#14 柚子色・海色・苺色

「いける! 持ち上がる! その調子よ! えっ嘘でしょいけちゃう!?」

「うおっ!? おおおお!? うおおおおおおお!!!」


 ぴくぴく震える右足、浮き上がるキャベツひと玉、興奮する苺坂みるく、叫ぶ乱道柚希。


「「浮いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」


 右脚から力を抜くとキャベツは床に置いてあるまな板にゴトンと音を立てて落ちた。


「朝まで自主練してたんだよサッカーボールで!」

「素直にすごいわ! まさか一日でできちゃうなんて!」

「やっぱ僕サッカーしてたからさ! 手より足の方が器用というか、なんかその方がやりやすいような気がしたから練習中ずっと足でやってたんだよ! 使ってたのは小さいおもちゃみたいなボールだからキャベツより軽かったけどキャベツでもいけたね! うわやばいめっちゃ嬉しいありがとう苺坂さん!!!」

「二日よ二日!? 一昨日までは魔力とは何ぞやってことさえ知らなかったアンタが昨日は魔力回路を通せるようになって今日は浮かせちゃった!」

「飛べるかな!? 僕もう飛べるかな!?」

「簡単よ! 対象が自分の身体ってだけだもの!」

「えっやばい本当にありがとう苺坂さんのおかげだよ!」

「それはもちろんだけど乱道君の努力も認めるわ!」


 二人でひとしきり盛り上がってから、休憩にお茶を淹れた。

 茶葉は調理実習室に保管してあった物を拝借した。

 盗んだとも言う。


「ゴホン…… 調子に乗らないでね、乱道君」


 一息付けて間が空いたからって、もうその態度は通用しないからな。


「物を浮かせるなんて初歩の初歩、できて当然。ここからようやく私が想定してた訓練に入るんだから」


 そういえばそうだった。


 最初に苺坂さんに指示されたのは「キャベツを切れ」だった。

 キャベツを浮かせるのはその予備動作に過ぎず、本題はここからだった。


「浮かせるまでは分かったよ。でも「切る」ってどうやるの? キャベツに魔力回路を通して、どう操作すれば切り刻まれる訳?」

「これにはいくつかのアプローチがあるから、一概に私のやり方だけが正しいとは思わないでね?」


 苺坂さんは調理実習室前側の黒板に図を描いて説明してくれた。


 曰く、彼女は空気中の、つまり魔力回路を通すのに用いた魔力を固めて接触部を鋭く集中させ包丁に見立て、キャベツを貫通させることで切断させていたらしい。

 かまいたちの現象に似ている、とも補足してくれた。


 苺坂さんのお母さん、ベリーレッドは魔力弾を得意技としていた。

 だからそのベリーレッドから教示を受けた苺坂さんも魔力を固めるのが得意になり、その方法を取ったらしい。


 そういえば魔力暴走を起こした僕と戦った時も彼女は魔力弾を連発してたな。


 苺坂さんは合わせて、有名な魔法少女達の得意技についても説明してくれた。


 例えばまじかる☆シトラスは物質の創造を得意としていた。

 あらゆる技術において他の魔法少女と比べると一級品だったらしいけど。


 現ナンバーワン魔法少女のルミナスは魔力の放出が得意、ルミナスインパクトってやつ。

 放出される魔力量はもちろんだし、直線での発射だけでなく途中で曲げることもできる。

 かなり難しい技術らしいけどできないという意味では僕にとっては他の技術と変わらない。


「つまり、それぞれ得手不得手はあるから、アンタにやりやすい方法で良いわよ」

「じゃあ例えば昨日うっかりやっちゃったみたいに、鉄柱の代わりに刃物を創造してそれを操作して切る、ってやり方でも良いの?」

「そうね…… 確かに、一から理論とイメージを組み立てるよりも、一度暴発したとはいえ成功させてる創造からアプローチする方が手っ取り早いかもしれないわね」


 苺坂さんの「難しいけどね」と付け加える言葉よりも「手っ取り早いかもしれない」という言葉の方が僕にとっては重要だった。


「ねえ、苺坂さん」

「口を動かす前に魔力と脳みそを動かしなさい」

「僕が苺坂さんの課題を全部クリアしたら、休日一緒に出掛けようよ」

「ど、どうしてアンタなんかと!」

「だってもう友達じゃないか」


 ストロベリーソースみたくピンク色の小さくて可愛い口をもごもごと動かしているのは分かるが、反論は言葉にならないみたいだ。


「これまで苺坂さんが叶えられなかったいろんなこと、全部叶えようよ。休日に友達と出掛けて、部活はここじゃ無理だけど定期的に放課後集まって何かやろうよ、僕のおすすめのバラエティ番組も教えるし、ゲームだって実家から送ってもらうから僕の部屋に遊びにおいでよ。いくら魔法少女のサラブレッドだからってさ、青春時代を奪われても良い理由にはならないよ」


