#12 みるくのスパルタ調理実習室
僕はあの日の夜、電話で標さんに「鍛えてくれ」と申し出た。
辞めようとしていた、とは伝えなかった。
一度そう決めたのにやっぱ辞めない、それどころか強くなりたいだなんて恥ずかしくて言えなかったからだ。
標さんは喜んでくれた。
僕が魔法少女として歩むと決めた意志を汲んだのだろう。
当然といえば当然だが、標さんは現ナンバーワン魔法少女だ。
僕のような一般人が想像する以上に多忙の日々を送っている。
だから標さんが直接鍛えることはできないから、代わりの指導者を学園を通して用意すると言ってくれた。
忙しい中でそのような計らいをしてくれる標さんは余程人が出来ているか、もしくは僕のことが好きなのだろう。
流石に前者だな。
学園には少しばかりのプロ魔法少女が常駐している。
というか先日の一件からそうなった。
だから、プロの誰かが鍛えてくれるのだろうと思っていた。
もしくはフェアリーのにゃんぷる先生とか、元魔法少女の教師とか。
だから放課後、呼び出された調理実習室に制服にエプロン姿の苺坂さんが居たのは何かの間違いだろうと思った。
「ごめん苺坂さん、今からここ使うんだ」
「あんのバカナンバーワンが……」
ようするに、僕も苺坂さんも標さんに謀られたらしい。
「恥ずかしくないの?」
当然恥ずかしい。
「辞める」と言ったのは棺理事長を除いて苺坂さんだけだ。
一番仲が良いまるにさえ言ってない。
むしろ原因が原因なだけにまるにだけは言えなかったというのが本音だけど。
それでも僕は強くなりたいと思ったのだから、恥なんて些細な理由でチャンスを逃す訳にはいかない。
そう、これはチャンスだ。
知る限り最も優秀な魔法少女候補生から教示を受けられる。
そりゃ二年生や三年生の先輩の実力なんて知りやしないが、苺坂みるくという人は間違いなく優秀だ。
あらゆる授業でトップの成績を取っているのは当然として、僕がまじかる☆シトラスから受け継いだ力をぶっ放さなきゃならなかったあのドクター・レオンに単独で、しかも汎用パクトで挑み、彼女は生き延びた。
プロでさえ殉職する魔法少女界において、死なないというだけで上々の成果だ。
それにたかが数百メートルの距離でまじかる☆シトラスの魔力を用いた魔力爆発を防ぎ切った実績もある。
「そうも言ってられないかなって」
「そう」とだけ返事をして、苺坂さんは備え付けの冷蔵庫からキャベツを二玉取り出した。
「じゃ、切って」
「魔力コントロールの修行だよな?」
当たり前のことを確認する。
「そうよ」
当たり前でしょう、と言わんばかりに、僕をバカにしたような表情で返事をする。
僕なんかには分からない高尚な思惑があるのかもしれない。
僕は包丁を持ちキャベツをまな板の上に置いた。
「何してるのよ」
「何って、切るんだけど」
「魔力コントロールの修行に包丁なんか使う訳無いでしょ?」
「包丁を使わずにどうやって切るんだよ」
「手本を見せてあげる」
苺坂さんは汎用まじかるパクトを以て変身する。
赤と白のコスチュームに身を包んだ苺坂さんが左手の指を軽く動かすと、キャベツは宙に浮いた。
右手の人差し指をキャベツにかざし、軽く上下に往復させるように動かす。
するとキャベツはみじん切りになり、まな板の上にばさっと音を立てて落ちる。
「なんでエプロンを着る必要があったんだ?」
「そこじゃないでしょ?」
気になったんだから仕方無いだろ。
「それってぶっちゃけ、難しいの?」
「やれば分かるから」
それはそうだ。
だが、それ以前に壁が一つあるんだよな。
「僕、今変身できないんだよ、知ってるだろ? 変身しようとすると吐いちゃうんだ」
「知らないわよそんなの。トラウマ? さっさと克服しなさい」
そう言って苺坂さんが右手の人差し指を僕に向ける。
僕のポケットから汎用まじかるパクトが浮かび上がってきた。
そのまま僕の右手が勝手にパクトを掴み、左手の人差し指で正面部のボタンに触れる。
『まじかるオープン!』
「オエェェェェェェ!」
僕は盛大に嘔吐した。
よりにもよって、学園内で唯一料理を行う部屋で。
「はいはいはいはい、早く変身する!」
手を叩きながら急かす苺坂さん。
