#16 これぞ青春たるや

 僕は創造の魔法をマスターできず、包丁を使わずにキャベツを千切りできないまま週末を迎えた。


 それなりに自己嫌悪に陥っています、僕。


 それでも呼び出されたからには待ち合わせ場所へ向かわざるを得ない。


 待ち合わせは十二時、大型商業施設の最寄り駅。


 駅に近付くと電車の窓から大型商業施設が見えた。

 ドクター・レオンの襲撃と僕の魔力爆発により更地と化したはずなのに、たったの二週間で元通りになっているのは、科学と魔法の合わせ技で建築技術も大幅に進歩しているからだ。


 あれ、雨雲かなあれ。

 島からはかなり遠いけど、方角と距離的には夕方頃こっちは雨になりそう。

 せめて折り畳み傘でも持っておくんだった。


 なんて考えていると、駅に到着した。

 車掌のアナウンスの後ドアが開く。


 目的の駅の改札をくぐると、苺坂さんとまるが既に到着していた。


 遠目に見ても二人は可愛い。

 僕にとって数少ない女友達という贔屓目を抜きにしても、二人は可愛い。


「遅いよ柚希くーん!」


 最初に僕に気付いたのはまるだった。


「私達を待たせるだなんて良い度胸してるじゃない?」


 そう言いながらも、苺坂さんはどこか楽し気だ。


「ごめんて」


 集合時間四十分前の到着なんだけどな。


「それより何か言うことあるんじゃないかな?」

「そうよ、言うことあるでしょ!」


 言うことって何だろう。


 全身全霊全細胞を以て状況の把握に努める。


 今日という日を迎えた原因、それは苺坂さんの提案によるもの。

 そしてその発端は僕が彼女に対して勘違いをさせてしまうような発言をしてしまったことだ。


 ならばそれは何故か。


 彼女の過去を知ってしまったから、それは以前よりも彼女と過ごす時間が増えたから、それは彼女に魔力コントロールの修行を付けてもらうようになったから、そしてそれは標さんが苺坂さんを指導者に任命したからだ!


 いや、それだけなら苺坂さんに掛ける言葉は予測できてもまるに掛けるべき言葉は導き出せないままだ。


 ならばまるが求める言葉は何だ。

 まる本人の過去の言動にヒントがあるはず。


 今日という日はまるにとって、前回二人で遊びに来た時の埋め合わせだ。

 もっと深掘ると、前回が満足できないまま終わってしまったのはヴィランがここを襲撃したからで、ヴィランに襲撃されてしまったのはこのステルスアイランドのはずの楽天島、その座標がヴィランにバレてしまったからだ。

