#9 身に余る

「柚希くぅーーーーーーーーん!!!」


 まるの声がする。死ぬ間際の幻聴かな。


「んぐゥ! 重っ!」


 宙で慣性と重力に委ねられていた僕の身体が受け止められた。


「大丈夫!? というか柚希くんで良いんだよね!?」

「まる……?」


 僕を受け止めたのは、宙に浮くまるだった。


「全学生と一般人の避難が完了したんだよ! だから助けに来た!」

「バカ、止めとけ…… アイツ、マジで、強いから…… げほっ」

「でも柚希くんと苺坂さんが……っ!」

「苺坂さんは先に避難したから…… 全員、避難終わったの?」

「うん、もう一人も残ってる人は居ない!」


 それはありがたい情報だ。


「まる、もう一度僕を六階まで連れて行ってほしい」

「何で!? まだ戦う気!? 一度退いてプロの魔法少女の応援を待つべきだよ!」

「来ないわよ」


 苺坂さんだった。

 下から宙に浮く僕達を見つけやって来た。


「来ないってどうして!?」

「通信が繋がらない。学園とも本土ともね」

「そ、そんなぁ……」

「僕に策がある」

「聞かせてもらおうじゃない」

「先に確認させてほしい。苺坂さん、あの人は避難できたんだよね?」

「ええ、安全な場所へ運んだ。魔法で応急処置も施したから命も保証するわ」

「ありがとう。まる、本当に施設内に一般人は居ないんだよね?」

「うん、間違い無い」

「避難誘導ありがとう。苺坂さん、僕は六階に戻るから避難した一般人を衝撃から守ってほしい。魔法でも物理的にでも、任せる」

「何をする気?」

「僕なりに、策を思い付いた」

「ドクター・レオンを殺せるのね?」

「ああ、必ず」


 苺坂さんは無言で僕を見つめる。


 大丈夫だ、絶対に何とかする。

 僕は苺坂さんをまっすぐ見つめ返した。


「……良いわ、今回は乗ってあげる。一般人は私に任せなさい。大海原さんは乱道君を運んであげて」

「わわっ、分かった!」

「一つ言っておくけど」

「何かな」

「アンタを認めた訳じゃ無いから」


 そう言い残し、苺坂さんは地上に戻ると超広範囲に魔力障壁を張った。


 やはり彼女は優秀だ。

 僕なんかが敵う相手じゃないよ。


「柚希くん、ボクは反対だよ」

「ごめん、でも──」

「でも今は飲み込む」

「……ありがとう」


 まるの気持ちは汲んでいるつもりだ。

 それでも僕が行くしかないんだ。

 苺坂さんでも勝てなかったヴィランに、他の魔法少女候補生が勝てるとは思えない。


「今日は楽しかった。誘ってくれてありがとう」

「ボクも。だからさ、また来ようよ」


 返事はしなかった。


 僕はまるにお姫様抱っこされながら六階まで運んでもらった。


 まるは「自分も戦う」と言ってくれたが断った。

 戦うつもりは無い、一瞬で終わる。

 まるを巻き込むわけにはいかない。


 そして何より、これは僕が付けなきゃいけないケジメなんだ。


 六階フロアは相変わらず地獄の様相だった。


 さっきよりも施設の崩落が進んでいる。

 壁はほとんど剥がれ落ち、炎の勢いは更に増していた。

 商業施設としての機能が復活するまでにかなりの期間を要しそうだ。


 まるが苺坂さんの元まで後退したのを確認してから、僕は虚空へ話し掛けた。


「ドクター・レオン、居るんだろ?」


 声を投げるが返事は無い。


「今からこの施設をまとめて吹き飛ばす」

「正気かァ?」


 正面数十メートルあたりの地点から声が返ってきた。


「まさかテメエが戻ってくるとは思わなかったぜェ。来るとしたら赤髪のお嬢ちゃんだと思ってた、だから大人しく待ってたんだがなァ」