そのハンドクラップに合わせて僕の身体は変身の手順を追わされる。
まじかるパクトから黄色いベールが溢れだし、僕の口からは──
これ以上は言うまい。
そうして、日本一グロッキーで子供ウケ最悪な魔法少女が爆誕した。
「苺坂さん、今日はここまでにしません?」
まずは変身へのトラウマを解消するのが先決ではありませんか。
「変身できてるじゃない、やるのよ」
ですわな。
僕は苺坂さんのお手本を思い出しながら、真似して新たなキャベツに指を向ける。
魔法は想像力から、授業でにゃんぷる先生が言っていた。
まずは叶えたいことを明確に想像する、そうなって当然だと信じ切る、そのインスピレーションを保ちながら魔力を対象に流し込む。
これが魔法の基礎理論だそうだ。
理論は何となく分かる。だが「分かる」と「できる」は全くの別物だ。
叶えたいことを明確に想像する、できる。
何故ならさっき苺坂さんが目の前でやって見せてくれたから。
そうなって当然だと信じ切る、それも多分できる。
苺坂さんのお手本があったから。
そのインスピレーションを保ちながら魔力を対象に流し込む、これがどうにも分からないんだよな。
魔力を対象に流し込むって何だよ、まず魔力って何なんだよ。
見えないモノを自在に操るイメージが分からない。
だから、キャベツは切り刻まれるどころか浮きもしない。
「そういえばアンタ、飛べないんだったわね……」
「まずは飛べるようになるしかないってことか?」
「いや、逆ね。物を浮かせられるなら自分も飛べる、自分を浮かせればいいんだから」
「じゃあ物に魔力を流し込む方法を教えてほしい」
「中学レベルよ?」
「苺坂さんが箒で飛んでキャッキャ言ってた頃、僕は全国中学サッカー部のトッププレーヤー達とヨーロッパ遠征に行ってたんだよ」
皮肉のつもりで言った。
「私が箒で飛んだのは三歳の頃だから、アンタは未だ幼児ってことで良い?」
お澄まし笑顔で返された、敵わん。
「すみません、教えてください」
「よろしい」
今度の笑顔は邪気の無い、純な薔薇のような笑顔。
可愛いんだよな、なんか悔しいけど。
「まずは魔力とは何たるか、ってことを正しく理解した方が良いわね。この間ヴィランを殺した時、どういう感覚だった?」
「そうだな…… なんか、体内を駆け廻ってた。途中から外に出ていこうとしてる感じで、それを必死に抑え込んでた。具体的にどうやって抑え込んでたかは分かんないけど、こう、イメージで?」
「魔力は血液に流れてるのよ」
「えっ?」
初耳だった。
授業でもそんな話無かったし。
……多分。
「授業でも言ってないから乱道君が知らないのも仕方無いわね」
中学生レベルだから、ってことか。
「魔力コントロールは即ち血液のコントロールみたいなものよ」
「もしかして、僕がドクター・レオンを倒したあの爆発って身体から血を噴き出したの?」
「そうじゃない? その瞬間の現場を見てないから分からないけど。まあ、その直後に気を失ったのは貧血ってことでしょうね」
「じゃあ魔力の暴走は? アレは何なんだ?」
「諸説あるわ。フェアリーと一緒に研究中らしいわよ」
なら一旦置いておこう。
「魔力コントロールは即ち血液のコントロール、でも人が体内の血液をコントロールする術なんて無いんじゃないの?」
だって人が血液をコントロールできるなら止血も簡単にできる。
そんなことができるならサッカーをやっていた頃に知りたかった。
「単純に血液のコントロールだと捉えると、ハッキリ言って無理ね」
「じゃあどうすれば?」
「魔力は血液中にある、だけど魔力をコントロールするのは脳。いえ、イメージしやすく言うと意識、ね」
「ごめん、ちょっと何言ってるか分からない」
「血管を通る血液、それはイメージできるわよね?」
「できる」
「その中に魔力が含まれている。だから体内の魔力の流れは基本的に血液の流れだと思って良い。ここまでは?」
「理解してる」
「でもそれは血液と一緒に流れてるだけ、つまり平常時の魔力の流れ。アンタがドクター・レオンを殺した時、どんな感じだったんだっけ?」
「体内を駆け廻ってた」
「そうね、で?」
「外に出ていこうとしてる感じで」
「そう、何でだと思う?」
何故、だって?
