それいけ!魔法少女☆ユズキくん

雅ルミ

#1 いざ楽天島

 朝のニュースの星座占いで天秤座は最下位だった。待ち人来ず、だけど意外な出会いがあるかも。ラッキーアイテムは魔法少女グッズ。


 よりにもよって高校受験当日にツイてない。


 きっと他の天秤座の皆さんも今の僕と同じように、紙袋を頭にかぶった魔法少女に誘拐されたに違いない。


 何がラッキーアイテムだよ。ポケットの中にあるまじかるパクトとその持ち主、つまり今は亡き母さんを恨んだ。


 これは、僕が史上最強の魔法少女になるまでの物語。

 その序章である。



       ☆☆☆



 三十分くらい宙ぶらりんだったと思う。


 僕は魔法少女に片腕で抱えられ空輸された。

 都庁を越え、明治神宮を越え、レインボーブリッジも通過した。


「ただいま通過しましたのは国際展示場でございます」などと道中おどけられたが、既に足元には東京湾が広がっていた。ビビった僕には「四角いですねぇ」という返事が精一杯だった。


 左手方向に巨大テーマパークを通り過ぎてから、更に五分ほど飛んだ。


 突然、魔法少女は何も無い海のど真ん中で飛行を止める。


「もしかして僕、沈められます?」


 ヤクザでも人を沈めるのは東京湾の港あたりで妥協するのに、魔法少女は万全を期し過ぎだろう。


 今度は僕を抱えたまま魔法少女は高度を下げ始めた。


「もうすぐ見えてきますよ、下に」


 見えてくるも何も、真下には広大な海が太陽光を反射しているだけ。


「あと百メートルも降りれば、ほら」


 目を疑う、という言葉があるが、普通に生きていて自分の目を疑うことなどそうそう無い。だが僕は今、確かに自分の目を疑った。

 海上一キロメートル辺りで下を見た時は海が広がっていただけなのに、突然巨大な孤島が視界に現れたのだ。


 僕達は学校のような施設の門前に降り立った。たかだか三十分空中に居ただけなのだが、こんなにも大地を踏みしめる足裏の感覚が心地よいものだとは思わなかった。


 門柱には「楽天学園」と彫られた石製のプレートが埋め込まれている。


「理事長室へ案内します」


 魔法少女は腰のミニポーチから、女性がメイクに使うパウダーパクトのようなものを取り出し、校門の門柱へかざすと、勝手に開門した。


 なるほど、まじかるパクトが鍵のような役割を担っているのか。


 校舎を連れられて歩いていると、校内に居た女子生徒達から奇異の視線を浴びた。それはまるで動物園で珍獣を見る客のような視線だ。あまり良い気持ちはしない。ごめんなコビトカバ、今度上野動物園に行く時は態度を改めるよ。


「理事長がお待ちです」


 校舎一階の最奥部、一際豪華で丈夫そうな木製の扉の前で案内は終了した。

 理事長とやらに事情を聞くのが手っ取り早そうだと思い、素直に従い扉を開けた。


「失礼します」


 ドアから見て奥の壁は一面ガラス張りになっており、ちょうど正面から太陽光が射し込んでいた。その為、逆光でデスクに座る理事長は後光が射しているかのようで神々しくも見えた。


 人の運命はきっと神が決める。そういう意味では、理事長は神々しく見えたのではなく僕にとっては神そのものだったのかもしれない。それも厄介なことに、幸せだけでなく不幸も同時に与える鬼神の類だ。


「待っていたよ、乱道らんどう柚希ゆずき君。楽天学園理事長のひつぎ連莉れんりだ」


 女性にしては低めでドスの効いた声に招かれ、僕はデスクの前にあるソファーに腰かけた。棺理事長もデスクを離れ、僕が座るソファーとテーブルを挟んで向かい側のソファーに腰かける。


