#4 ルミナス
「あっは、そりゃ災難だ」
電話越しに、現ナンバーワン魔法少女の
「笑い事じゃないですよ標さん。マジで死ぬかと思ったんですから」
僕は寮の自室のベッドに横になりながら、頬に保健室から借りてきた氷嚢を当てている。
魔法少女に変身していれば身体能力が強化され、ある程度の衝撃を受けても怪我には至らない。
そのオカルティックな守りの加護があってもなお、苺坂さんの右ストレートは僕の頬を腫らし意識を奪うには十分過ぎた。
「いやいや、そっちじゃなくてさ。シトラス先輩の後継者ってやつよ。うぉっと、あぶねっ。よいしょっとォ! フー! ざーこざーこ!」
「大丈夫なんですか? ヴィランとの戦闘中ですよね? 落ち着いてからまた掛け直しても良いんですけど」
さっきからずっと、電話越しに爆音やらヴィランの叫び声やらが聞こえる。
「大丈夫大丈夫。この程度なら片手間でも負けないから。君、大丈夫? あっちに救護部隊が居るから、走れる? ヴィランは私に任せてくれたら良いから。……ごめんごめん、ちょっと後輩が負傷してた。で、なんだっけ?」
「落ち着いたら掛け直しますよ、本当に」
「本当に大丈夫だから。というか、ナンバーワンのルミナス様は落ち着く暇なんか無いのよ。それとも何? 引退するまで待ってくれんの?」
流石は現ナンバーワン魔法少女。冗談めいた口調でも説得力がある。
事実、影山標さん、もとい魔法少女ルミナスは強い。強すぎる。
プロ入りしてからたった三年で現役魔法少女の中で最多のヴィラン事件解決数を更新した。
引退済みの魔法少女の記録を見ても、まじかる☆シトラスが一位、僅差で次いでベリーレッド、ルミナスはそれに次いで三位。
仮にまじかる☆シトラスやベリーレッドと同期だったらもしや、という意見も少なくはない。
そんなナンバーワン魔法少女様と一般人の僕に何故面識があるかというと、母さんの葬式に当時高校生だった標さんが来ていたからだ。
僕は当時五歳、父さんが大人達と真面目な話をしている間、歳の近い標さんに構ってもらっていた。
それから事あるごとに僕に会いに来るようになり、僕が中学生になりスマートフォンを買い与えられたと知るや否や、真っ先に連絡先を交換しに、文字通り飛んで来た。
そんな訳で、立場に大きな格差のある奇妙な友人関係が生まれたのだ。
「標さん的にはどう思います? まじかる☆シトラスを継ぐって」
「うーん、私はそういう世間体はどうでも良いからさぁ。考えたことも無かったけど、でもまあ重いだろうね、その名前」
現ナンバーワンが言うのだから間違いない。
やっぱり僕には無理ってことだ。
「でもゆずくんなら案外いけんじゃない?」
「ありえないでしょ、そもそも男なのに」
「でもシトラス先輩のパクト持ってんでしょ? うぉらァ吹き飛べェ! それを使いこなせるようになったらまあ、ねぇ。だって先輩のパクト、先輩が持ってた桁外れの魔力量に合わせて設計された特注品だからさ。めちゃくちゃ高出力らしいのよ、その上コントロールも難しいとか。いや、むしろ膨大な魔力量をコントロールする為の特注パクトか。それを使いこなせるようになれば魔力コントロールスキルは一級品だろうし、逆説的に内に秘める魔力量がシトラス先輩と同等だって証明にもなるしね。ルミナスインパクトォ!!! やばいゆずくん! 廃ビル吹き飛ばしちゃった!」
まじかる☆シトラスが桁外れとか言ってるけど、標さんも化け物なんだけどな。
「確かに母さんからまじかるパクトは譲り受けたし肌身離さず持ち歩いてますけど、使う気は無いですよ。むしろ今の標さんの話を聞いて決心しました。そんな物僕に使いこなせるはずがない」
やっぱりただのお守りで良いや。母さんと僕を繋いでくれる、形見だ。
