#2 立てば芍薬

 四月一週目の月曜日。地球温暖化のせいか、講堂の窓の外にも桜は舞わない。


 新入生代表挨拶は入学試験で最も成績の良かった生徒が選ばれる。


 今まさに壇上への階段を昇っている赤髪の少女が、同期の中で最も優秀な魔法少女候補生というわけだ。


 そう思えば、確かに魔法少女に必要な美麗な容姿、一目で記憶に残る容姿、そして国民に愛されそうな容姿と、三拍子揃った正真正銘の美少女だ。


 壇上に昇り切った彼女は所作までも美しかった。歩く姿は百合の花。赤いけど。


 彼女はマイクの前に立つと一礼し、胸ポケットから台本を取り出す。立てば芍薬。


 会場に居る全ての新入生、在校生、そして教師や来賓までが彼女の言葉に耳を傾ける。


「暖かな春の訪れと共に、私達七十六名は国立楽天学園高等部魔法少女科の一年生として入学式を迎えることができました。海岸から漂う潮風が、まるで私達を歓迎しているかのようでした。本日は私達の為に素晴らしい入学式を開いていただきありがとうございました。初めての登校に緊張か期待か、胸の高鳴りを隠せません。これからの高校生活、長くも短い三年間で私達は先輩方のような素晴らしい魔法少女になれるよう、同期生と切磋琢磨し、時にぶつかり、時に手を取り合いながら精進していきます。棺連莉理事長をはじめ、先生方、先輩方、そして来賓の皆様、緊張していた私達に心強い励ましの言葉をありがとうございました。これからも厳しくも暖かいご指導よろしくお願いします」


 これぞ新入生代表挨拶。

 インターネット上に例文として掲載されていそうな程によく出来た挨拶だった。

 全国の新入生代表はこれを参考にすると良い。


「最後に、乱道柚希、アンタだけには絶対負けない。放課後、実技訓練場にて待つ」


 前言撤回、彼女だけは真似するな。


「宣戦布告!?」

「乱道柚希って誰?」

「新入生じゃなかったっけ?」

「まじかる☆シトラスの子供だって聞いたよ!」

「じゃあ新入生の主席の子より強いんじゃない?」

「噂では入試を免除されたとか!」

「じゃあ未来のナンバーワン魔法少女候補!?」


 そこかしこから声が立ち、何と言っているかまでは聞こえなかったがとにかく先輩方は盛り上がっていた。

 対して新入生一同は目の前で起きた事象に理解が及ばず、静かに、ただ唖然としていた。


 そんなざわつく会場を後目に、彼女は平然と壇上から降りた。


 宣戦布告。

 こういうのってここでは日常茶飯事なのだろうか。


 あんな最優秀な主席様に喧嘩を売られるなんて、ランドウユズキとかいう奴はツイてないな。そのうち美味しいと噂の学食でも奢ってあげよう。


 それにしてもランドウユズキってどういう字を書くのだろう。

 僕と同姓同名じゃないか。


 会ったことも無い同姓同名の誰かに同情していると、赤髪の彼女が新入生の席に戻って来た。


 目指す席は僕が座っているブロックの最前列。

 その席が空いていたのは彼女の席だったからなのか、と遅れて理解する。

 ということは同じクラスなのかな。


 優秀とはいえ、そして容姿端麗とはいえ、初日からあんな問題行動を起こすような子とは極力関わらないようにしよう。

 僕はあくまで普通に三年間を過ごし、普通の魔法少女になるんだ。


 目指すは安定、そういう道を僕は歩むんだ。


「負けないから、乱道柚希!」


 赤髪の彼女は僕を一直線に見つめ、それどころか右手の人差し指をバッチリと僕に差し言い放った。

 そして何事も無かったかのように席に付く。


 座れば牡丹、いや、座る爆弾。



 うん、まあ、そうだよね。

 ランドウユズキなんて名前、僕しか居ないよね。



       ☆☆☆



 入学初日は各種オリエンテーションのみで、授業らしい授業は無かった。


 僕は疲れた面持ちで学生カバンに筆記具、明日使わない教科の参考書、そして支給された汎用まじかるパクトをしまっていた。


「災難だったね、乱道君」


 声を頼りに顔を上げると、豊かな二つの山がそびえ立っていた。


「やっほー」


 とりあえずやまびこ。


「え? や、やっほー」


 返ってきたやまびこに合わせて山脈は揺れた。

 地震か?

