#6 休日の大事件

 島内モノレールに揺られて十五分、大型商業施設の最寄り駅に十二時。


 同じ寮で暮らしているのにわざわざ現地に近い場所で集合したのは、他の生徒から見つかって揶揄われないようにする為だ。


 僕は集合時間よりも三十分早く到着した。


 これだけ余裕を持って到着していればまるが来たらすぐに動き出せるだろう。

 女の子を待たせてはならない、そう父さんが言っていた。


 だが、抜かった。


「ごめん、待たせちゃった?」

「ううん、全然だよっ!」


 改札を出て正面の柱にまるは立っていた。


 改めて腕時計を確認しても、やはり十一時半。

 まるはどれだけ早く到着していたんだろう。


「柚希くんの私服、ちょっと新鮮かも。意外と男らしいファッションというか、キャップも似合ってる!」

「ありがとう。まるこそ、女の子らしい服装も似合ってる」


 普段から溌溂としたスポーツ少女の印象だから、こういう可愛らしいワンピース姿が意外だった。

 それでいてショートヘアと相まって爽やかさに拍車をかけている。

 ライトノベルのヒロインのように男ウケもバッチリなファッションだ。

 掛け値無しに可愛い。

 そして何より、胸元がやや緩めな作りになっていて、ハートのペンダントと一緒に胸元へ視線を誘導させられる。

 先日はあんなこと言っていたけど、彼女は自分の武器をよく理解しているのだろう。

 どれどれ、そこまでされたらその深い谷間を覗かない訳には──」


「漏れてる漏れてる! 途中から漏れてるから!」

「どこから?」

「溌溂とした、あたり」


 ほぼ全部じゃないか。


「それに視線誘導なんてしてないからっ!」

「見せてるんじゃないの?」

「んなわけないじゃん!」


 まるは恥ずかしがって、バッグから薄手のニットを取り出し羽織ってしまった。


 口は禍の元ってマジだな。


「とりあえず行こうか。まるは行きたいお店とかある?」

「ううん、どんなお店があるかも分からなくてさ。時間はあるし、一通り回ってみようかなって思って」

「オッケー、じゃあ僕はゲームセンターに居るから二時間後にフードコートで」

「いや一緒に回るよねぇ!?」

「いつも遊んでる音ゲーに新曲が入ったらしくて……」

「じゃあ途中でゲームセンター行っても良いからせめて一緒に回ろうよ!」

「デート中に女の子を待たせて一人で音ゲーなんてやる訳無いだろ!?」

「危うく二時間別行動になるところだったけど!?」


 仕方無い、明日また一人で来よう。


「お腹空いたね。まずはお昼ご飯でもどう?」

「柚希くんマイペース過ぎない?」


 付いて来い、このスピードに。


「フードコートでも良いけど、実は美味しそうなパスタ屋さんがあるらしいんだ。まるが嫌いじゃなければ」

「ううん、ボクパスタ大好き! 行こ行こ!」


 こうして、僕の人生初デートが始まった。


 デートで良いんだよな、あれ、良いよね?

 女の子と二人で遊びに来たらそれはもうデートだよね?

 相手の女の子が私服を着てたらデートだよね?

 僕が知らないだけであのワンピースは楽天学園の指定夏服とかじゃないよね?

 春を過ぎたら学園中ワンピースだらけにならないよね?

 その場合僕の夏服はどうなるんだ?

 今は女子制服とほぼ同じようなデザインのブレザーに特注のスラックスを履かせてもらってるけど、夏服は僕もワンピースを着なくちゃならないのか?