「失礼」と一言呟き、理事長はタバコを吸い始めた。


 三十デニール程のブラックタイツに包まれた脚を組むと、目つきの悪さも相まって、さながらロシアンマフィアの女ボスのようだ。


「すまないね、真面目な話の前は吸っとかないと気が済まないんだ。吸うかい?」

「では一本だけ」


 棺理事長から差し出されたタバコを口に咥える。火を付けていなくてもほんの少しベリーのフルーティーな香りが漂ってくる。


「火を頂けますか?」

「ほら」


 手渡された安っぽい紫色のライターを着火し、口元のタバコに近付ける。


「あっぶなっ!? えらい自然だな君のタバコミュニケーション!?」


 咥えていたタバコごとライターを没収された。


「すみません、断ったら失礼かと思って」

「礼儀の為に法を犯すな……」

「ついさっきまで違法に拉致されましたが」


 鋭すぎて無視された。


 棺理事長はタバコを吸っているから、一つ目の呼気が溜息だったのかただ煙を吐き出しただけなのか分かりにくかった。程無くして、彼女はテーブルの上の灰皿にタバコの先端を擦り付けて火を消した。


 改めて、棺理事長は姿勢を正し、鋭い視線で僕を刺した。


「柚希君」

「はい」

「あと五分待ってもらえる?」


 新たなタバコに火を付けた。


 右側の壁の本棚の上にあるデジタル表記の掛け時計によると七分待たされた。


 吸い終わった理事長が再度姿勢を正し、スーツの襟を正し、口を開いた。


「ツッコまないのかい!?」

「えっ?」

「普通二本目を吸おうとしたところでツッコまない? 何の為に姿勢を正したんだよ! とかさぁ?」

「吸いたいんだなぁ、と思って」

「優しいな、柚希君は……」


 それにベリーの香りが嫌いじゃなかったから。


 今度はソファーの背もたれに上体を預けたまま、棺理事長は話す。


柚子ゆずにそっくりだ。ある種憎らしい程にね」

「母さんを知ってるんですか?」

「知っているとも、中学校で出会った、私達は親友だった。やがて柚子は魔法少女になり、私は防衛省魔法少女統制局の局員になった。当然、私は柚子のオペレーション担当を志願したさ」


 知らない話だ。僕はまだ生まれていない。


「そんな柚子が史上最強の魔法少女と呼ばれるようになるとはね、何があるか分からないもんだ」


 棺理事長は話しながらまたタバコに火を付ける。


「柚子が、いや、史上最強の魔法少女まじかる☆シトラスがヴィランに殺害されてから十年。当時はヴィランに国がられるとまで言われていたが、まあ案外人類はしぶといものだ。当時の魔法少女達が必死に戦い、その間に我が楽天学園高等部魔法少女科は次々と優秀な魔法少女を輩出した。その結果が、今だ」


 僕の物差しで現代社会を見るなら、割と平和、が適切な表現だ。


「当然未だにヴィランは現れる。まあ、そのおかげで人間による凶悪犯罪が減ったのは幸か不幸か」

「幸でしょう」


 僕は本気でそう思う。


 異世界からやって来る、圧倒的な力を持つヴィランに対抗する魔法少女が日本政府の管理下にある。

 魔法少女は、いわばヴィランに対する対抗戦力、人智を超えた力を持つ正義の番人なのだ。


 当然ヴィランは毎日現れる訳では無い。

 故に魔法少女は意外と暇だと母さんから聞いたことがある。

 それでも魔法少女は公務員だからお仕事をしなくてはならない。


 いくら国民に愛され必要とされている魔法少女でも、税金から給料が賄われている以上、要らんことを言う声の大きな人は居るのだ。

 その為、魔法少女は警察と協力して人間の犯罪を解決する役目もある。

 万引きやひったくり程度の軽犯罪にまで出動させられることは無いが、殺人事件の容疑者確保や立てこもり事件、果てはテロリスト確保など危険の伴う事件にはよく出動させられている。

