#15 原点から、少しずつ

「ごめん、全然できる気がしなくて」


 今日も今日とて、放課後は調理実習室に集合。


「焦らないで、柚希くんならきっとできるようになるよ!」


 今日は乱道柚希ファンクラブ一号会員(仮)の大海原まるも見守ってくれている。何故?


「どうしたものかしら、何せ私も創造の魔法は使えないし……」


 苺坂さんもこうして一緒に頭を悩ませてくれる、何と心強いことか。

 昨日までのスパルタ指導よりもこっちの方が僕のモチベーションも高まる。


「やっぱり魔力を固めて、っていう苺坂さんと同じやり方でアプローチした方が良いかな?」

「そうよね、それなら私が教えられるし」


 しかし苺坂さんは「でも……」と言い淀む。


「ボクは柚希くんの得意を伸ばす方が将来的に役立つって思うな」

「私もそう思う。創造を使いこなせるようになれば膨大な魔力を有意義に使えるし」


 まるも苺坂さんも同意見、当然僕としてもこのまま創造を習得したい気持ちはある。


 だが指導者が居なければ僕個人の力で完成させなければならない。

 それで上手くいく未来も明瞭に見えないというのが本心であり現状だ。


 それならゼロからのスタートにはなるけど、苺坂さんが得意とする魔力を固める方向で進めるのも決して悪い選択肢では無いだろう。

 もちろん苺坂さんに教えてもらうからってすぐにできるようになる保証も無いけど。


「創造の魔法が得意な人って誰か居ないのかな? 苺坂さんならお母さんが元プロな訳だし、そういう知り合い居ないの?」

「思い当たらないわね…… というのも、創造を実践級にまで昇華させられている人なんて過去を見ても片手で数える程度だし。それもほとんどは得意分野は他にあって一応創造も使えます、って程度。堂々と得意だって言い張れる実力があったのは、それこそまじかる☆シトラスくらいなのよ」

「そっかぁ、それはどうしようもないね……」


 三人揃って肩を落とす。


「一度原点に立ち返らせてほしいんだけど。創造魔法、全くできないって訳じゃ無いんだよ。それこそ初日にうっかり出ちゃったみたいに鉄柱を出すくらいならできるんだ」

「コントロールができない、ってことよね?」


 鉄柱を出すイメージは簡単だった。

 とにかく太くて、硬くて、何かを貫くようなイメージ。

 初めて出した時に考えてたことを脳内で繰り返すだけだから、そう難しくはない。


「でもよくよく考えてみるとおかしな話よね。太く、硬く、なんて鉄柱以外に幾らでも連想できるじゃない? なのにそのイメージで鉄柱だけが必ず顕現するのよね。何か鉄柱に対して思い出とかトラウマがあったりする?」

「まあ、うん」


 あまり人に話すことでもないけど、トラウマとまではいかなくとも記憶に残らざるを得なかった一件ならある。


 ……この二人になら話しても良いか。


 二人には椅子に掛けてもらい、三人分のお茶を淹れてから話し始めた。


「十年前の、ヴァズリーランド襲撃事件なんだ」


 二人の表情が引き攣る。


 当然だろう。

 それは日本国民なら誰もが知る史上最悪のヴィラン事件、そして僕の母さんであるまじかる☆シトラスが死んだ事件なのだから。


「丁度その日、家族でヴァズリーランドに遊びに行ってたんだ。珍しく母さんも休みが取れたから、本当に珍しく家族三人揃ってね」

「そこに、ヴィランが……?」

「うん。よりにもよって僕は園内で迷子になっちゃってて、母さんとも父さんともはぐれて独りだったんだ。今でも鮮明に覚えてるよ。シンデレラ城の真下に居た僕は、天井から落ちて来た鉄柱に貫かれた」