 どうしよう、一度全校生徒の前で魔法少女に変身しちゃったおかげで女装のハードルは下がってるけど、そもそもワンピースなんて僕持ってないぞ。


 仕方ない、折角の機会だ。


「ねえまる、ご飯の前に少しだけ服を見に行っても良いかな?」

「いいよ、何か気になるお店とかあった?」

「ううん、どこでも良いんだけどさ」

「じゃあ買いたい服とか?」

「そうなんだ」

「へえ、どんなの? 気になる!」

「ワンピース」

「…………?」

「学校で着ようと思って」

「柚希くんって変態だとは思ってたけど、そういうベクトルに進んじゃうの?」


 まるに冷静に諭され、真っ直ぐパスタ専門店へ向かった。



       ☆☆☆



 想像以上の味だった。


 僕が食べたのは「本場ローマのスパゲッティ・アッラ・カルボナーラ」だ。

 パルミジャーノ・レッジャーノチーズの濃厚で風味豊かな香りとパンチェッタの絶妙な塩味、そしてブラックペッパーの香ばしさが口の中で最高のハーモニーを奏でていた。

 本場のカルボナーラを再現していると銘打っているだけのことはある。

 本場のカルボナーラを食べたことは無いけど。


 まるから一口貰ったボンゴレ・ビアンコも絶品だった。

 白ワインの風味漂うソースとアサリはまさに最高のコンビネーション。

 きらきらと日光輝く大海原の風景が浮かんだ。

 その砂浜を駆ける水着姿のまる、ナイスプロポーション。

 やはり巨乳はビキニに限る」


「おっきくないよっ!」

「自分で認めてたじゃないか」

「ああ、もう口から漏れてることは気にしないんだ」


 それは諦めた。


「六階に魔法少女グッズのお店があるらしいんだ。ちょっと行ってみない?」


 まるの提案に思うところはある。

 魔法少女科で一週間を過ごしたが、やはり休日にまで進んで魔法少女に触れる気にはなれない。

 ましてやグッズなんてコンテンツ化の最たる例だ。

 アイドル化や神聖化と言っても過言ではない。


 それでも僕はまるを尊重してあげたかった。


「あっ、ごめん柚希くん…… 魔法少女科に居るから忘れがちだけど、あまり好きじゃないんだったね…… 止めとこっか」

「ううん、気になるんだろ? 行こうよ、好きじゃないとはいえ現実で目指す先だ。これからはもっとリサーチもしていかなきゃだしね」

「やっぱり、優しいよね」


 優しいというか、正しさを立てれば自分自身を納得させられる、それだけだ。


 『Magimateマジメイト』という青い看板が目を引くテナントの前に辿り着くと、足を踏み入れずともその店内の異様さに驚いた。


 壁一面にかつての伝説的魔法少女達のポスターが貼られており、商品棚には所狭しとキーホルダーやぬいぐるみ、魔法少女のコスチュームを模したデザインのミニバッグやポーチ、奥には魔法少女を題材にした二次創作(と言って良いのか?)漫画や小説も置いてある。


 中でも目を引くのは、たった一人の魔法少女グッズで埋め尽くされている単独コーナーだ。まじかる☆シトラスはもちろん、ルミナスのコーナーも見える。


「す、すごいね……」


 行こうと提案したまるさえも、入店するのに少し気後れしていた。


 気持ちは分かる。

 アングラ感というか、全く魔法少女というコンテンツに触れてこなかった身としては別世界のようだった。


 ここまでのモノを見せつけられると、あまり魔法少女を好ましく思わない僕でさえも少しばかりの興味が湧いた。

 まるの顔を見ると、口を半分ほど開けたまま目は店内に釘付けになっていた。

 まるも僕と同じ思いのようだ。


 僕は先行して、勇気を振り絞って入店し──


「まじかる☆シトラスの限定タペストリーが売り切れ!? 今日発売でしょ!?」


 入店しようと思ったが、店の奥から聞こえた怒鳴り声に足が止まった。


「あのまじかる☆シトラスよ!? そりゃ売れるに決まってるじゃない! どうしてもっと仕入れないのよ!」


 モンスタークレーマーなんていくらでも世に蔓延る。

 それだけで入店を渋るようなことは無い。


「柚希くん、あの声ってもしかして……」

「うん、そうだよね? 僕の勘違いじゃないよね?」


 問題なのは、その声の主が苺坂みるくだという点だ。


「えっ? 予約できるの? 次の入荷は再来週末? な、なによ、それを早く言いなさいよ。いえ、ごめんなさい、私の方こそ取り乱してしまって。ええ、それじゃまじかる☆シトラスまじメイト限定タペストリーを五つお願いします。あと来月発売のまじかる☆シトラスフィギュアの予約も。予約は前金制よね? こっちのお会計と一緒にお願いします。はい、はい。じゃあ十二万円からで。はい、あります、あっ、ポイントどれくらい貯まってます? そう、じゃあ千円以下端数だけ使っちゃってください」


