#8 性能差
「まじかるチェンジ! メイクアップ!」
『まじかるオープン! レッツゴーシトラス!』
汎用まじかるパクトとは声色も文言も違う電子音声の発声と共に、まじかるパクトが開き中から黄色のベールが溢れ僕を包み込む。
そっか、母さんのまじかるパクトも黄色い宝石なんだ、一緒じゃん。
右手の人差し指と中指で宝石に触れると、また指先がじんわりと温かくなった。
両頬も、両瞼も、鼻頭も、唇も、触れた箇所が熱を持つのを感じる。
やがて全身にコスチュームパーツが顕現していく。
その度に腕が、脚が、全身が、人の体温のような心地好い熱に包まれていく。
母さんに抱きしめられた幼少期を思い出した。
母さんもこれを着てたんだ。これが母さんの温かみなんだね。
早々に喪った母の愛を今、死の淵に立ってようやく、全身で感じている。
耳に柚子のイヤリングが顕現し、胸元にこれまた柚子を模したイエローの宝石が添えられる。
そして、僕の短い茶髪が一瞬にして柚子色のウェーブロングに成長した。
「わくドキじゃすてぃす果汁一〇〇%、まじかる☆シトラス!」
割れたガラスに映る自分の姿を見ると、汎用まじかるパクトで変身した時とは最早別人だった。
まじかるパクトも変身後の僕自身も、前と比べて性能が上であると視覚的に分かる。
記憶の中の母さんが、そこに居た。
「行くぞトカゲ野郎、今度は逃げられねえからな」
挑発することでトカゲ男のヘイトを稼ぐ。
そうして逃げ遅れた女性にトカゲ男の意識が向かないようにする。
「見た目が変わったからって調子に乗るなよガキがァ!」
先手を取ったのはトカゲ男だった。
瞬時に脚部をチーターに、腕部をゴリラに変化させ飛び掛かってきた。
速く重い拳が飛んでくる。
だが、圧倒的な性能の前には無力だった。
「遅いなぁ」
僕は我ながら驚いた。
トカゲ男の拳を受け止めるつもりでガードの体勢を取ったが、あまりにも遅かったのでやっぱり避けた。
それでもまだ余裕があったので、横からトカゲ男の腕を掴むことさえできてしまった。
「西中のサイドバックの方が速かったよ」
掴んだ腕を背負い込み、そのまま床に叩きつける。
床のタイルは弾け飛び、巨体が床に打ち付けられた風圧で周囲の炎が一瞬大きく火柱を上げる。
トカゲ男は床に打ち付けられた反動で宙に浮かび上がった。
僕の腹下くらいの高さにまで飛んでくれたから丁度良かった。
「シトラスボレー!」
ボレーシュートの要領で右脚を振り抜くと、トカゲ男はそのまま壁まで吹き飛んだ。
咄嗟に技名を叫んだけど、当時のまじかる☆シトラスにそんな技は無い。
魔法も使ってないただの蹴りだしね、これ。
「テメェ…… ゲホッ…… これしきで調子に乗るなよォ……」
壁にめり込んでいたトカゲ男が自力で復帰するが、口からは血反吐を吐いている。
「ぼろぼろじゃん。逃げる?」
「クソガキィ……」
逃げる素振りは無い、それなら好都合だ。
ここで必ず殺す。
「次はこっちから行くよ」
左足で床を蹴り走り出す。
床のタイルは抉れ、床下のコンクリートが砕け砂ぼこりが舞う。
トップスピードまでコンマ一秒も必要としない。
魔力で筋力増強もしていないのにこの脚力、やはりプロ仕様のまじかるパクトの更に上の出力を発揮するまじかる☆シトラス専用パクトだ。
根本の性能が違い過ぎる。
「シトラストゥー!」
僕の右脚の爪先がトカゲ男の顔面にめり込む。
ただのトゥーキック。
「シトラスニー!」
左脚の膝がトカゲ男の腹に重く刺さる。
これもただの膝蹴り。
「シトラスゥ…… ヘッドォォォォォォォォ!!!」
僕のおでこがトカゲ男の鼻柱を砕く。
当然、ただのヘッドバット。
「生きてる?」
トカゲ男の頬をぺちぺち叩いて反応を見る。
「こ、これしきで……」
「顔面崩壊だね。この調子ならお前に勝ち目は無いと思うけど?」
「うるせェ…… ボコボコにされんのは、慣れてんだよォ…… オレの本領はここから、だぜェ……?」
「何言ってんだトカゲの分際で。くたばれ」
右脚の足の甲、インステップで思いっきり蹴り飛ばすと、トカゲ男は炎に包まれたアクセサリーショップに頭から突っ込んでいった。
「ナイッシュー」
「シトラス!」
くたばっていたはずの苺坂さんが声を上げた。
「無事?」
「当然。後で詳しい話を聞くから、その姿についてはスルーするわ。逃げ遅れた一般人は?」
「あっちの店の中。瓦礫に脚を挟まれて動けなくなってる」
「私が運ぶ」
「苺坂さんは大丈夫なの?」
「ちょっと脳震盪で意識を失ってただけ、もう平気。動き出せるタイミングを見計らってたのよ」
強かな女だ。
「ありがとう、よろしく。トカゲ男は僕に任せて、多分勝てる」
「油断は禁物よ」
「了解」
