#13 “伝説”の子たち
今日のレッスンはそこまでで、僕は苺坂さんと一緒に寮へ帰った。
苺坂さんからは「魔力回路を通すところまでを復習、創造は一旦忘れなさい」と釘を、いや、鉄柱を刺された。
僕なりに自主トレーニングをしようと思い、一度自室に戻ってから着替え、ミニサッカーボールを持って寮の中庭へ出た。
もう日は落ちて景色の視認性が良好だとは言えない。
中庭には灯りが電灯一本しか無いから、足元のボールも気を抜くと暗がりに飲み込まれてしまいそうだ。
だが問題ない。
九年間のサッカー人生、毎日夜までボールに触っていた。
だから足元にあるボールを見失うことはあっても失いはしない。
少しだけリフティングをしてみた。
当然だが魔力コントロールとは何も関係の無い。
だけど懐かしくて、夢中になってボールと遊んでいると一時間が過ぎていた。
一時間の間、ボールはずっと空中にあった。
「流石サッカー都代表様じゃん」
背後からの声にボールタッチが乱れ、ボールは一時間ぶりに地面に落ちた。
「現役の頃なら人と話しながらでも続けられたんだけどな」
「じゃあまた練習しなきゃだね」
「ごもっとも。もう身体は平気なの?」
「おかげさまでね、今ならサービスエースだけで一セット取れそうなくらい」
まるに会ったのはおよそ一週間ぶりだ。
まるの入院の原因が原因なだけに、どこか気まずさを感じていた一週間だった。
だがいざ会って話してみると何のことは無いものだ。
やはりリラックスして話せる唯一の同級生だし、まるが学園指定の体操服を着ているせいで胸の主張に目を引かれる。
とにかく、心配していた僕達の間の不和は端から存在していなかったかのように、消え失せていた」
「途中から漏れてるし、しかも嬉しいからツッコめないじゃん……」
暗がりでも分かるくらいにまるは赤面する。
「なんでボール蹴ってたの?」
「魔力コントロールの訓練」
──を始めようとしてたら一時間が経ってました。
「苺坂さんに教えてもらってるんだ」
「へぇ、意外」
「意外とは失礼な、これでも僕なりに一歩踏み出そうと必死なんだよ」
「……そっちじゃないんだけどな」
小さく呟くまるの声が聞き取れなかった。
「それじゃ、ボクはそろそろ部屋に戻るよ。柚希くんも遅くなり過ぎないようにね」
「ありがとう、おやすみ」
「おやすみ!」
結局まるは何をしに中庭に来たんだろう。
という疑問は、去り際にまるがバレーボールを持っていることに気付き解消された。
「じゃ、やるか……」
僕は近所迷惑にならないよう小声で変身口上を述べた。
☆☆☆
「ふわぁあ……」
朝から欠伸が止まらない。
昨晩、サッカーボールを用いて足先から魔力回路を通す練習をしていたら太陽が昇っていた。
早朝もまるは中庭に現れ、事情を話すとエナジードリンクを買ってきてくれた。
そういう時はお味噌汁とかホットミルクとか、もっとリラックスできる身体に優しい物を出すべきだろうと思ったが、優しさの表出には変わりない。
僕はありがたく愛情とカフェインがたっぷり含まれたエナジードリンクを飲み、徹夜の眼を擦りながら登校した。
そんな僕の身勝手な事情は露知らず、苺坂さんは調理実習室で僕を待っていた。
「復習はしてきた? 昨日できたことが今日できなかったら話にならないわよ」
「大丈夫、魔力回路を通すだけなら寝ながらでもできると思う」
いやもう本当に眠りに落ちてしまいそうだけど。
「よろしい、じゃあさっさと変身して」
「分かった」と言って僕は調理実習室を出ようとした。
「ちょっと、どこに行くのよ?」
「トイレ」
「あぁ……」と苺坂さんは事情を察してくれた。
トイレから戻り調理実習室のドアを開けようとすると、中から苺坂さんの怒鳴り声が聞こえた。
「お母様には分かりっこありません!」