 程無くして、まじメイトから紙袋を両手いっぱいに持った苺坂さんが出てきた。

 いくつか紙袋からはみ出しているグッズがあり、それらがまじかる☆シトラスグッズだったことから、大量に買い込んだグッズは全てまじかる☆シトラスのグッズだと予想できた。


 キャップとサングラス、マスク、服装は学園指定体操服の長袖ジャージという、一見誰なのか分からない変装をしていた。


 ただ先程の怒鳴り声のせいでそれが間違いなく苺坂さんだと分かる。


 苺坂さんは僕達の方を見て立ち止まり、慌てて周囲を見渡すも、自分が変装をしていることを思い出して安堵の溜息を吐き、そのまま去ろうとした。


 悪戯心が湧いた僕は、彼女が僕の隣を通り過ぎる瞬間に彼女にだけ聞こえる声で囁いた。


「春うららかにスウィートガール」

「っ!?」


 驚いてる驚いてる。

 慌てふためく彼女が見ていて愉快だった。


「こら」

「いてっ」


 隣のまるからチョップを貰う。


「イジメないの。苺坂さんでしょ? 大丈夫、誰にも言わないから」


 まるは優しく話し掛けた。


 対して苺坂さんは一切声を発さず、ぶんぶんと首を横に振っている。


「逆にボク達が二人で出掛けてたってのも内緒にしてくれる?」


 苺坂さんはサングラス&マスク越しなのにぱぁっと表情が明るくなったように見えた。

 今度は縦向きに首が千切れるほどの勢いで頷いた。


 なんかこういう苺坂さんはちょっと可愛いな。

 元から美少女だとは思っていたけどやはりあのキツイ性格では近寄り難かった。


 事実、決闘をしたあの日以降、僕と苺坂さんは一度も会話を交わしていない(まあ今も会話を交わしてはいないが)。


 決闘で瞬殺されて以来、次のコンタクトがコレとは。これで戦績は一対一だな。


『緊急警報、緊急警報。館内六階で火災発生、並びにヴィランが出現。館内六階で火災発生、並びにヴィランが出現。学生と一般職員の皆様はただちに避難してください。繰り返します。館内六階で火災発生、並びにヴィランが出現、館内六階で火災発生、並びにヴィランが出現。学生と一般職員の皆様はただちに避難してください』


 突然、館内放送で警報が鳴り出した。


 同フロアに居た他の客やお店のスタッフも慌ててエレベーターや非常階段に向かって走り出す。


「そんな、どうして楽天島にヴィランが!?」


 楽天島は外界から隠されているステルスアイランド。

 フェアリーの魔法と現代の科学技術によって視覚的特殊コーティングが施されている。


 そんな楽天島に何故ヴィランが侵入しているんだ?


「ど、どうしよう柚希くん!」


 六階、つまり僕達が居るこのフロアにヴィラン出現、それは分かった。

 とりあえず下へ逃げなくちゃならない。


 でも六階のどっち側だ?


 今僕達が居るのは六階の中心部。

 エレベーターは近くにあるけど人が多すぎて使えそうにない。

 非常階段は各階の両端に位置している。

 非常階段で逃げようにも、うっかりヴィランが居る方に向かっては絶体絶命。


 どうしたものか──


「乱道君と大海原さんは避難誘導をお願い! ヴィランは西側に居る!」


 悩む僕と慌てふためくまるを置いて、苺坂さんは戦利品と変装グッズを僕に預けて西側へ駆けだした。


「バカ! 苺坂さん!」


 まさか戦う気か?


 苺坂さんがいくら一年生の中で最優秀成績を修めているとしても、学生一人で本物のヴィランに勝てるはずがない。


 せめて、せめてもう一人くらいは力を貸さなくては。


「まる、避難誘導だ、ヴィランは苺坂さんに任せよう。きっとそのうちプロ魔法少女が応援に来ると思う。西側を封鎖してエレベーターと東側の非常階段を使うように指示をしよう!」

「わわっ、分かった!」


 僕は苺坂さんのように走り出せなかった。


 それどころか、苺坂さんが指示してくれたのを良いことに、一般人の避難誘導という大義名分を背負って苺坂さんを、いや、同級生の女の子を独りでヴィランの元へ走らせた。


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