 斜面が崩れないか心配だな。


「乱道君って意外とおちゃめなんだ?」


 叫んでもいないやまびこが返ってきただと?

 まさか、山神様か?


「私めはおちゃめなどではございませぬ」


 山神様の逆鱗に触れることの無きよう、細心の注意を払ってコミュニケーションを取る。


「今のところおちゃめ以外の印象無いけど。というかそろそろ目線を合わせてくれると嬉しいんだけどな」

「合わせてるではありませぬか。鎮まりたまえ偉大なる山の神よ……」

「山の神じゃないよ!?」


 突如目の前の山が机の下まで沈み込み、青髪ショートヘアの少女が視界に降ってきた。


「ああ、ただの巨乳か」

「おっきくないよ! って、えぇ!? 今までボクのむっ、胸に向かって喋ってたの!? 乱道君のえっち!」


 青髪の彼女は、赤面しながら両腕で胸を隠すように上半身を抱きしめる。

 だが彼女の思惑とは反対に、更に胸の大きさが強調されてしまっている。

 胸も身長もデカいな、もしや僕より背が高いんじゃなかろうか。


「そんなつもりは無くて、むしろ最大限の敬意を示してたつもりなんだよ。何せ山の神の声が聞こえるようになったのかと思ったから」

「まあ、魔法少女とヴィランが平然と街に現れる時代だしね。山の神が居てもおかしくないって思っちゃうよね」


 だとしても高校の教室に居る訳無いだろ。


「で、ごめん、誰だっけ?」

「ひどいよ! 大海原おおうなばらまるだよ! さっきのホームルームで自己紹介もしたのに!」


 そんなこと言われても、一度に三十七人の名前を覚えろって方が無理がある。


「山神様なのに、大海原……?」

「だから僕は山神じゃないんだよ!」


 喋る度に身振り手振りが多い。

 しかも一つ一つのアクションが大きいせいで、喋れば喋るほど揺れる揺れる。

 何がとは言わないが。


「ごめんごめん。海のように青い髪の大海原まるさんね、覚えたよ。僕は乱道柚希、名前の通り、そして見ての通り男なのに魔法少女科に入学することになった不運な一般人。よろしく」

「こんなに可愛いのに、男……?」

「よし、母さん直伝のシトラスプラッシュで塵にしてくれる」

「あははっ、ごめんごめん! でも、やっぱりまじかる☆シトラスの子供ってのは本当なんだ? 噂になってるよ、学園中で」


 今しがた自分でネタにしておいて何だが、あまり好ましくないな。


 史上最強の魔法少女の子供という色眼鏡をかけられると、必要以上の期待を背負ってしまうのが目に見えている。

 仕方無く、なのに。


「本当だよ」

「へぇ、だからそんなに可愛いんだ!」

「可愛くないよ!」

「そうそう、乱道君が可愛くないように、ボクもおっきくない。で、実技訓練場行かなきゃなんだよね?」


 そうだ、入学式で宣戦布告を受けてしまった。

 それも同期最優秀の彼女に。


「ボクも付いて行って良い? 魔法少女の戦闘を間近で見てみたくて!」

「勝手にどうぞ」


 僕は大海原さんに腕を引っ張られて教室を出た。

 おいやっぱり僕より身長高いじゃないかふざけんな!


 廊下に出た途端、大海原さんは立ち止った。


「で、実技訓練場ってどこ?」

「知らないのに引っ張ってたの?」

「仕方ないじゃん、ボクも乱道君と同じく高等部編入組なんだよ!」


 僕も知らないのだからこれ以上は責められない。


 誰か分かりそうな人に聞こうと辺りを見回してみると、廊下を翼の生えた猫がふわふわ飛んでいた。


「にゃんぷる先生!」


 この如何にもファンシーでメルヘンな生物こそ、我らが一年A組担任フェアリーのにゃんぷる先生だ。

 チャームポイントはピンク色の肉球だが、何人たりとも触れてはならぬと本人談。


「おっ、どうしたにゃぷ? 乱道君は決闘を申し込まれたんじゃなかったにゃぷ?」

「それが実技訓練場の場所が分からなくて」

「それでボク達困り果てて、猫の手も借りたいところだったんです」

「にゃんぷるは猫じゃないにゃぷ! はぁ…… 仕方ないにゃぷねぇ、連れて行ってあげるにゃぷ!」


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