「……っ!」

「大海原さん、大丈夫?」

「平気、ちょっと眩暈が…… 続けて、聞いておきたい」


 まるの目は何時になく真剣で、だから僕は話し続ける。

 淡々と。


「ヴィランがシンデレラ城を破壊したんだ、その時に僕は逃れる術も無く。で、十年前だからプロの魔法少女も少なくてさ、対処に当たれたのはまじかる☆シトラスだけだった。どう思う? 園内およそ九万人の来園者をたった一人で守れだなんて。それでも母さんは必死に助け続けた」

「死者はたったの千人、よね」


 苺坂さんが苦虫を噛み潰したような表情で呟く。


 まじかる☆シトラスに肩を並べたベリーレッドを身内に持つからこそ、その異常なまでの優秀さと、当時の魔法少女を取り巻く悲惨だが仕方無くもある環境に思いを馳せられたのだろう。


「マスコミと国民はまじかる☆シトラスを英雄扱いしたよね。たった一人で凶悪なヴィランに立ち向かい九万の命を救った、そして華々しく散った英雄を」

「ボクも知ってる、というか誰でも知ってるよね。中学校の社会科の教科書に載ってるくらいだもん」

「二人はそんなまじかる☆シトラスをどう思う?」

「私は尊敬してる」

「ボクはちょっと、可哀そうだって思うよ」


 二人の意見は食い違うが、おおよそ世間の声と相違無い。


「じゃあ、その死んだ千人を、まじかる☆シトラスが見捨てていたとしたら?」

「……どういうこと?」


 苺坂さんは目を細める。

 何を思っているかは分からないが、一生知るはずの無かった真実を僕は語ろうとしている。

 苺坂さんはそれを察しているのだろう。

 まじかる☆シトラスの大ファンである苺坂さんにとっては酷かもしれないけど、それでも苺坂さんには知っていてほしい。


 未来のナンバーワン魔法少女になるであろう苺坂さんには、同じ過ちを繰り返してほしくないんだ。


「ヴィランはシンデレラ城を破壊し、城の前の広場に居た逃げ遅れた人達を魔法で捕らえたんだ。千人の人質を取ったヴィランは母さんに「今すぐ自害しろ」と言った。そうすれば人質は解放する、そういう約束だった。母さんはそれを呑んだよ。だけどその前に、死にかけていた僕に全魔力を注いで蘇生してくれた。そして魔法少女の力を失った母さんは石の破片で自らの首を裂き、死んだ。でも結局ヴィランは人質達の微弱な魔力を全て吸い取り、殺した」


 二人共、すぐには口を開けない様子だった。


 苺坂さんはきっと悔しくて、まるはきっと不快感に呑まれて。


「僕が言いたいのは、僕一人を見捨てれば千人の犠牲は無かったってことだよ。母さんは史上最強の魔法少女だ。絶対にヴィランから人質を救い出せたはずなんだ。僕にとってまじかる☆シトラスは千人の一般人を殺した人殺しだし、そんな人を英雄扱いする社会も嫌いなんだよ。まあ、前よりは少しマシな印象にはなってるけどさ」

「……それは、違う気が、するな」


 意外にも先に口を開いたのはまるだった。


「まじかる☆シトラスは、いや、柚希くんのお母さんはきっと、英雄よりも母親であることを選んだんだよ」


 理屈は分かるよ。

 だけど当事者はそう簡単に受け入れられる話じゃないんだ。


 千人の命と天秤に掛けられ、そして選ばれた。即ち僕はその千の犠牲者の命を背負って生きていかなくちゃならない。

 その上、死んだ母さんの後を継げだなんて。

 千人どころじゃない、どれだけの命を背負わなくちゃならないんだ。


 今でもこれだけは変わらず思う、そんなの冗談じゃない。


「家族って、大切だもん。ボクだってそう、柚希くんだってそうでしょ? だからサッカーの夢を諦めてここに来た」

「家族は大事だよ。だからって千人を見捨ててまで救える?」

「ボクは多分、弟と妹を選んじゃうと思うな。間違ってると思うよ、魔法少女としては。ヴィランから国民を守る公務員が選ぶべき選択肢じゃないよ。だからって家族を見捨ててまで公務員であり続けたいとは思わない、そうなったらその時だよ。朝から夜までバイトでも何でもして家族を守る。やっぱりボク、魔法少女には向いてないかも」