苺坂さんは走りながら変身し、すぐに店員さんを抱え上げて東方面へ飛んで行った。
「さて、と…… 出てこいよ」
苺坂さんを見送ってから、改めてトカゲ男を蹴り込んだ店舗の方へ声を掛けた。
返事は無く、中々トカゲ男が炎の中から出てこないので、ゆっくりと近寄りながら店内を確認する。
「トカゲちゃん、隠れて怯えてんの? もうちょっと遊ぼうよ」
店内を見渡す。
割れたガラスケース、床に散らばる数多のアクセサリー、燃えるポスターと人型の肉塊。
「……ごめんなさい」
貌無き被害者を憂い、またトカゲ男を探す。
「何処に行きやがった?」
見当たらない。
確かにこの店舗内に蹴り込んだはずなのに、あの巨体がどこにも見当たらないのだ。
突然、後頭部に鈍い衝撃が襲う。
「バッキャロォ! これよこれよォ! これがドクター・レオン様の真の力よォ!」
「何処だ!」
声の方向へ振り向いても奴の姿は無い。
ただ瓦礫と、煌々と燃え上がる炎があるだけ。
「ぐ……ッ!」
今度は鳩尾を殴られた。
正面からの攻撃なのに姿が見えない。
「さっきのお返しだぜクソガキャァ!」
膝、横腹、右頬、もう一度鳩尾。
「オエッ…… はぁ、くそっ、はぁ……」
「見えねえよなァ分かんねえよなァ! ドクター・レオン様の能力は身体を他の動物に変化させられるだけじゃねえんだぜェ!? こうやって透明になれんだ、しかも辺りの魔力を含んだ炎で魔力探知もできやしねェ! これでまじかる☆シトラスからも逃げられたっつーカラクリよォ!」
クソ、だからあの時標さんに見つからず電話を盗み聞きできたって訳か。
「良いのかよ自分から能力を明かしちゃってさ」
「なんてこたァねえよ、何せテメエは死ぬんだからよォ! オラァ!」
「んぐはッ!」
見えない攻撃が次々に繰り出される。
見えないことには回避も防御も反撃もできない。
僕はさながらサンドバッグにされていた。
「オイオイオイオイ! もう終わりかァ? このまま殴られっぱなしかァ? 死んじまうなァ、オレにぶっ殺されちまうなァ!?」
反論してやりたいが、あながち間違いじゃないから困る。
このまま反撃の策を見出せなければ本当に殺されてしまうだろう。
まじかる☆シトラスと戦って、唯一逃げおおせたヴィラン。
逆に言えばまじかる☆シトラスは負けてない。
どうすれば良い? 見えない相手にどう戦えば良い?
教えてよ、母さん。
「つまんねえ奴だなァ、祈り始めたら終いだぜェ……」
未だ攻撃は止まない。
魔法少女コスチュームを纏っているとはいえ、これ以上攻撃を受け続ければそのうち気を失い変身が解けてしまう。
そうなれば僕は終わりだ。
生身で奴の攻撃を受ければ即死。
耐えろ、意識だけは飛ばすな。
意識さえ保っていれば負けやしない。
継戦できていれば反撃の策も思い付けるはずだ。
「スカッとするぜェ! まじかる☆シトラスと同じ見た目の奴をボコボコに出来るっつーのはよォ! 碌に魔法も使えてねーんだからなァ、相手にならねえぜェ! ギャハッ!」
そうだ、僕は魔力コントロールが下手だ。
だから魔力を用いた攻撃手段が皆無。
見た目だけで到底本物のまじかる☆シトラスには及ばない。
まじかるパクトの基本性能が強力だからって、上手く扱えなきゃ宝の持ち腐れだ。
標さんの言う通りだな、僕みたいな一般人には母さんのまじかるパクトはオーバーパワー過ぎたんだ。
「そろそろ飽きてきたなァ…… 締めて良いかァ?」
見えない腕に頭を掴まれ、僕は持ち上げられる。
「ガキ、ヒーローごっこは楽しかったかァ?」
「楽しい訳、無い、だろ……」
「そりゃそうだ。んじゃ、飛べ」
僕はドクター・レオンに投げ飛ばされ、窓枠を通過して施設の外へと身を投げ出された。
ああ、こりゃ、死ぬなぁ。
陸に落ちても海に落ちても、どの道無事ではいられないだろう。
全身に力が入らないから空中で体勢も整えられない。
元々魔力を用いた飛行の成績は最下位。
身体を動かせたって打つ手無し。
ま、仕方無いか。
ダメで元々と思って母さんのまじかるパクトで変身したんだし。
その結果がダメだったってことで。
でも苺坂さんも逃げ遅れた店員さんも助かったし十分だよね。
うん、頑張った、僕は凄く頑張った。
ごめんね、父さん。
不甲斐無いよね、僕。
きっと悲しむだろうな。
母さんを喪い、挙句の果てに僕まで魔法少女になったばかりに喪ってしまう。
嫌いになるだろうなぁ、魔法少女のこと。
ははっ、僕と同じだね。
ごめんね、まる、折角のお出掛けがこんな事になっちゃって。
「柚希くぅーーーーーーーーん!!!」
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