 苺坂さんは鳩が豆鉄砲を食らったような表情で固まっている。


 やっぱり彼女の気持ち、分かる気がする。


 大きすぎる存在が身内に居るせいで、友達らしい友達を作れなかったんだろう。


 まじかる☆シトラスを母に持つ僕と同じように。


 なら、彼女の友達になれるのはきっと僕だけなんだ。


「これからはベリーレッドとまじかる☆シトラスの後継者とかそういうの抜きにして、苺坂さんと付き合っていきたいなって思ってるんだけど、どうかな?」


 苺坂さんの顔は名前通り、苺のように赤く染まっていた。

 何を考えているのか分からないけど、僕そんなに変なこと言ってるかな?


「お、お返事は今すぐには……」


 僕と友達になるのってじっくり考えなくちゃならない程のことなの……?


「わたっ、私は先に失礼するから!」


 苺坂さんは大慌てでバッグを抱え上げて調理実習室を出る。


 苺坂さんのバッグからまじかる☆シトラスのキーホルダーが落ちたが、彼女は気付かずにそのまま帰ってしまった。


 仕方ない、今夜寮に帰ってから届けよう。


「さてと、試してみるか、最高難易度魔法ってやつ……」


 僕はお茶でゆるんだ意識と身体を締め直し、もう一度キャベツの前に立った。



       ☆☆☆



 楽天学園魔法少女科の学生寮には各室に固有のチャイムが備え付けられている。


 ドアの隣のネームプレートには「苺坂」と記されている。


 ネームプレートの下のチャイムを押すと室内と通話が繋がる。


「ちょっと待って! ちょって待ってくれる!?」


 室内からドタバタと物音が聞こえる。


 程無くして室内の様子が落ち着くと、高級そうなシルク生地のパジャマに身を包んだ苺坂さんがドアを開けてくれた。


「ど、どうぞ……」


 どことなく表情が固く見える。


「ここで良いんだけど」

「私が良くないのよ!」


 必要以上に問い詰めまい。僕は招かれるままに苺坂さんの部屋にお邪魔させていただいた。


 まず一番に思ったのは、僕の部屋より広いということだ。

 僕の部屋が六畳くらいの広さなのに対し、この部屋は十畳はあるだろうか。

 仮にベリーレッドの娘だというのが起因しているとしたら、僕の部屋も同程度の広さの部屋が割り当てられても良いんじゃなかろうか。

 そもそも学生寮で部屋によって広さが違うってどうなんだ。


 やはり目に付くのは家具類のカラーリングだ。

 フローリングは同じものだとして、敷かれたカーペットはピンク、ベッドの掛け布団と枕もピンク、学習机の椅子も着席部分はピンクのマット。

 壁紙までピンクだったら気が狂いそうだ。


 あと、なんだこれ、良い匂いがするな。

 仄かに甘い、だけど少しフルーティーで高級な香りがする。

 女の子の部屋って初めてだけど、こんな匂いなんだ」


「ジャムにしてやる!」

「ごぶふぁ!」


 また漏れてたか。


「開口一番変態テイスティングご苦労様!」


 苺坂さんはぷんすかのご様子。


 というかテイスティングって言うな、殊更変態っぽく聞こえるだろうが。


「そ、それで……? 用事って、その、何……?」


 苺坂さんはベッドに座り、ピンクの枕を抱え込む。


「そりゃあもちろん? 私だってあれからいろいろ考えたし、でもアンタは大海原さんとその、そういう関係だと思ってたから…… でもまあ? 境遇とか考えれば分からなくは無いっていうか、アンタが何だかんだ頑張ってることも知ってるし、この間は命がけで市民を助ける様子とか見てその、かっ、カッコイイって思ったのはまあ、ホントだし、だからその──」