 そしてそうなった原因は僕と標さんの電話だ。

 あの時標さんがドクター・レオンに気付いていれば、逃がしていなければこうはなっていないはずだよな。


 辿り着いちゃったな、共通の終着点。


「この度は影山標が申し訳ございませんでした」

「誰?」

「どうしてルミナスが出てくるのよ……」


 不正解らしい。


「まあ良いわ、期待した私が愚かだった」

「ボクの一勝だね!」


 何が何だか……


 話は変わるけど、二人の私服は見事にパターンが分かれていた。


 苺坂さんの私服は意外にもボーイッシュな雰囲気だったが、それがキリっとしている目鼻立ちにとてもよく似合っている。

 トップスは黒ベースのプリントTシャツにデニムジャケット、ボトムスも上に合わせるようにロングのデニムパンツを履いている。

 全体的に暗めな印象の服装の中で、一際輝くのが赤いパンプス。

 彼女の苺色の髪と同じ赤だ。


 対してまるはガーリーな印象。

 前回とは違ってトップスとボトムスに分かれたコーディネイトとなっている。

 トップスは白のシャツに水色のロングカーディガン(胸元は相変わらず緩い)、ボトムスのタイトめのミニスカートが原色に近いイエローというカラーリングで目を引く。

 胸元にはやはりハートのペンダントを掛けていて胸元に目が行ってしまうが、今更この視線を隠すつもりなんて無いからな」


「漏れてる漏れてる」


 まるも慣れたもんだ。


「どこから回ろうか? 苺坂さんはMagimate?」


 少し苺坂さんを揶揄ってみる。


「ななっ、何のことかしら!?」


 狼狽えておるわ狼狽えておるわ。

 苺坂さんは前回バッチリ(だと思い込んでいる)変装を施してまじかる☆シトラスグッズを爆買いしていた。

 あれで隠せていると思い込んでいるとは、語るに落ちたな最優秀魔法少女候補生・ベリーミルク。


「二人は前回どこに行ったの?」

「パスタ専門店、一口ずつ交換したもんね!」


 まるが勝ち誇った表情で答える。


「他には?」

「「……」」

「……痛み入るわ」


 思い返せば寂しい休日だったな。


「やっぱり腹ごしらえからじゃない? 万が一、またヴィランの襲撃を受けたら空腹じゃ戦えないよ」

「乱道君、アンタ……」


 何故だろう、苺坂さんは僕を見て目を丸くする。


「ごめんごめん、ちょっと不謹慎だったよね。でもとりあえずご飯からで良いんじゃない? それからゆっくりいろんなお店を回ろうよ」

「ボクも柚希くんに賛成! またパスタ食べる?」


 確かにあのカルボナーラは美味しかったし、まるが食べていたボンゴレ・ビアンコだってもっと食べてみたいと思っていた。


 だけど僕はそれを否定する。元から提案しようと思っていた店があるんだ。


「Magicハンバーガー行かない?」


 僕の提案を聞くなり、苺坂さんの目がルビィのように輝いた。



       ☆☆☆


「ナイフとフォークを頂けますか?」


 受け取ったトレーにシルバー類が無いと気付いた苺坂さんが、店員さんに質問する。


 ファストフード店のハンバーガーをナイフとフォークで食べる客など全国どこを探しても居なかろう。

 一瞬言葉を失った店員さんの胸元のネームプレートに「研修中」と書かれているのを見て、なんだか僕が申し訳無くなった。


「これ、手で食べるんだよ」


 僕は苺坂さんの耳元で囁いて教えてあげる。


「ひゃぁ! 何よいきなりこの破廉恥!」


 言葉の内容など届いちゃいなかった。


「苺坂さーん! こうやって食べるんだよ、あーむっ!」


 席からまるが、僕達が居るレジ方向からも見えるように、ハンバーガーの食べ方を手本を示しながら教えてくれた。


「ここ、日本、よね……?」


 そうか、苺坂さんはテレビさえもほとんど見せてもらえなかったからCMも目にしてないんだ。

 だから食べたことが無いどころか、その作法さえも知らないんだな。


「実は楽天島って日本じゃないんだ、東京湾からもかなり離れてるでしょ?」

「またまた……」


 僕の返答は、無言。


「えっ、いや、嘘でしょ……?」


 通せそうな気がする。


「実は楽天島は日本じゃなくて──」


 僕は真顔で。


「──千葉なんだ」


「大海原さ~ん!」と僕を無視して席に向かう苺坂さん。


 店員さん(研修中)は笑ってくれた。

 ありがとう、貴女は素晴らしいスタッフになれる。



       ☆☆☆



「ゲーセン!」

「服!」


 まるは何も分かってない。

 休日に友達と商業施設で遊ぶとなればゲームセンターは外せないのに。


 柚希くんは何も分かってない。

 休日に友達と商業施設で遊ぶならいろんな服屋さんを回るのが一番なのに、って顔をしてるな。

 お見通しだぞ、まる。


「「苺坂さんはどっちが良い!?」」


 あまりゲームで遊んだ経験の無い苺坂さんのことだ。

 どうせゲーセンを選んでくれるに決まっている。

 僕がクレーンゲームのコツとリズムゲームの楽しさを教えてあげるんだ。


 あまり友達と服を見た経験の無い苺坂さんのことだもん。

 どうせ服屋さんを選んでくれるに決まっている。

 ボクが苺坂さんにあまり着たことが無さそうな、だけどバッチリ似合う服をコーディネートしてあげるんだ、って顔をしてるな。

 浅いぞ、まる。


「二人共何も分かってないわね……」


 苺坂さんは大袈裟に溜息を吐いた。


「私がMagimateの楽しみ方を教えてあげるわ!」


 苺坂式レッスン~番外編~のスタートである。


「入店したら真っ先に確認するのは? 大海原さん!」

「えっと、好きな魔法少女のコーナー?」

「違う! 新商品のコーナーに決まっているでしょ! ここは日々姿を変える変幻自在、一期一会の特別な場所! 結果買うのか買わないのかは関係無い、どんな景色を見せてくれるのか、それを楽しむのよ!」


 ちなみに今日の新商品は二千三十年度版新衣装ルミナスのアクリルキーホルダー(税込み七百八十四円)、シークレット式二千二十九年度トップテン魔法少女の缶バッジ(税込み五百六十円)、二千二十九年度トップテン魔法少女ミニサイズタペストリー(各種税込み千百二十円)、魔法少女専門雑誌の二千二十九年度トップテン魔法少女インタビュー特集号(税込み八百九十六円)、それとまじかる☆シトラスとベリーレッドが表紙に描かれた大判サイズの本(税込み千百十二円)。