「ええ、ありえないわ」


 満を持して苺坂さんも口を開いた。

 第一声は、まるへの、そして尊敬するまじかる☆シトラスへの全否定。


「私はまじかる☆シトラスを尊敬している。それは史上最強の魔法少女だから、誰よりも多くヴィラン事件を解決してきたから。だけどやはり、家族とはいえ一人と千人なら千人を選ぶべきだった。だから乱道君、私はアンタに同感よ」

「苺坂さんはお母さんが死にそうになってても見捨てられるっていうの!?」

「当然。魔法少女は国民を守る義務がある、最大多数の幸福を選び続けなくてはならないの。何故かって、公務員だから。でもね、もっとシンプルな、正しい答えがあるのよ」


 苺坂みるくは気高い女性だ。


 僕が知る限り誰よりも強く在ろうとし、誰よりも高い向上心を持っている。


 だからきっと、彼女は本当に叶えてしまうのだろう。


「私はまじかる☆シトラスを超える史上最強の魔法少女になる。命を選ばなくて済むように、誰よりも強くなって全てのヴィランを殺す。そうすれば、家族も千人の命も全部まとめて救える」


 苺坂さんの背中を窓から射す夕陽が照らす。

 橙に燃える夕日が、深紅の髪を更に輝かせる。


「そうでしょ?」という言葉がこれ程までに自信に満ち溢れ、信頼を寄せられることがあろうか。


 たかだか十五歳の少女に、だ。



       ☆☆☆



 今日の苺坂式レッスンでは何の進展も得られなかった。


 魔力コントロールという課題においては。


 苺坂さんの言葉のおかげで、僕の中に「強くなる意味」が明確に輪郭を持つことには繋がった。

 だから、この先長く続くであろう魔法少女人生においての進展はあった。


 自室の窓を開けて涼しい夜風を浴びながら、僕は創造の魔法についてインターネットで調べていた。


 調べるといっても、一般人がカメラで捉えたまじかる☆シトラスの映像を見漁っているだけだが。

 まじかる☆シトラスが史上最強と称される程に強く、国民から愛されてくれたおかげで、動画投稿サイトを探せばいくらでも彼女の映像は見つかった。


 ヴィランとの戦闘シーンはもちろん、災害現場での救助活動の様子も。

 魔法少女に肖像権は無いのかという心配も生まれたが、魔法少女統制局が削除をしてないんだからセーフってことなのだろう。


 動画内のまじかる☆シトラスを見ていて気付いたことが一つ。


 創造の魔法を使う時、一瞬ではあるが必ず両目を閉じている。


 癖なのか、魔法を使うのに必要な行動なのかは分からない。

 だけどまじかる☆シトラスがそうしているのだから僕も真似をしてみよう。


 小さな気付きだが、進展は進展だ。

 これが役に立てば上々、役に立たなければ「役に立たない」という新たな発見。


 ただ目を瞑るだけ、ごく簡単な行動。

 僕は今すぐに試してみたくなった。

 だが寮の自室ではやや狭い。

 万が一暴発して巨大な鉄柱が顕現してしまえば、僕は一畳程度のスペースで身体を折り畳んで眠りに就かなくてはならなくなる。


 僕は汎用まじかるパクトを持って中庭に向かうと、予想外の先客が居た。それも二人も。


「いっそのこと手元で魔力を集めるっていうのはどうかしら?」

「なるほど! それならボクでもイメージしやすいかも!」


 苺坂さんとまる、珍しい組み合わせだな。

 最近は僕を挟むことで接触の機会はあるけど、あの二人だけで一緒に居るというのは僕が知る限り初めてのことだ。


 彼女達が居なくなるまで待っていよう。

 柱の陰に身を隠し二人の会話に聞き耳を立てていると、どうやらまるも僕と同じように苺坂さんから何かを教えてもらっているようだった。