「彼女は来ない。害獣の駆除なんて僕一人で十分だ」

「ほざけよガキィ…… 魔法も使えない魔法少女に何ができるってんだァ?」

「魔法なら使えるさ」

「使えねェだろォ! もう分かってんだよォ、ハッタリでどうにかなると思ったら大間違いだぜェ!」

「大マジだよ」

「言ってろ。時間を稼ごうってんなら無駄だぜェ? 学校や本土との連絡は繋がらんようしっかりと細工をしておいたァ! オレの仲間にもカガクを使える奴ァ居んのよなァ! 人間如きがオレ達を上回るのは土台無理な話だったんだよォ!」

「うるさいなぁ。お前、モテないだろ?」

「あァん?」

「話が長いんだよ。それに人間を舐めるのも大概にしろよ? 僕みたいな落ちこぼれでも、お前みたいな雑魚なら魔法で片付けられるんだよ」

「だーかーらァ!? 使えねえんだろォ!?」

「だーかーらぁ、使えるんだよ」

「チッ…… めんどくせェ。殺す」

「これが、僕の魔法だ」


 ミニポーチからまじかるパクトを取り出し、内部の宝石に触れる。


『シトラス! フィニッシュタイム!』


 軽快な電子音声が程好くドクター・レオンの怒りを逆撫でしてくれる。


 宝石に触れた指先がじわりと熱を持ち、やがてその熱は全身に走る。


「魔法くらい僕にも使えるんだ。使いこなせないだけでな」


 体内を魔力が駆け巡りそれは熱エネルギーとなる。

 身体が熱い、だがまだだ。

 まだ抑え込んだまま、エネルギーを溜め込む。


 感じるよ、母さん。


 あの日、ヴァズリーランドで千人の人質を見捨ててまで死にかけの僕一人の命を選んだ。


 死にかけの僕を、母さんは全魔力を注いで蘇生した。


 僕の内に宿る母さんの魔力が、母さんのまじかるパクトに共鳴して活動を始める。


 母さんのおかげで今僕は生きていて、母さんのせいで今僕はここに居る。


 あの日から僕の人生は母さんに振り回されっぱなしだ。


 でもね、母さん。

 母さんのおかげで、人を守れそうだよ。


 ありがとう、母さん。


「テメエ! どこにそんな魔力を隠していやがったァ!?」


 ドクター・レオンは僕の魔力を感知している。


「分かるだろ、ようやく本気を出すってことだ」


 半分本当で、半分ハッタリだ。


 おそらくこれが今の僕にできる最大最強の攻撃。

 別にこれまで手を抜いていたつもりも無い。


 そもそもこれは僕がコントロールしきれるモノでも無いから。


「待て待て落ち着けガキィ! んなエネルギーを放出してみろォ! 施設ごと吹き飛ぶぞォ!? 外の人間も危ねえんじゃねえのかァ!?」

「知るか」


 だって苺坂さんが「任せて」って言ったんだもん。


 益々体内の魔力が活性化する。

 これ以上は抑えきれない。


 全開の蛇口にずっと蓋をしていたような状態だ。

 当然いずれ抑え切れなくなり、水圧により蓋は外れ一気に水が溢れ出す。


 同じように、僕の意識という蓋は限界を迎え、体内から魔力が一気に溢れ出す。

 どこに向けるでもなく、全方位三百六十度平等に高出力の魔力エネルギーが放出される。


 それは光を放ち、熱を持ち、全てを一瞬で蒸発させる程の威力となる。


「これが史上最強の魔法少女の力だ」

「バカがよォ、もう手遅れなんだぜェ……」


 不穏な捨て台詞を言い放ち、ドクター・レオンは光に取り込まれて塵と化した。


 安堵からか全身の力が抜け落ち、僕の意識はそこで途切れた。



       ☆☆☆



「ゆずくん! ゆずくん!」


 うるさいなぁ、標さん……


 僕は頑張ったんだ。

 今は休ませてくれよ。


「ゆずくん、戻ってこい! このままでは君は人殺しになってしまうんだぞ!」


 何言ってんの?