「苺坂さん、ちなみに今日の新商品だとオススメとかあるの?」

「この中だと、そうね…… 缶バッジとか面白いわよ。中に何が入ってるか開けるまで分からないの」

「何で? それじゃ誰も買わなくない?」

「推しが出るまで買い続けたり、自分が当てた魔法少女を推してる人と交換したりするのよ。それを! いつか! やって! みたかったのよ!」


 苺坂さんは言葉の区切れに合わせて自らの膝を叩く。

 ニヤケながらだからちょっと怖い。


「じゃあ三人で買ってみない? 誰一人として知ってる魔法少女居ないけど!」

「良いの大海原さん!? くぅ~~~やばい買う前からドキドキするんだけど何これ?」


 この苺坂さんをファンクラブの皆々様に見せてあげたいな、どんな反応をしてくれるだろう。


「苺坂さん、こっちの本は? 漫画かな、未だにまじかる☆シトラスとベリーレッドの新商品が出るって凄いね」

「それはダメ」

「えっ、なんで──」

「それだけはダメ、特に私とアンタは一番ダメ」


 そこまで止められると逆に気になるんだよな。

 今度こっそり一人で買いに来ようかな。


「ボクなら良いの?」

「年齢的にまだダメ」


 年齢的にダメな本ってなん──


 あぁ。


 えぇ……?


 苺坂さんに案内されて店内を巡る。

 店の外から眺めてただけでも雑多としてる印象だったけど、いざ内側から見ると桁違いの物量だな。


「で、最後に見るべきなのがここ!」


 まじかる☆シトラス単独コーナー。


「言わずと知れた伝説の魔法少女まじかる☆シトラス、彼女の全てがここに詰まっていると言っても過言では無いわ!」


 当方息子、それは過言です。


「見て、見てこれ! 可愛い! 可愛いだけじゃない! カッコイイ! はぁ~~~、えっ? 怖い! むしろ怖い! 怖くない? でも最高なのよねぇ~~~! これね! この時の衣装ね! 第三衣装! これ好き、これが一番好き、百点満点中五百兆点、オークションにこの衣装出品されたら苺坂家の全財産叩いて落札するから」


 キーホルダー、缶バッジ、スマホカバー、タペストリー、ポスター、単独特集雑誌、グラビアイメージビデオ。


 グラビアイメージビデオ!?

 最悪だ!

 よりにもよってそんな邪悪なものを!?

 母親のそういう姿なんて一番見たくないから!

 というか魔法少女ってそんな仕事まですんのかよ!


 うわぁうわぁうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


「大丈夫?」


 まるが心配そうに僕に尋ねる。

 ちなみに大丈夫じゃない。


「……まる、僕がビキニを着せられても嫌いにならないでくれる?」

「なるわけないよ、しっかりとカメラに収めてみせる」

「僕がまるを嫌いになりそうだよ!」


 早くこの場を立ち去りたいんだけど、苺坂さんはまじかる☆シトラスグッズに釘付けだ。

 この間の爆買いを見るにどうせ全部持ってるだろうに、そこまで夢中になれるって凄いな。


 でもそれだけ、まじかる☆シトラスは魅力的な魔法少女だったんだろう。


 十年経っても、こうやってグッズショップで単独コーナーが作られる。

 それってめちゃくちゃ凄いことだと思う。


 ここに来て改めて分かった。


 魔法少女はただの治安維持戦力じゃない、国民の心の拠り所なんだ。


 僕の母さん。

 最も強く、最も愛された魔法少女。


 その力を継いでしまった僕は、何者になるんだろう。


 敷かれたレールの上を歩き始めて、早三週間が経ったことをふと思い出した。



       ☆☆☆



 苺坂みるくは優しい女の子だ。


 だからゲーセンにも付いて来てくれたし、まるの言いなりになって着せ替え人形にも徹してくれた。


 一通り満足して商業施設を出た頃、橙色の空が頭上に広がっていた。


 このまま一日が終わっていれば、涼しい風に潮の香りだけが漂ってきていれば、今日という日は素敵な思い出になっただろうに。心からそう思う。


 だがそれは無い物ねだりのわがままだ。


 人生って複雑で、幸せはいつまでも続かない。


 きっと僕なんかが二人の美少女に好意を寄せられたことだって、この後の大きな不幸への伏線だったんだ。


 未来を知っていたら彼女らの気持ちを素直に受け入れていたし、もっと大切にした。


 魔力コントロールはもちろん、創造の魔法の訓練だってもっと真剣に取り組んで、何が何でも一週間で習得しただろう。


 人が本気になれないのはいつまでも時間の余裕があると思っているからだ。


 まあ今更何を言ったって言い訳に過ぎないんだけどさ。


 だから結論だけさっさと言おう。






















 ​────今日、僕、乱道柚希は死ぬ。












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