「まあ、その方が良いのかもねぇ。下手に使うとコントロールできずに魔力が暴走するし」
「そんなことあるんですか?」
「あるよ~。知ってる? 魔法少女も殉職するけど、その死因ってヴィランの攻撃が全てじゃないからね。魔力が暴走して死んだとか、魔力が暴走した仲間に巻き込まれて死んだ、とか。新人に多いよ、そういうの」
フリーランスの魔法少女が認可されず、全て公務員として雇われ、防衛省の管理下に置かれる理由が分かった気がする。
「それを極力起きないようにする為の魔法少女科だから。実技科目はしっかり勉強しといた方が良いぜ~」
そう言われると少し背筋が伸びる。
自分どころか味方さえも危険に晒すなんて、正義の番人としては最悪だ。
「魔法少女科、懐かしいなぁ」
「そういえば標さんも楽天出身でしたっけ」
「そだよ~。まあ日本の魔法少女科は東京の楽天か沖縄のもう一個の学校しか無いしね。プロの半数はゆずくんの先輩よ。敬いな~?」
沖縄にも魔法少女科があるんだ、知らなかった。
「確かに、沖縄の方が楽天島みたいなステルスアイランドを作るのも簡単そうですしね。どうしてこっちは東京湾なんかに作っちゃったんだか……」
「…………」
標さんからの返事が突然途絶えた。
「あれ、標さん? 大丈夫ですか?」
「……えっ? ああ、ごめんごめん。妙な気配を感じたような気がしたんだけど、多分気のせいかな。近くに魔力反応も無いし。まあ、国内最高戦力の育成機関を目の届く範囲に置いておきたかったんでしょ。逆に沖縄なら遠すぎて何かあっても政府に危険は無いし」
まあ何とも自分勝手な理屈だが、得てして権力者とはそういう生き物なのだろう。
「そんなもんですかね。そうだ、標さんが学生だった頃も決闘とかしてました?」
今となっては伝統行事みたいな扱いだったし、標さんの学生時代、つまり十年前にもそんな伝統があったのかは少し気になる。
「あったあった。懐かしいなぁ…… まだあれやってんの? 賭け」
「無いっぽいですよ、聞いた限りでは」
隠れてやってる生徒とかは居そうだけど。
居なきゃチャンスだ、胴元でもやろうかな。
「勿体ないなぁ~、あれが一番楽しいのに」
「標さんは勝ってました?」
「どっちの? 戦う側? 賭ける側?」
「どっちも」
「共に全勝」
化け物は学生時代から化け物なんだな。
「あいつまだ居る? にゃんぷる」
「居ますよ、にゃんぷる先生。偶然にも僕の担任です」
「初見は驚くっしょ? なんせ翼の生えた猫が喋るんだから」
「ヴィランの一種かと思いました」
近からず遠からず、だ。
にゃんぷる先生を始めとしたフェアリーは、ここじゃない魔法が一般化された異世界からやってきた。
ヴィランの襲来と同時期にフェアリーの世界とこの世界を繋ぐ扉が開いた。
そういう意味では、ヴィランとフェアリーの間には善性を持つか悪性を持つかの違いしか無いのかもしれないな。
ちなみに少女達に魔法少女の素質が芽生えるようになったのもそれらと同時期だ。
ヴィランやフェアリーの到来と魔法少女の誕生、それらの因果関係は既に、フェアリーの魔法研究家と人間の科学者の共同研究チームにより証明されている。
僕みたいな一般人にも分かるように説明すると、偶然フェアリーの世界に行ってしまった人間の少女が膨大な魔力を宿し帰国、それを起点に魔力が世界へ拡散、その魔力を求めヴィランは襲来した。
フェアリー界は既にヴィランによって崩壊寸前にまで陥っていた為、その窮地を脱するべく救国のヒーローとなり得る魔法少女を求めてこちらの世界にやって来た。
その目的に付随し、魔法少女育成に全面協力してくれているという訳だ。
まあ、この程度は勉強するまでも無くニュースを観てたら知ることができる一般知識の範疇だ。
いくら魔法少女が嫌いだった僕とはいえ、嫌でも目にする。
