊急警報、緊急警報。館内一階で火災発生、並びにヴィランが出現。館内一階で火災発生、並びにヴィランが出現。学生と一般職員の皆様はただちに避難してください。繰り返します。館内一階で火災発生、並びにヴィランが出現、館内一階で火災発生、並びにヴィランが出現。学生と一般職員の皆様はただちに避難してください』


 施設外のスピーカーからも警報は聞こえる。


「乱道君!」

「行こう!」


 苺坂さんに応え、僕は走り出す。


 前回とは違う、僕も一歩目を踏み出せた。


 そして更に頼もしかったのは──


「ボクも!」


 まるも僕と同じ気持ちだってことだ。


「よりにもよって一階とは、私が魔力感知でヴィランの場所を探る!」


 苺坂さんは走りながらまじかるパクトを右手に持ち、左手をかざす。


「学園本部と連絡が取れた! プロ魔法少女の応援を寄越してくれるって!」


 僕は学園本部に通信。

 幸い今回はヴィランによる電波ジャックは無い。


「東側、ヴィラン一体!」

「ボクは避難誘導を優先する! 二人はどうする?」

「私はヴィランの元へ」

「僕も。取り残されてる人が居るかもしれない」

「避難が終わったら応援に向かうから!」


 まるだけ離脱し、僕と苺坂さんは一階東側へ走る。


 破壊音と焦げ臭い香りがもうそこまで届いている。

 急がなきゃ。


「それにしても変だと思わない?」


 走りながら、苺坂さんは呟く。


「変って、何が?」

「たったの二週間よ。前回の襲撃からたったの二週間。二十年以上も破られることの無かった楽天島のセキュリティが二週間で二度も破られてる」


 確かに、前回は僕と標さんの電話を盗み聞きしたドクター・レオンだからこそ見つけることができたが、そのドクター・レオンは僕が殺したはず。

 もう他にこの島の座標を知るヴィランなんて居るはずが──


 いや、待てよ。


 ドクター・レオンだ。


 アイツ、死ぬ間際に何て言ってた?


『バカがよォ、もう手遅れなんだぜェ……』


 手遅れって何だ?


 まさか他のヴィランに楽天島の座標を教えたっていうのか?

 だから奴を殺しても手遅れだと、そういう意味だったのか?