……あれ、何でだ?
「活性化した魔力は体外に出ようとする性質があるの」
「どうして?」
「空気中には微小な魔力が漂っているの」
「空気中に!?」
「そんなに驚く?」
いや、まあ、ちょっと予想外だっただけで冷静に考えればそこまででも無いのか。
だって僕、空気中に含まれる気体の内訳とかもよく分かんないし、それ以前に魔力が気体だとも限らないし、そもそも魔力なんて前時代ではオカルトだと断じられたであろう概念だし。
「この辺にもふわふわ浮いてんの?」
「浮いてるわよ。とにかく、魔力は活性化すると体外に出ようとする、それは空気中の魔力と結びつこうとするから。この辺も中学生レベルだから覚えといた方が良いわよ」
「分かった、覚える」
「この辺で察しの良い人なら物に魔力を流すイメージが掴めたりしそうなものだけど、乱道君はどう?」
体内の血中に魔力があって、活性化すると体外に出ようとする、それは空気中の魔力と結びつこうとするから、か。
つまり、僕の指先から魔力を放出してキャベツまでの空気中にある魔力を巻き込むように通せば、コントロールできるってことか?
「ちょっとやってみて良い?」
「どうぞ」
まずはいきなり魔力とかいうふわっとした概念ではなく、血液が流れる血管をイメージする。
そこに魔力が流れてる、見えないからそうイメージする。
血液を送り出すのは心臓だから、左の胸をスタート地点にしよう。
そこから魔力が動き出して、左の脇、二の腕、肘を通過して掌、そして人差し指の先へ。
じんわりと温かい、母さんのまじかるパクトに触れた時の、あの温もりだ。
人差し指の先から、外へ。
指先からまな板の上にあるキャベツへの一直線の道をイメージする。
ゆっくりと、ゆっくりと進み、キャベツに──
「あ、繋がった」
僕の左手の人差し指とキャベツが、直接触れ合っているような感覚。
間違いなく僕の触覚がキャベツの表面の質感を感知している。
そのリアルな感覚が視覚情報と食い違い、違和感を感じる。
「今のそれは、アンタとキャベツの間に魔力回路が通じただけの状態。あまり褒めたくないんだけど、普通の人ならそれができるようになるまで一ヶ月くらい掛かるから」
「僕が凄いってこと?」
「まじかる☆シトラスの子供なんだからそれくらいできて当然!」
サッカー部時代に散々ドリブル練習をしたおかげだと思う。
小柄な僕が都代表に選ばれるまでになったのは繊細で正確なボールタッチが理由だ。
足先から離れたボールとの間に一本の糸を繋ぐイメージ、それが僕の唯一の努力の成果。
「このまま持ち上げれば良いの?」
「とりあえずやってみて」
繋がってるから、このまま……
「お、重い…… ダメだ、持ち上げられない」
キャベツはびくともしない。
「でしょうね。何故だと思う?」
「魔力が弱い、とか?」
「まじかる☆シトラスの魔力を体内に宿したアンタの魔力が弱かったら誰ができるっていうのよ」
違うのか。
でもこれ以上は工夫やイメージでどうこうできる問題でも無い気がする。
「魔力回路を太くするのよ」
「どうやって?」
「指とキャベツの間の空気中の、もっと広い範囲の魔力を巻き込むの」
苺坂さんの言葉通り脳内でイメージを膨らませるべく、目を閉じる。
もっと広い範囲、イメージしろ、イメージしろ。
もっと広く、一本の糸じゃなくて、もっと太く。
もっと太くもっと太くもっと太く、指先から魔力を送るんだ。
キャベツを持ち上げられるくらい、力強く、硬く。
指先からキャベツへ魔力を通す!
「きゃぁ!」
苺坂さんの悲鳴で我に返る。
「なんだ、これ……?」
僕の指先から鋼鉄の柱が飛び出しキャベツを貫いていた。
いや、その奥のまな板とテーブルまでも貫いている。
「苺坂さん、これは一体?」
「魔力による物質の創造ね。何で基礎中の基礎である物体浮遊よりも先に最高難易度魔法をやってんのよ……」
「もしかしてなんだけど」
「何!?」
「僕が凄いってこと?」
「まじかる☆シトラスの子供なんだからそれくらいできて当然!」
だよね、サッカーで指から鉄柱は出さないもん。
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