#11 誰でもない彼女からの言葉

 土曜日なのに、僕は制服を着て校舎に居た。


 棺理事長と話をするべく、僕は理事長室の扉を叩いた。


「休日だぞ? まさか君がここまで勤勉な生徒だとは思っていなかった」


 初めて僕と話したソファーで、棺理事長はタバコを吸っていた。


「お話があります」

「そりゃ話も無いのにここに生徒は来ない」


 棺理事長なりの歓迎の言葉と受け取り、僕もソファーに座る。


「先日は災難だったな。まさかここにヴィランが侵入してくるとは、予想外だった。今後は島内にプロの魔法少女を常駐させることになったんだ。学生達には安心して生活してほしいからね。そして親御さんにも安心して子供を預けてもらう為にも、だ」


 棺理事長は吸い終わったタバコを灰皿に擦り付けて火を消し、また新しいタバコに火を付けた。


「学園生活はどうだい? まだ二週間だが、もう慣れたかな? 君にとっては親しみの無い魔法少女という科目に一苦労だろう。ああ、男子高校生にとっては自分以外女の子だらけという環境の方が──」

「退学させてください」


 棺理事長が咽る。


「早くない?」

「タイミングとしては妥当かと」

「ま、まあ? 先日の一件が理由だろうけども。いや、えっ、退学?」

「はい、普通科高校に編入して真面目に就職を目指したいです」


 棺理事長は悩みながらこめかみを掻こうとして、


「ぅあっつッ!」


 人差し指と中指に挟んであったタバコが頬に触れた。


「慌て過ぎでは?」

「正直に言おう、割と驚いている」


 この大人、マフィアの女ボスみたいな見た目に反して間の抜けた人だよな。


「君の意思は理解した。その理由は? ヴィランに遭遇して怖かったから、なんて理由では無いだろう? 一般人なら正当な理由になり得るかもしれないが、何せ君はヴァズリーランド襲撃事件の時にヴィランという存在には遭遇しているし、何なら死にかけている。なら何故だ?」

「単純に、僕が魔法少女という職業に相応しくないからです」

「詳しく聞かせてくれるかい?」

「能力、精神面、共に不適だと思うんです。能力に関しては簡単です。僕は弱い、なのにヴィランに立ち向かい、その結果友人を傷付けました。精神面に関して言うと、即座にヴィランに立ち向かえませんでした。でも逃げ遅れた人を救う為に戦場に向かい、そこでもまた、先に戦っていた友人が僕のせいでヴィランの攻撃を受けることに繋がりました。それだけじゃありません。能力と精神面の両方ですが、僕の根拠のない自信と無謀な策でヴィランを倒せたは良いものの、その結果魔力の暴走に繋がっているんです。そんな僕がプロの魔法少女になってしまえば市民に危害が及んでしまうかもしれません。だから、辞めます」


 棺理事長は終始、僕の言葉に真摯に耳を傾けてくれた。


 僕が言い止めると、棺理事長は短くなったタバコの灰を灰皿に落とし、最後にもう一度深く煙を吸った。


「面白いくらい柚子にそっくりだな」


 何をバカなことを。

 史上最強の魔法少女にそっくりならこんな事になっていない。


「少年、ちょっとお姉さんの昔話に付き合え」

「お姉さんはちょっとキツいな」

「分かってるよクソガキ!」

「少年って歳でも無いんですが」

「二回り近く下の君を少年と呼んで何が悪い」

「やっぱおばさんじゃないですか!」

「腕出せ」


 新たに火を付けたタバコの用途が怖い。


「柚子の話だ」


 良かった、咥えた。


「柚子の新人時代のあだ名を知っているか?」

「知りません」

「落ちこぼれ、だ」

「ご冗談を」


 未来の史上最強の魔法少女が何故そんなあだ名を付けられる?