 手元で集める、ボールをイメージ、という言葉が聞こえた。


 さては苺坂さんの得意技である魔力弾の作り方を教えてもらっているんだな。


 まるも強くなろうと努力している、僕だって立ち止まってはいられない。

 だがあの場に立ち入る勇気が無い。


「大海原さんって、乱道君とは本当にお付き合いはしていないの?」

「苺坂さんこそ、ぶっちゃけどうなのさ?」


 僕が聴いてる時に限って何て話題を出してるんだよ。


「私はまだ……」


 暗くて見辛いけど、苺坂さんは赤面してる気がする。


「まだ、ってどういうこと?」

「実はその、私、乱道君からお付き合いを申し込まれて……」

「そうなの!?」

「そうだっけ!?」

「乱道君!?」

「柚希くん!?」


 やべっ。思わず出ちゃった。


「聞いてたの乱道君!?」

「いつから居たのさ!?」

「ごめん、盗み聞きするつもりは無くてさ」

「そんなことはどうでも良くて! 苺坂さんに告白したの? いつから好きだったの? ボクと出掛けた日は? それ以降ってこと? それともその時から既に? どうなの柚希くん!」

「どうなのよ乱道君!」


 二人の美少女から問い詰められる。

 彼女に浮気がバレた男ってこういう視界を見てるのかな。


 案外悪くない。


「多分、いろいろ行き違いがあると思うんだ。何せ僕は苺坂さんにお付き合いを申し込む気なんて微塵も──」

「それはそれで酷くない? ほら、苺坂さん泣いてるじゃん!」

「えっ、別に私泣いてなんて、あれ、何でだろ、おかしいな……」

「ごめんごめんごめんごめん! 今のはちょっと、いやかなり僕の言い方が悪かった!」


 まるが苺坂さんに深呼吸を促すように、僕も僕自身に深呼吸を促した。


 一呼吸吐いてから誤解を解くべく冷静に、二度と失言の無きよう言葉を紡ぐ。


「結論としてはね、普通のクラスメイト、友達として付き合っていきたいねって事を言いたくて」

「じゃあ柚希くんは苺坂さんのことを好きって訳じゃ無いの?」

「うん。あ、待って、うんじゃない!」


 断言したら酷だよな、多分。


「じゃあやっぱり苺坂さんが好きなんだ! ひどい!」

「ひどい!?」


 それは本当になんで?


「大丈夫、私分かってるから。どうせ乱道君は大海原さんが好きなんでしょ? 私みたいな恋愛経験の無い箱入り娘を誑かして悦に入っていたんだわ……」

「それも誤解だから!」

「それはそれで大海原さんが可哀想だとは思わないの!?」

「およよ~」

「違う違う好きですまるのこと!」

「ちょっ柚希くんったらぁ!」

「私の時はそんな風に断言してくれなかった!」

「いや友達としてな!? だって気が合うし──」

「──巨乳だし?」

「おっきくないよ!」

「ぶべらぁ!」


 言ったのは苺坂さんなのに!?


「でも私、次の週末に乱道君と遊びに行くって約束したから!」

「魔力コントロールの修行が終わったらって話じゃなかった?」

「今週中にマスターするのよ!」

「待ちなよ! ボクだって今週末柚希くんとお出掛けするって約束なんだから!」

「してないよね?」

「だってこの間はヴィランのせいでめちゃくちゃだったもん! ノーカン!」


 まるの言い分こそめちゃくちゃだよ?


「分かったよ、三人で行こう」

「「それじゃダメなの!」」


 叶うなら、僕をもう一人創造したい。


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