それから少し待つと苺坂さんの声は聞こえなくなった。
もう大丈夫かな。
僕は素知らぬ顔を作って入室する。
「お待たせ。……何かあった?」
知らんぷりをしようにも、肝心の苺坂さんが涙で目を腫らしていては触れざるを得ないじゃないか。
「別に何も」
「でもお母さんと何かあったんだろ?」
「はぁ? まさか聞いてたの?」
「聞いたというより、聞こえた」
「最悪、ジャムにしてやろうかしら」
どんなスプラッター映画だよ。
「苺坂さんのお母さんってベリーレッドだよね?」
「そうだけど」
「大変だよね、偉大な母がいると。ちょっとだけ気持ち分かるよ」
思い返せば、僕が苺坂さんの立場だとしても挑発と受け取ってしまうだろう。
苺坂さんのお母さんであるベリーレッドは、僕の母さんのまじかる☆シトラスに対してコンプレックスを抱えており、娘にその雪辱を晴らしてほしいのだろう。
きっと苺坂さんは幼少期からお母さんから厳しい訓練を付けられてきた。
何せ三歳で空を飛んでる訳だし。
なのに、まじかる☆シトラスの子供はつい最近魔法少女を目指し始めた落ちこぼれ生徒だ。
そんな僕から「気持ち分かるよ」なんて言われてみろ。
「ぶべらぁ!」
無言で右ストレートが飛んで来たって何もおかしくはない。
「アンタに何が分かるって言うのよ!?」
その通りである。
僕なんかに苺坂さんの気持ちなんて分かるはず無いのに。
「アンタにはせめて、優秀でいてほしかった……」
また、苺坂さんは涙を滲ませる。
「変身しようとすると吐く、高校生のくせに飛べもしない、魔法理論の基本さえも分かってない! そんな奴に勝つ為に私は十二年もの間地獄の日々を送ってきたっていうの!? ふざっけんじゃないわよ!」
苺坂さんの顔はぐちゃぐちゃだった。
初めて見る彼女の頼りない姿、スーパーヒロインとは程遠い十五歳の少女の顔だった。
「私だってアンタと大海原さんみたいに休日にクラスメイトとお出かけしてみたい! 部活だってやってみたかった! 友達とテスト前の放課後に集まってファミレスで勉強してみたかった! テレビだって観たかったしゲームでも遊んでみたかった! でも全部禁止されてた! 全部全部アンタに勝つ為よ! 会ったことも無いアンタに勝つ為! お母様に逆らう勇気も無いわよ! だって偉大なベリーレッドよ!? まじかる☆シトラスに次ぐ伝説級の魔法少女ベリーレッド! そんな人が私に後を継げって期待を寄せるのよ! 断れる訳無いじゃない! でもアンタは一度その宿命さえも捨てようとしたわよね!? 唯一、唯一よ唯一! 偉大な魔法少女の後継者という重責を背負う者、唯一親近感を抱いてた! でもアンタはさっさと逃げようとした、かと思いきややっぱり続ける!? そんなに軽いモノじゃない! まじかる☆シトラスはすごいの! まじかる☆シトラスはみんなの憧れ! 私もまじかる☆シトラスに救われたのよ! ベリーレッドじゃなくてまじかる☆シトラスの娘だったらって思ってた!」
苺坂さんが何について感情を荒げているのか、途中から分からなくなった。
きっと苺坂さん本人も分からなくなっていたと思う。
だけど確かに言えるのは、苺坂みるくは僕と同じ高校一年生の女の子で、まじかる☆シトラスが大好きな可愛らしい少女なんだってこと。
「だからお願い、乱道君。私の過去も、まじかる☆シトラスの遺志も、軽々しく口にしないで……」
そう言い残し、苺坂さんは調理実習室を出た。
静まり返った空間に取り残された僕は力無く変身を解いた。
五分後、戻ってきた苺坂さんはいつも通りの調子で、変身を解いた生身の僕を「やる気がない」と見做し殴り飛ばした。
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