 だとしたらまずい。


 教えた相手が一人だとは限らないよな。


 ヴィランが徒党を組んでいる可能性だってゼロじゃない。

 過去にヴィランがチームアップしたというような記録は無い。

 しかしドクター・レオンは「カガクを使える仲間が居る」みたいなことを言っていた。

 ならば科学技術に限らず、人間社会のあらゆる技術・物・概念を取り入れている可能性がある。


 僕は、最悪の想像をしてしまった。

 だが、夢想空想とは言い切れないのもまた事実だ。


「苺坂さん、ヴィランの世界の総戦力ってどれくらいなのかな?」

「不明よ。ゲートの向こう側の世界を知る人間は一人も居ないんだから」


 益々、嫌な予感がする。


「群を為して攻め込んできたら人間は勝てると思う?」

「群を為すってヴィランが?」

「そう、単騎ではなく」

「恐ろしすぎて考えたくも無いわね」


 やはりそうか。


 僕は無意識に、表情に影が落ちてしまう。


「だけど──」


 だけど苺坂さんは違った。


「それを全て殺し尽くせば、一夜でナンバーワン魔法少女に昇格じゃない。ワクワクする」


 正気を疑う言葉だった。


 だけどおかげで僕の闘志に火が付いた。


 ありがとう、苺坂さん。


 君がその気なら付き合うよ。


 母さんが千人の人質よりも価値があると見做した命だ。

 これが燃え尽きるとしても、一人たりとも死人は出さない。


 全てまとめて救ってみせる。


 超えてやるさ、母さん。

 ハッキリと、明確に、大胆に、史上最強の魔法少女に成し遂げられなかった偉業を叶える。


 そして墓前で言ってやるんだ。


「もう母さんの言いなりにはならない、僕は僕の意思で魔法少女を続けてやる」ってね。



       ☆☆☆



 施設一階東側、つい二週間前に見たような景色が眼前にある。


 燃え盛る炎も、崩れた壁も天井も、あの日の繰り返しだ。


「炎に魔力が含まれてるせいでヴィラン本体の位置を探知できない……」


 苺坂さんに無理なら僕にも無理だ。


 魔力探知は諦めて目視で探し出すしかない。


「ヴィランの目的って一体何なんだろう」


 もちろん周囲に注意は払いつつ、僕は苺坂さんに疑問を投げる。


「この世界に攻め込んでくるのは魔力を奪うのが目的だけど、わざわざ楽天島を狙うってことは魔法少女養成機関を潰す為じゃないかしら」


 未来の魔法少女候補生を皆殺しにしてしまえば、魔法少女は緩やかに衰退する。

 そういう長期的に組まれた戦略なのでは、というのが苺坂さんの推理であった。


「だとしたら最終目標は学園?」

「おそらくね」


 苺坂さんの推理は実に合理的だ。


 だけど、この状況と辻褄が合わない部分がある。


 ならば何故二度目の今回もこの施設を襲撃したのだろう。


 ドクター・レオンは座標を少し間違えた結果、この施設の近辺に降り立ったと言っていた。

 そしておそらく、というかまず間違いなく楽天島の座標はドクター・レオンから他のヴィランへ渡っている情報だ。

 なのに何故もう一度この大型商業施設を襲う必要があったのか。

 また同じ間違いをしたとは考えにくい。


 何か、そこに意図があるとしたら?


 僕の思考を断ち切るように、汎用まじかるパクトに通信が入る。


『ゆーごったこーる! ゆーごったこーる!』


 気の抜ける着信音、そのうち変えておこう。


『柚希くん!』

「どうしたのまる?」

『港が! 港にヴィランがいっぱい!』

「いっぱい!?」


 やっぱりか。

 ヴィランは今回徒党を組んでこの楽天島を攻め落とす気なんだ。


「大海原さん、みるくよ。まずは落ち着いて、状況を説明してくれる?」

『ご、ごめん…… 避難誘導は上手くいきそうなんだ、楽天島に常駐しているプロ魔法少女も着々と来てくれてるから。予定としては港から船に乗って本土へ避難させるはずだったんだけど、その港が占拠されてるんだ、船も破壊されてる。だから島の外には出られない。楽天学園の校舎まで連れて行きたいんだけど電車も止まってて……』


『ゆーごったこーる! ゆーごったこーる!』


 苺坂さんの汎用まじかるパクトにも着信が来た。


『棺だ。柚希君が通話中だったもので、一緒に居るだろうと思い君に掛けさせてもらった。今近くに柚希君は居るのか?』

「はい、居ます。代わりますか?」

『いや、スピーカーにして二人共聞いてくれ』


 苺坂さんは汎用まじかるパクトを耳から離し、内側のボタンをタッチすると、棺理事長の声が聞こえてきた。


『良いか、落ち着いて聞いてほしい。学園がヴィランの軍勢に占拠された』

「はぁ!?」

「本当ですか!?」

『ちょっと、何? 聞こえてる!? とりあえず市民を電車に乗せて、魔法で浮かせて学園へ航空輸送する流れになってるんだけど! ねえ柚希くん!』

「ストップまる! 学園に運ぶのはやばい!」

『なんだ、他に誰か居るのか?』

「大海原さん、クラスメイトです。一緒に居るのではなく通話が繋がっています。大海原さんの話によると港がヴィランの軍勢に占拠されていて本土への避難ができない、と」


 完全に挟み込まれたって訳だ。

 クソ、これじゃ僕達魔法少女が戦えても一般人と学生をどこにも避難させられないじゃないか!


「理事長、学園にプロ魔法少女は居るんですか?」

『それが居ないんだ。全てそちらへ応援に向かわせてしまってね』


 ということは今、学園で理事長は一人で護衛も居ないってことじゃないか。

 ヴィランに囲まれていながら何故そうも落ち着いていられる。


「僕は学園に向かう、まずは理事長を助けないと」

『その必要は無いよ、柚希君』

「どうして!?」

『そろそろ彼女が到着する』


 その瞬間、学園の方から落雷の如く轟音が響いた。

 時間差で通話の向こう側からも同じ音がする。


『これ繋がってんすか? おっけーおっけー。ヤッホー、聞こえる? つーか誰と通話してんのこれ? えっ、マジっすか。おーいゆずく~ん! 標お姉さんだよ~』

「標さん!?」

「えっ、ルミナス!?」

『柚希くん! 柚希くーん! そっちどうなってんの~!?』

「そっちは任せて良いんですか?」

『もちろんよ。ナンバーワン魔法少女ルミナス様に任せなさい。その代わり、こっちの始末が終わるまでは何が何でもそっちの市民を守るんだぜ、ゆずくん』

「任せてください、苺坂さんも居ますから」

「任せてください!」

『なら安心だわ、んじゃ切るよ~。あ、退学届見つけたんでぶち破っときま~す』


 見える所に置いたままにしてんじゃないよ、棺理事長……


 通話は切断され、苺坂さんはまじかるパクトをポケットにしまう。


「まる、学園もヴィランに占拠されてて避難はさせられないらしい」

『えぇ!? じゃあどうすれば良い!?』


 待てよ、本当にどうすれば良いんだ?