 女子の「可愛い」くらい信じ難い。


「事実だ。何故だと思う?」

「何か、突出して苦手なことがあったとか?」

「いいや、単純に落ちこぼれだったからだ」


 もちろん信じられない。

 僕の知る母さんはいつも笑ってていつも誰かを救っていた、ヴィラン事件解決数歴代トップのスーパーヒロインだから。


「学生時代は学年で最下位の成績、飛べない、魔法も使えない、そんな魔法少女候補生だった」


 まるで今の僕みたいだ。


「まるで今の君みたいだろう?」

「だから母さんみたいにいずれは史上最強の魔法少女になれると、いつか飛べる、いつか魔法を使いこなせるようになれる、と? だから辞めるなと?」


 大抵の理想論は現場に通用しない、僕の落ちこぼれ度合いを甘く見るな。


「教育者ならそう語るだろうが私は違う。何故なら本職は教育者では無いからな」

「では、何が言いたいんですか」

「まあそう結論を急ぐなよ。話が長い男がモテないのはもちろんだが、結論を急ぐ男もモテないぞ」

「彼氏います?」

「そのうち運命の人に出逢えるわボケクソバカガキ!」


 なんでこの人は子世代の僕におちょくられてるんだろう。


「何故柚子は強くなれたと思う?」

「そりゃ本当は才能があったか、めちゃくちゃ努力したかのどっちかでしょう」

「その二択の包括力高すぎだから、趣が一切無い答え止めてもらって良い?」


 めんどくさいなぁ。


「なんですか、分かりません」

「お利口。柚希君、君が生まれたからだよ」

「だろうな」

「少しくらいシリアスな空気感で話そうとは思わない?」

「あのですね、僕は魔法少女になる道を諦めました。とっくに心は決まってるんです。今日はただ退学届を提出しに来ただけで理事長と話したい訳でも無い。ましてや何を話されたって考えを改めたりはしません。そもそも、僕はもう魔法少女には変身できないんですから」


 お決まりの展開というものがある。


 主人公、今でいえば僕の立場の人間が挫折し、一つの道を諦めようとする。

 すると身近な誰かと対話を行ったり、何か転換点に成り得る事件が起こり、主人公は立ち上がりもう一度戦う。

 そんな漫画や映画ではお決まりの展開。


 正直、知ったこっちゃない、と僕は思う。


 死にかけて、殺しかけて、身近な人に迷惑を掛けた、危険に晒した。


 なら身を引くだろ、普通の神経をしてたらさ。


「柚希君、君が生まれたからだよ」

「もしかしてセーブデータをロードしてきました?」

「柚希君、君が生まれたからだよ」

「無駄ですよ」

「柚希君、君が生まれたからだよ」

「だから」

「柚希君、君が生まれたからだよ」

「辞めますから」

「腕出せ」

「そこまで戻るの!?」


 棺理事長こそシリアスな空気感で話す気無いだろ。


「分かりましたよ、聞きます続けてください、だからいい大人が泣くな」

「私まあまあ良い役職の人間だからさ、ここまで無下に扱われるの久々でちょっと……」


 本気でうっとおしくなってきたからハンカチを差し出し、話を聞くことにした。


「僕が生まれたから、というのは?」

「柚子は君が生まれてから、それはそれは途方もない努力を重ねたよ。そうして、いつしか史上最強の魔法少女と呼ばれるまでの地位に昇りつめたのさ」

「僕を脅威から守る為ですか」

「いいや、更に稼ぐ為だ」

「それで良いのか国民的スーパーヒロイン!?」

「それくらいの時期に魔法を用いた一般向け電話回線の開発が始まってさ。ご主人の将来を心配したんじゃない?」


 父さんをリストラした会社の名はdoc〇moという。

 今となっては科学技術オンリーの電話回線なんて通信が遅すぎて使い物にならないけど、まあ細々と何かしながら会社として生き残ってはいるってのが現状だ。


「それもこれも君の為だからね? 学費とか、サッカー部の活動に必要な諸々の諸経費とか」


 僕を守る為に強くなった、それで良くないか?

