#3 変身、ベリーミルク

「遅い!」


 赤髪の少女改め苺坂いちござかみるくは待ち侘びていた。


 印象的な出会いだった為、ホームルームの自己紹介では唯一彼女の名前だけは一度で覚えられた。

 態度のわりに名前は可愛いんだな、と思って。


「ごめん。それにしてもこのギャラリーは何?」


 そう、呼び出された実技訓練場には大観衆のギャラリーが居た。


 実技訓練場はフィールドの周囲に客席が備え付けられており、さながら小さなコロッセオのような作りだ。

 その客席が生徒で埋まっている。


「「「みるく様頑張って~~~!」」」


 苺坂さんの真後ろの観客席から黄色い歓声が聞こえる。


「あのバカ達は気にしないで、ただのファンクラブだから」


 苺坂さんは僕に近付き、ギャラリーには聞こえないように囁いた。

 いや、ただのファンクラブとか無いんだよ、普通。


「乱道君頑張って~~~!」


 客席の反対側、ぽつんと一人、大海原まる。


「あのバカは気にしないで、ただのファンクラブだから」

「大海原さん、笑いをこらえてるけど。あ、吹き出した」


 体裁は保てよ、山神様の威厳は何処へやった。


「それで苺坂さん、僕は何をすれば良いのかな」

「決闘よ。アンタと私、どっちが優秀な魔法少女候補生なのかハッキリさせるの」

「決闘って、まさか戦うの?」

「当然よ、魔法少女の優劣は即ち戦力の優劣。例えアンタの母親が史上最強の魔法少女だろうと、私の方が上だってことを証明して見せるのよ!」

「分かった。苺坂さんの方が優秀だよ、僕の負けで良い。それじゃ」


 僕は踵を返して実技訓練場を出ようとした。


「待ちなさいよ!」

「ゴェッ!」


 突如後ろから襟を掴まれ、首が絞まる。


「死ぬよ!?」

「死ぬわけないでしょこの程度で!」


 人は、死ぬぞ。ド──(自主規制)


「苺坂さんは僕より優秀だと証明したいんだよね?」

「そう、だから決闘をするのよ。まあ、ここまでギャラリーが集まるとは思ってなかったけど」

「僕は降参する、苺坂さんの勝ち。それじゃダメなのか?」


 戦いたくないんだ、僕は。


「ダメよ。それじゃアンタの実力が分からないじゃない。もしかしたらすっごく強いのに、何らかの事情があって戦うことを渋ってる可能性だってある。私はアンタと真正面からぶつかって、そして勝ちたいの」

「なるほどね、ふっ」


 思わず笑みがこぼれた。


「な、何よ、何がおかしいのよ!」

「いいや、別に。ただ……」

「ただ……?」

「苺坂さんは本当におバカさんだなと思ってさ」

「なっ! どういう意味よ!?」

「良いよ、分かった。仕方ないね、僕も腹を括るよ。戦おう、そうすればすぐに分かるよ」

「アンタ、やっぱり……!」


 僕と苺坂さんはフィールドで十分に距離を取る。


 すると場内四ヶ所に設置されているスピーカーからハイテンションな声が聞こえてきた。


『レディースアンドレディース! さあさあ新学期初日からまさかまさかの大イベント勃発だぁ! 入学式で全校生徒の前で堂々たる宣戦布告! これより始まる一戦はきっと、楽学史に名を残す名勝負になることでしょう! 申し遅れました! この度の決闘、もとい模擬戦闘訓練は、楽天学園高等部魔法少女科二年B組、川越! またの名を「ミス・アナウンス」が実況を努めて務めます! よろしくお願いしまーす!』


 実況の声にギャラリーが沸く。


 こういう人が居るってことは、案外決闘なんて物騒な行事もこの学校では一般化されてるんだろうな。

 賭博とかはやらないのかな、更に盛り上がりそうだけど。


『赤コーナー! 深紅の髪は宝石か、いや! 彼女の紅(あか)は苺の紅(あか)! かつてのナンバーワン魔法少女〝ベリーレッド〟の血を継ぐサラブレッド! 中等部の生徒を中心に結成されたファンクラブ会員の応援を背に戦います! 可愛いだけが魔法少女じゃない! 楽天学園高等部魔法少女科一年A組! 苺坂みるくッ!!!』


 苺坂さんは紹介に合わせて当てられた照明をものともせず、長く綺麗な赤髪を右手で払いはためかせる。


「「「みるく様ステキ~~~!」」」


 相変わらずファンクラブが騒がしい。


『青コーナー! こんな事がありましょうか! 魔法少女の素質を持つのは女性のみ、かつての歴史がそう証明してきました。しかしッ! 唯一無二、史上初、前例皆無の男性魔法少女候補生! 多くの謎を秘めるのも当然、何故なら彼は高等部編入組のニューカマー! そしてそのルーツは史上最強の魔法少女〝まじかる☆シトラス〟! 彼はここから歴史を拓く! ミスターシトラス! 楽天学園高等部魔法少女科一年A組! 乱道柚希ッ!!!』


 紹介に合わせて僕に照明が当てられる。

 特に正面からの照明が眩しくて、僕は思わず右手で目を覆った。


「乱道君カッコイ──あっは! やっぱムリ笑っちゃうよボク! あっはっは!」


 相変わらずファンクラブが僕をバカにする。笑うくらいなら叫ぶのやめて?