 現状を整理すると、商業施設内にヴィランが一体、港にヴィランの軍勢、学園にもヴィランの軍勢。

 そのうち学園の方は標さんが何とかしてくれるとして、残るは商業施設内と港だ。

 順番に対処しようにも、片方を放置するとそれはそれで避難ができない一般市民が危険。

 つまり市民の護衛も必要か。


 そうなると同時に三項目を遂行しなくちゃならない。

 商業施設内ヴィランの対処、港に居るヴィランの軍勢の対処、市民の護衛、この三つ。


 こちらの戦力は僕、苺坂さん、まる、そしてまると一緒に居るプロ魔法少女の方々。


「まる、一緒に居るプロの方々はどういう方針で動こうとしてるの?」

『市民の護衛を最優先に、本土から他の魔法少女が応援に来るのを待つべきだって言ってるよ』

「苺坂さんはどう思う?」

「今すぐにヴィランの殲滅に動くべき」


 僕もそう思う。

 本土からの応援を待つとしても、それがいつになるのかが分からない。

 十分後かもしれないし、もしかすると数時間も待たされるかもしれない。


 こうして話している間にもヴィランの軍勢は着々と楽天島の中心へ迫っている。

 一般人を避難させている駅は港から目と鼻の先。

 再度僕と苺坂さんが居るこの商業施設前まで避難させようにも、施設内のヴィランがいつ外に出てくるか分からない。


 それに島の中に居る戦力とヴィランの戦力を比べると、圧倒的にこちらが少数。

 故に時間を掛ければ掛ける程戦況は悪化するだろう。


 待たず、こちらから攻めるべきだ。


「まる、そっちに居るプロ魔法少女を仕切ってる人に代わってほしい」

『分かった!』


 すぐに知らない声が届く。


『代わりました、ファンタスティック・タクトです』

「魔法少女科一年A組所属、乱道柚希です。提言します、今すぐに迎撃に向かうべきです。このまま待っていてもジリ貧になるのが目に見えています」

『言いたいことは分かります。ですが戦力があまりにも足りません。ヴィランが集団で襲撃を仕掛けてきたのは初めての事、下手に動いて我々が負けてしまえば学園が危ない』

「学園は大丈夫です、ルミナスが来た」

『ルミナスが!? ならば尚更ルミナスが学園のヴィランを殲滅し、こちらに応援に来るのを待つべきなのでは?』

「ルミナスとは言え学園を占領するほどの敵戦力、殲滅にどれだけの時間が掛かるかは分かりません。やはり──」

『許可できません。私はプロ、実際にヴィランと何度も戦ってきました。学生の意見は参考にはさせて頂きますが、最終判断は私が下します』

「しかし!」

『私達は一般人を護衛しつつ待機、そちらも商業施設内に居るヴィランが施設外に現れた場合のみ戦闘を行ってください。しかし戦闘を開始する前に必ずこちらに連絡をすること。応援を向かわせます。なのでそちらはヴィランを殺害するのではなく、あくまで駅まで侵攻させないことに注力する。よろしいですね?』


 更に反論を返そうと思ったが、苺坂さんに止められた。


「乱道君、無駄よ」

「だけどこのままじゃ!」


 苺坂さんは僕の手からまじかるパクトを奪うと、毅然とした態度で話す。


「こちら魔法少女科一年A組所属、苺坂みるくです。了解しました、そちらの指示に従い待機しつつ、商業施設のヴィランが施設外に現れた場合のみ対処に当たります」


 苺坂さんは向こうの返事を待たずに通話を切断し、まじかるパクトを僕に返す。


「それで良いの苺坂さん!?」

「は? 良い訳無いでしょ」


 む、むちゃくちゃだ……


「もう一度話そう、絶対にこのまま応援を待つなんて危険すぎる」

「その通り」

「でも苺坂さんは彼女らに迎合して──」

「話を続けても無駄だと思ったのよ。ほら、さっさと施設内のヴィランを処理するわよ」


 苺坂さんは悠然と指示を無視し、施設内へ歩き出す。


「僕達だけで?」

「元々そのつもりで走り出したんでしょうが。前回はアンタに解決実績譲っちゃったけど、今回は私が仕留めるんだから。ほらボサっとしない!」


 カッコよすぎる苺坂さんの背中に僕も続く。


「それに、今のアンタと私が組めば怖いものは無いわ」


 苺坂さんの言う通り、今度は怖くない。

 脚の震えも無い、真っ直ぐ歩を進められる。


 強くなったから、心強い仲間が隣に居るから。


 大丈夫、きっと大丈夫。


 だから見ててよ、母さん。


 ──いざ、二週間ぶりの死地へ往かん。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る