 何故おおっぴろげに真実を語る必要があったんだ。


「その結果、僕は母さんとほとんど会えない日々を送ってました。なんか本末転倒な気もしますけど」

「そうかい?」

「そうですよ。家族揃って出かけたのもあの日のたった一度だけ、母さんの手料理の味だって知らない」

「同じことを柚子はいつも私に話していた。母親らしいことを何もしてやれない、悔しい、ってね。だが日本国民の期待を裏切れるほど強くもないから、私はいつまでも政府のイヌを続けるしかない、と。でもね柚希君、柚子は本当に君を愛していた、親バカだよ。これを見てくれ」


 棺理事長はテーブルに一枚の紙きれを置く。


「君が柚子の誕生日にプレゼントした、お手伝い券」

「くしゃくしゃじゃないですか……」

「当然だ。柚子はいつもこれをポケットに入れていた。ヴィランと戦う時もミニポーチに入れていたんだ。柚子は口癖のように言っていたよ。「柚希が反抗期になったらこれ使ってハグしてもらうんだ」ってね」


 今更知らされても困るよ。

 母親面は生きてるうちにしてくれなきゃ意味無いのに。

 いや、生きてるうちにしてた訳で、それを今知らされただけなんだけど。


「だからさ柚──」

「だからそんな母親の遺志を継げ、と? 無理なものは無理ですよ」

「そうか」


 棺理事長は次の言葉を発さずに、理事長室奥の窓の方へ歩き外を眺めながらタバコを吸う。

 僕は固唾を呑んで次の言葉を待つ。


「ぶっちゃけ、どうしたら残ってくれる?」


 僕は退学届をテーブルに置いて理事長室を早足で後にした。



       ☆☆☆



 寮の玄関前で苺坂さんが僕を待っていた。


 僕を見るなり一通の封筒を押し付ける。


「ラブレター?」

「んな訳無いでしょ。アンタが救けた女性の母親から」


 なんで苺坂さんが、とは思ったがどうでも良いか、そんなこと。


「じゃ、確かに渡したから」


 苺坂さんは足早に自室に戻ろうとしたので引き止める。


「僕、辞めようと思う」

「どうして?」

「魔法少女に相応しくないから」

「くだらない、勝手にすれば? でもその手紙は読みなさいよ。紛れも無い、アンタの魔法少女としての一つの功績なんだから」

「魔法少女の功績って何だよ。確かにヴィラン事件を解決したかもしれないけど、その後ヴィラン以上の被害を出したのも確かだ」

「こんなこと言いたかないけど、魔法少女の功績はヴィラン事件の解決が全てじゃない、アンタはあのまじ──」


 苺坂さんは呆れたように言葉を打ち切り、溜息を吐いた。


「やっぱ良い、それを読みなさい。じゃ」


 不器用だけど、僕の退学を引き止めようとしてくれたのかな。

 いや、魔法少女というものを軽視する僕に嫌気が差しただけかもしれない。


 どっちでも良いか。


 自室のベッドに寝転がり、封筒を開封する。


 中には二枚のシンプルな便箋、丁寧な筆致で所狭しとびっしり書き綴られていた。


 僕が助けた、というよりは助けようとして結果的に苺坂さんに任せた彼女には兄が居たらしい。あのヴァズリーランド襲撃事件に巻き込まれて亡くなった兄が。母親はまた子供を喪うところだった。それを救ってくれた僕への感謝が言葉を変え何度も重複して、その結果が二枚の便箋の消費だった。


 それは、大衆からまじかる☆シトラスに向けられたものではなく、僕の母の代弁者をかたる者の正論詭弁でもなく、一人の市民から僕という魔法少女に宛てられた手紙だった。


 キャリーに詰め込んだ荷物を大急ぎで解き、思わず涙を滲ませる自分が、果てしなくダサく思えた。



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