「これ、落としてたよ」


 ポケットから苺坂さんが落として行ったまじかる☆シトラスのキーホルダーを手渡す、のはちょっと憚られる雰囲気があったからテーブルに置いた。


「これ、私のじゃない。どうしたの?」

「今日落として行ったから」

「ああ、ありがとう」

「それじゃ」

「えっ?」

「え?」


「……」

「……」


 えっ、何この沈黙。


「まさか、これを私に届けに?」

「うん、そうだけど。それじゃ、明日もよろしくね」

「えっ、ああ、うん、それはもちろん。……えっ、それだけ?」

「そうだけど」

「あっ、そ、そう! な、な~んだ! あは、アハハハ! オッケーオッケー、分かったわ、よく分かりました……」

「もしかして何か僕に話でもあった? それなら聞くけど」

「あったけど! もう無くなったわよ!」


 苺坂さんは僕の背中を押しながらドアを開け、強引に部屋の外へ追い出そうとする。


 部屋から押し出された僕は、とても柔らかい二つの山に顔を埋めさせられた。


 えっ、山?


「うわぁ!」


 顔を上げると、ブルーのショートヘアが爽やかな、今朝見たシンプルなネル生地のパジャマに身を包んだまるが居た。


「えっ、ゆ、柚希、君……?」

「こんばんは、まる」

「ちちち違うの大海原さん! 誤解だから!」


 苺坂さんが何かを強く否定する。


「大丈夫だよっ! なぁ~んだそうだったのかぁ~! あははっ、これは失礼いたしました! そういう事なら言ってよ柚希くん、ボク勘違いしちゃって、もしかしたら、って…… そりゃそうだよね、すごい魔法少女を母に持つ者同士、うん、そりゃそうだ!」

「違うからね大海原さん!? いや、ちょっとは違くないというか…… でも、その、まだだから!」


 まだって何だ。僕の与り知らぬところで話が進行していくな。


「そっか、ってことはボクにもまだチャンスあるんだ……」

「んなっ! ま、負けないから!」

「負けるも何も、今は苺坂さんの方が圧倒的にリードしてるでしょ」


 入試の成績も入学後の成績もトップなんだから。


「そうなの柚希くん!?」


 涙目で僕に縋るまる。


「そうなの乱道君!?」


 めちゃくちゃ嬉しそうに僕に問う苺坂さん。


「ボクの方が胸大きいのに!」とわざと胸を強調させるように寄せるまる。


 バストサイズが成績に影響してたら文科省の品性を疑うぞ。


「私だって来年には追い抜かしてるから!」

「それは無いと思ストップ苺坂さん人間の肘関節はそっち側には曲がらないんだよ知ってる?」


 苺坂さんには保健体育と生物の補習を受けさせるべきじゃなかろうか。


「ところでまるはどうしてここに?」


 そもそもこんな時間に苺坂さんの部屋の前に居た理由があって然るべしだ。


「この間、暴走した柚希くんから助けてくれたから、お礼をしようと思ってさ」


 ちょっと胸に痛い話題。


「寮のキッチンを借りてクッキー焼いてみたんだ」


 まるはクッキーが盛られた小さめのバスケットを差し出す。


「料理までできるだなんて……」


 苺坂さんが悔しそうにそれを受け取る。


「二つあるけど、もう一つは?」

「これは柚希くんにあげようと思って」


 それは丁度良かった。

 ありがたく受け取る。


「あっ、安心して苺坂さん! ちゃんと苺坂さんのを先に作って、柚希くんのが後にオマケみたいな感じで作った方だから!」


 それ言わなくて良くない?


「私の分で練習したって訳ね!?」


 そっか、ラッキー。


「大海原さんとはそのうち決闘をする必要がありそうね」

「後悔しても知らないよ」


 まる、それは僕が身をもって証明した負けフラグだ。


「ふん、未来のナンバーワン魔法少女の力を見せてあげるわ」

「ボクだって柚希くんのナンバーワンは譲らないんだから! 帰るよ柚希くん!」


 まるに引っ張られながら僕の自室へと連れ帰られた。


 僕の部屋の前で、別れ際に「本当はオマケなんかじゃないから」って告げてまるは自室へと戻った。


 僕はまるから貰ったクッキーを、魔力コントロールの練習がてら手を使わずに魔法で口へ運んで食べてみた。

 クッキーの総数は十個、完食までに掛かった時間は五分。

 手で食べるよりは断然遅いけど上々の結果だろう。

 物体へ魔力回路を通して操作する技術はある程度身に付いたと見える。


 僕は確かな成長の実感を得られた。


 もちろん、クッキーは凄く美味しかった。


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