「私が学生の頃はにゃんぷるって教育実習生的な立ち位置だったのよ。散々苛め、じゃなくて可愛がってあげたよね」
ご愁傷様です。せめて僕はにゃんぷる先生を労わろう。
「でもまさかゆずくんが魔法少女を目指すとは思わなかったよ。あれだけ嫌ってたのに、何があったのさあぁ!? まだ生きてたの!? ぐっばい!」
また向こう側から爆音が鳴る。
「母さんからの遺書があって。棺理事長宛てにですけど。僕をよろしく、って」
「じゃあゆずくん自身の意思では無いんだ」
「まあ、そうですね。でも納得はしてますよ、一応。高校の学費は免除してくれるって言われたし、卒業後は公務員だし。父さんに楽させてやれるならと思って」
「でも嫌なんだろ?」
「嫌ですよ、本音は」
「ま、そうだよね。でも私みたいにそれを歓迎する人も居るってことは知っててほしいな」
「そりゃ珍獣が展示されたら動物園も客も喜びますよ」
「そうじゃないそうじゃない、社会が変わるかもしれないからさ」
「社会が変わる?」
これまではずっとおちゃらけた口調だった標さんが、少し真面目なトーンで話し始めた。
「三十年くらい前から、世の女性の何%かは希望してない宿命を背負わされてきた。平等じゃないだろう? 男性はそれをテレビやネットで眺めながらあーだこーだ言うだけだった。でもゆずくんが史上初の男性魔法少女になれば、世の男性達の意識も変わるんじゃないかと思うんだよ。どこか蚊帳の外だと信じ切っていたけど、そうじゃないのかもしれないってね。人ってのは愚かでさ、脅かされなきゃ変われない怠惰な生き物なのさ。でも考えてほしい。ヴィランの襲来は誰の責任でも無い、災害みたいなものだよ。ならば人類総出で助け合い、戦うべきだと思うね。私みたいな優秀な人間一人では、世界は守り切れないんだ。既に日本国内でさえカバーしきれてないんだ。でもヴィランは日本だけじゃなくて外国にも現れている。エッフェル塔や自由の女神像もぶち壊されてんだから。全世界の全人類が協力しなきゃだよ。男も女も関係なく、皆等しく渦中なのさ」
少し、居心地が悪かった。
まるで、男なのに、自分の意思じゃないのに、と押し付けられた環境を嫌がる僕という存在そのものを否定されたような気がしたからだ。
もちろん標さんはそんな人格否定はしない人だって分かってる。
だけどそう感じてしまうのは、僕が心の奥では罪悪感を感じ続けているからなのだろう。
「まあ、第二次世界大戦までの間は男が戦ってバンバン死にまくってたけどね! しゃーなししゃーなし、持ち回りだよこういうのは」
またスイッチが切り替わるように、標さんの声色が明るくなる。
「ゆずくんは気負わなくたって良いよ。史上最強の魔法少女の後継者なんて重すぎる。私も似たようなもんよ。現ナンバーワン魔法少女、しかもうっかりまじかる☆シトラスやベリーレッドに追いついちゃいそうな活躍っぷりだもん。重いぜ~? 期待と責任」
やめてよ標さん。現ナンバーワン魔法少女に共感されるこの境遇こそが、僕には重すぎるんだよ。
でも心が温かくなったのは事実だ。さすがナンバーワン魔法少女。
「あっ、ごめん。呼ばれてっからちょっくら行ってくる。また何かあったら電話しな? シトラス先輩の代わりになんてなるつもりは無いけどさ、美人な近所のお姉さん枠としてはいつでも出動できっからさ」
「ありがとう、標さん」
「あいよっ、ゆずくんも頑張り過ぎない程度に頑張りな~。死ぬほど頑張ったって良いこと無いよ、何せ人は死ぬからね! ぐっない~」
「すみません、お待たせしました。報告は……」という標さんの、僕が知らないシリアスで丁寧な声が少しだけ聞こえてから通話を切断された。
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