#10 問「魔法少女はヒーローか、公務員か」
電子音が等間隔で鳴っている。
視界は真っ白だった。
いや、隅にあるのはカーテンレールか。
右手に違和感を感じる。
「いって……」
確認する為に頭を動かそうとしたら内側から鈍い痛みが走った。
代わりに右手を動かして視界に収めると、点滴針が刺さっていた。
病院か。
そこでようやく僕がベッドに寝かされているのが分かった。
何で病院に居るんだっけ。
まると大型商業施設に出掛けて、ヴィランが現れて、倒して、それから……
「まるッ!」
そうだ、僕はきっと暴走してたんだ。
ヴィランを倒した直後に意識を失って、次に意識を取り戻した時、僕はまるの首を絞めながら苺坂さんや標さんと戦っていた。
意識はあったんだ。
なのに僕が僕じゃないみたいだった。
内側の強大な魔力に引っ張られるように、僕の身体は勝手にみんなを傷付けていた。
最後に聞こえたのは標さんの声だった。
きっと暴走した僕を鎮めてくれたんだ。
何だよ、プロ魔法少女は来ないんじゃなかったのかよ。
「起きたの柚希くん?」
左のカーテンの向こう側からまるの声がする。
「まる、無事!?」
「無事、とは言い難いけどね。でも割と元気だよ、いぇいっいぇいっこの通り! あ、見えてないのか」
自由な左手でカーテンを開けると、まるもベッドの上に居た。
上体を起こせる程度には元気なようで、少し安心した。
「良かったよ、柚希くんが無事で」
あんなことをした僕を気遣ってくれるのか。
大海原のように広い心を持つまるに、僕は劣等感と愛おしさを感じた。
「……ごめん、まる」
「謝らないでよ、正気じゃなかったのは知ってるから」
まるもまだ身体が万全では無いだろうに、顔と表情だけは明るくしてくれる。
「凄いよね、ルミナス。流石ナンバーワン魔法少女って感じ」
「うん、ルミナスが居なきゃ僕はまるを……」
「殺してたかも?」
まるの細い首を絞める右手の感覚は皮肉にもハッキリと思い出せる。
一瞬吐き気がした。
「舐めてもらっちゃ困るなぁ。実技最低成績の柚希くんには負けないもんねーだっ!」
「ははっ、バカ」
「何をぉ!?」
「無理してるだろ」とは言えなかった。
それも僕の為なんだって分かってたから。
「そういえばまる、飛んでたよね」
「はっ! そう! そうなんだよ! 宙に投げ出されてる柚希くんが見えてさ、気付いたら変身してて、飛べてたの!」
まるはきっと、人を助ける為に成長したんだろうな。
「まさにヒーローだね」
「えっへっへ~」
バカみたいに顔が綻んでやがる。
「でも柚希くんこそヒーローだったじゃん」
「僕が?」
まるを傷付けておいて、か?
「逃げ遅れた人が居るって聞いた途端に走り出してた。僕はヴィランが怖くて動けなかったもん」
「それを言うなら苺坂さんだよ。ああいう人こそ、真のヒーローだって思う」
彼女はヴィランが現れたと聞いた瞬間に走り出した。
しかも冷静に、僕達に避難誘導の指示まで出して、だ。
「僕は怖くて苺坂さんの後を追えなかった。まると同じで怖くて動けなかったんだ」
「じゃあもっと凄いよ、柚希くんは」
「どうして?」
「怖くて動けなかったはずのに、誰かを救う為にそれを振り切って走った。最初の衝動を理性で振り切れる人って、強いと思う」
まるの目はどこか悲し気だった。
「理性じゃないよ、いつの間にか走り出してたしずっと戻れ戻れって自分に言い聞かせてたんだから」
「それでも走るのを止めなかったんでしょ? やっぱ柚希くんは強いよ……」
まあ、そう見えていたならこれ以上否定する必要も無いか。
「ボクと柚希くんって似てるって思ってたんだ」
前に話したな。
夢を諦めた者同士、家族の為に魔法少女を志した者同士。
「今回、よく分かった。ボクは柚希くんには遠く及ばないって」
「そんな訳無いだろ、飛べるようになったじゃんか。僕まだ飛べないし」
「そういうんじゃなくてさ、なんだろ、精神的に未熟なんだよ」
それこそ大間違いだ。
殺されかけた相手を許し、それどころか元気づけようとしてくれたまるの精神が未熟であってたまるか。
「苺坂さんは怖がりもしなかった、柚希くんは怖くても走り出せた。でもボクは動けなかった、それが全てじゃないかな。魔法少女になんてなれないよ、こんなんじゃ」
「それは違うよ、まる」
じゃああの場に居た学生はみんな魔法少女になれないじゃないか。
「違わないんだよ! ヴィランが現れて、一般人が逃げてて、そんな時に動けない魔法少女は何の為に高い給料を貰うって言うのさ!? ボク、ちょっと勘違いしてたよ。魔法少女はただの公務員じゃない。毎日同じ時間に出勤してパソコンや書類とにらめっこして同じ時間に退勤して、それで安定した給料を貰えるんじゃない。もしもの時に命を張って戦わなくちゃいけない、だから魔法少女は公務員なんだ! だから魔法少女は普通の人達より沢山給料を貰えるんだ!」
「でも僕を助けてくれたじゃないか」
「私情が無いと動けないなんてプロ失格だよ!」
ふと母さんを思い出してしまった。
史上最強と謳われるまじかる☆シトラスだって最期は私情の塊みたいな選択で人生の幕を閉じた。
それを思えば、僕はまるのその言葉を否定しきれなかった。
僕がまるの立場なら同じことを思っただろう。
「でもね、本当に辛いのはそんなことじゃない…… ボク、魔法少女になりたくない。そう思っちゃったんだ」
言葉を挟めなかった。病院という空間の静寂がここまで憎く思えるとは。
「家族の為に夢を諦めてまでこの道を選んだのに、魔法少女になんてなりたくないって思った。逃げ出したいって思っちゃった。そう思ったらね、中学までのプロバレー選手になりたいって夢もすっごく軽いモノに思えてきちゃったんだ。弟と妹の未来を背負うって覚悟もボクにとってはその程度だったんだって、覚悟決めたつもりで本当は口だけだったんだって思えてきちゃったんだ。じゃあボクに何が残るんだろうって、そう、思っちゃったんだよ……」
まるは泣いていた。
「ヤだよ、ヤだよこんな自分……」
号泣ではない、溢れだす自分の思いを押し殺そうとする、痛々しくもある滲み出た悔し泣きだ。
「それにね、ごめん。抱え続けるのはキツいから言うね。あの時の柚希くん、すっごく怖かった。ヴィランが出たって分かった時よりもずっと、怖かった」
僕は「ごめん」の一言も出なかった。
小心者め。
人の身体は時間が経てばほとんど元通りになる。
僕の全身の神経の損傷だってそうだ。
傷だって骨折だって勝手に修復してくれる。
だから標さんが僕の暴走を治めてくれた時、安堵した。
死ねばそれは不可逆だ。
でもまるを殺さずに済んだ、きっと元通り元気になるって。
そうじゃないんだよな。
僕は一人の女の子の、心を傷付けてしまったんだ。
ごめん、まる。僕が弱くて。
ごめん、まる。僕なんかが強くて。
ごめん、母さん。やっぱり継げそうにないや。
翌週の魔法少女実技の授業では、変身しようとする度に僕は嘔吐し続けた。
暴走した日から一度も、魔法少女になれなかった。
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