「乱道柚希、アンタが隠してる力、全部見せてもらうから!」

「ここに来たこと、後悔しても知らないよ」

「言ってなさい……!」


『両者準備が整いました! それではお集まりの皆さん、カウントダウンをお願いします!』


 五、四、三、二、一……

 ミス・アナウンスの掛け声に合わせて会場が一丸となって数える。

 カウントナンバーに反比例して会場のボルテージは増していく一方だ。


 そして、〇。


 開戦のゴングが実技訓練場に鳴り響く。


『まじかるバトル! GO!』


「まじかるチェンジ! メイクアップ!」


 苺坂さんが汎用まじかるパクトを正面に突き出し正面部のボタンを押して叫ぶ。


「ま、まじかるチェンジ! メイクアップ!」


 僕もそれを真似すると、閉じられていた汎用まじかるパクトが開く。


『まじかるオープン!』


 電子音声が手元から鳴ると、苺坂さんの汎用まじかるパクトからは赤いベールが、僕の汎用まじかるパクトからは黄色のベールが噴水の如く飛び出し、それぞれの身体を包み込む。


 苺坂さんはまじかるパクト内の赤い宝石を右手の人差し指と中指で触れ、それを自分の両頬、両瞼、鼻頭、最後に唇に軽く触れる。


 触れた箇所に光の粒子が舞い、それはやがて拡散し彼女の全身に行き渡る。

 彼女の全身を赤いベールと光の粒子が包み込むと、両の手でクラップした。

 すると右手に光の粒子が集まり、肘の下あたりまで包むホワイトのグローブが顕現する。同じように左手にも。


 続いてフィギュアスケート選手のように回転ジャンプし、着地した瞬間、両足にピンクのハイヒールブーツが顕現した。


 彼女は自らの上半身のラインを艶やかになぞると、赤いベールが解かれてピンクとレッドを基調としたロリータドレスに身を包んだ彼女が現れた。


 光の粒子がこめかみに集合しストロベリーモチーフのキュートな髪留めを形成すると、彼女は高らかに名乗りを上げた。


「春うららかにスウィートガール、ベリーミルク!」


 これが、魔法少女だ。


 実技訓練場は割れんばかりの大歓声に包まれた。


 当然、苺坂さんと同じモーションを取った僕も同じ手順で変身する。


 グリーンのグローブにイエローブーツ、イエローとホワイトのドレスに、両耳には柚子を模したイヤリング。


 待って、口上言わなきゃダメ?

 恥ずかしくない?

 ほぼ全校生徒が見てんだよ?

 しかも僕男だよ?

 女装だよこれ?

 しかもド派手な魔法少女コスチュームだよ?

 これだよ、これが何より嫌だったんだよ。

 だから戦いたくなかったんだよ。

 いや、戦うことはこの際良い。

 ガッチガチのロリータ衣装に身を包むのが嫌だったんだ。

 こんなの中学時代のサッカー部仲間に見られたら恥ずかしくて死んじゃうよ。

 死因:恥ずか死だよ。

 監察医もびっくりの変死体だよ。


 しかし現実は非情である。

 会場中の観客全員が僕に期待の視線を向けている。


 やめてくれ、僕は魔法少女になりたかった訳じゃ無いんだ。

 男だけど自ら魔法少女を志すような、初めから恥も外聞も捨て去った愚か者ならまだしも、僕は魔法少女を公務員の一種としか捉えてないんだ。


 せめて、せめてパンツスタイルなら……


 そうだ、大海原さんは唯一の僕の味方だ。

 頼む大海原さん、いや、山神様。愚かで力無き私めを救いたまえ!


「こっち視線貰える!? あっいいね! ナイス涙目上目遣い!」


 連写していた。


 よ~し、もうヤケクソだ~。


「わくドキじゃすてぃす果汁一〇〇%ひゃくぱー、まじかる☆シトラス!」


 またしても、実技訓練場は割れんばかりの大歓声に包まれた。


 いや、苺坂さんの時よりもボルテージが上がっている気さえする。


『なななななぁーーーーーーんとぉ!!! 史上最強と語り継がれる伝説の魔法少女まじかる☆シトラスの変身口上の再現だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! なんという男だ乱道柚希、なんというエンターテイナー乱道柚希、いや! ここに誕生したのは新・まじかる☆シトラスだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』


 やってしまったっぽい。


 当然、魔法少女の変身口上なんて考えたことも無かった。

 それに母さんが死んでからは一切の魔法少女に関する情報を断ってきた。

 二度と魔法少女に関わるつもりが無かったからだ。


 その結果、僕にとって唯一記憶に残っていた口上は母さんの、まじかる☆シトラスの変身口上だけだったのだ。


「やってくれるじゃない……」


 苺坂さん、もといベリーミルクは恨めしそうな目でこちらを見る。


 やってくれたというよりは、やらかしたんだけどなぁ。


「良いわ! まじかる☆シトラスの後継者だもの、人心掌握も魔法少女の必要な能力だと考えているのでしょう。だけどそんなのオマケなのよ! 魔法少女はアイドルじゃない! 魔法少女は治安維持戦力。つまり……」


 ベリーミルクは姿勢を下げ、下半身に力を込めている。


「強さこそが、全てなのよッ!」


 ベリーミルクの右脚が、床を抉り力強く地面を蹴る。


 次の瞬間、目前に彼女の拳があった。


『先手を取ったのはベリーミルク! 魔法少女の脚力は一般人のおよそ三百倍に相当します! その脚力によるスタートダッシュは音速を超えるッ! この超スピードに高等部編入組のニューまじかる☆シトラスは付いて行けるのかぁ!?』



 結論から言うと、付いて行けなかった。


 ベリーミルクの初撃をもろに食らい、僕は過去一番の恥ずかしさの中、意識を失った。


 だから初めに言ったのに。


 ここに来た事を(僕が)後悔するって。


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