 違うよ、僕は守ったんだ。

 母さんみたいに、標さんみたいに、魔法少女としてヴィランの脅威から人々を守ったんだよ。


「柚希くん、こわい、よ……」


 目の前からまるの声がする。


 僕が怖い? どうして?


「ごめん、ごめんよ柚希くん…… けほっ……」


 何を謝ってるんだよまる。

 分からない、分からないよ。


「ベリーショットッ!!!」


 背後から苺坂さんの声がした。

 その直後、僕の背中に衝撃が走る。

 苺坂さんの魔力弾だ。


 なんで攻撃するんだよ苺坂さん。

 痛いだろ。

 もう決闘も終わったじゃないか、君の勝ちだよ。


 だからそんなことしないでよ、悲しいじゃないか。


「きゃあああああ!!!」


 苺坂さんは僕の左手から発された魔力波に吹き飛ばされる。


「ベリーミルク!? ゆずくん、良いんだね? もうこれしか手は無いぞ? これが最後だゆずくん! さっさと戻ってこい! そして大海原から手を放せ!!!」


 何言ってんの、標さん。


 良いも何も、苺坂さんが僕に喧嘩を売ったから仕返ししただけ。

 まるはこうやって僕の近くに置いてなきゃ危ないから。

 いつヴィランがやって来るか分からないんだ。

 まるはさっきも戦えなかった。

 だから僕が守らなきゃ。

 お前達人殺しの魔法少女からも、守らなきゃ!


 僕の全身から魔力波が放出され、苺坂さんと標さんは魔力障壁を展開する。


「ベリーミルク、一瞬で良い。彼の気を引いてくれ。私が沈める」

「はい!」


 標さんが苺坂さんに何か話し掛けたのが見えた。


 何を企んでるの?

 苺坂さんが僕の周囲を飛び回り魔力弾を飛ばしてくる。


 無駄だよ、弱いんだよそもそも。

 所詮まじかる☆シトラスに勝てなかったベリーレッドの娘のくせに。

 僕はまじかる☆シトラスだぞ。

 基本性能が違うってワケ。

 ほら、君の魔力弾を弾くのも片手で十分。

 よくこの程度でヴィランに立ち向かおうと思ったよね。

 僕が助けに行かなきゃ死んでただろ、雑魚のくせに。


 ああもう、しつこいなぁ!


「きゃあっ!」


 僕の左手から発される魔力波が苺坂さんに直撃する。


 ざまあみろ! 一発だ! 僕の方が強い! 調子に乗るな!


「ルミナス!」


 瀕死状態の苺坂さんが叫ぶ。


「──余裕っしょ」


 標さん? 何処だ!?


「ルミナスゥ…… インパクトォォォォォォ!!!」


 直上から圧倒的な光量と熱量が降り注いだ。

 それが標さんの魔力波だと気付くのは直撃した後だった。


 まるは?

 まるは大丈夫なの?


「現ナンバーワン魔法少女様を舐めるなよ。数ミリだって狙いをずらすことも無いさ。当然大海原は──」

「けほっ、けほっ! ありがとう、ございま──」

「ありゃ、気ぃ失っちゃったか」


 全身脱力したまるが僕の手から離れ、標さんに抱きとめられる。


「おかえりゆずくん。だから言ったのに、シトラス先輩のはやべーって」


 標さんの声が頭の中で反響する。


「苺坂、無事? 大海原任せても良い? 向こうで理事長が呼んでるわ。あのおばさん、いつの間に来たんだっつーの」

「はい、大丈夫です!」


 みんなの声が遠く聞こえる。


 体内に流れていた僕の、いや、母さんの魔力が鳴りを潜め、僕の意識はまた深い暗闇に沈んでいく。


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