 刃物で傷一つ付けることの出来ないコスチュームを纏い、銃弾よりも早く宙を舞い魔力弾を放つ。


 そんな魔法少女の存在そのものが、人間が起こす犯罪に対しての抑止力としても機能しているのだ。


 そんな魔法少女が、僕は嫌いだ。


「魔法少女トークがしたければ僕以外の人を当たってくださいよ。それと、僕の半年間の受験勉強の代償を払ってください」


 本当なら今頃、都内の普通科高校の入学試験を受けていた。この時間なら第一科目の英語を解いていただろう。


「心配要らない、柚希君の将来は保証する。むしろそれが本題なんだ」


 棺理事長は懐から一通の遺書を取り出し、僕の側へ向けてテーブルに置いた。


「柚子から私宛の遺書だ。私は一度読んでいる」


 僕は怪しんで棺理事長を見つめると、ただ一度頷くのみだった。


 封筒の表に書かれてある「遺書」の文字は、全体的に角の無いまるみを帯びた特徴的な筆跡だ。確かに母さんの筆跡だった。


 中の手紙に目を通す。いや、目を通すと表現するほどの文量じゃない。たった一文しか書かれていないのだから。


『柚希をよろしくお願いします』


 本文もやはり、母さんの筆跡だ。


「柚子のまじかるパクト、見せてもらえるかい?」


 僕はポケットからまじかるパクトを取り出しテーブルに置いた。


 それには小さな傷や塗装剥げがあるが、黄色い花や柑橘をモチーフにした装飾が可愛らしい、僕の母さんが使っていたまじかるパクトだ。


「あぁ、間違いない、柚子のだ……」


 棺理事長はそれを愛おしそうに眺め、その目には涙がにじんでいた。


「君には楽天学園高等部の魔法少女科へ入学してもらう。拒否権は無い」

「嫌です」


 強く言葉を発しつつも、おそらくその面は弱々しかったことだろう。


「拒否権は無いと言ったはずだが」

「死んだ母さんに僕の未来を決められてたまるか。初めて会った人に強制されてたまるか」

「君の父には話を通してある」

「そんな勝手に!」


 僕は思わず棺理事長を睨みつけたが、それ以上に鋭い視線で返された。


「父も柚希君も金が必要なのだろう? 調べはついているんだ。君の父は不況のあおりを受け二年前にリストラに遭い家賃八万の賃貸マンションへ君と共に引っ越した。今は近所のスーパーマーケットで非正規で雇われ週五日フルタイム労働。深夜は工事現場のアルバイトもしているとか。そんな生活では君の高校の学費を払うのが精一杯。柚希君、君のことも調べた。小学校から中学校までの九年間サッカー部に在籍。中学では都代表に選抜されるなど、高校での活躍やその後のプロ入りを期待されていた。しかし君はサッカー用品を全て処分し、少し前からアルバイトを探している。それは高校に進学してからはサッカーを辞め、アルバイトをして父と共に生活費を稼ぐ為だ。だが、君がこの楽天学園高等部魔法少女科に入学するならば三年間の学費は免除とする。そして卒業後は魔法少女になれる。公務員だ、収入は安定する。君と父の二人程度であれば余裕をもって暮らせる額の収入は保証されている。新卒初年度で最低年収は五百万だ。当然実績を積めば更に増える」

「父さんが金で僕を売ったってことですか」

「違う」


 棺理事長は新たなタバコに火を付ける。


「初めは断られた。「息子の未来を奪わないでほしい、息子はサッカー選手になりたかったのに俺のせいでその夢が断たれた。せめて将来くらいは息子の自由にしてやりたい」と言っていたよ。しかし、柚子から君の父宛の遺書を見せたら渋々承諾してくれた。柚子がそう願うならば、間違いは無いのだろう、とね」


 卑怯だ。僕の人生なのに、いつの間にか外堀が埋め立てられていて逃げ道が無い。


 でもそれの正しさだって悔しいけど理解してる。できてしまう。棺理事長が提示する道こそが周りの人全てが幸せになれる唯一の道なんだ。


 それでも、それでも僕は。


「僕は、魔法少女が嫌いです」


 それでも僕は逃げ道を探したかった。


「何故だ」

「母さんは、まじかる☆シトラスは、人殺しだからです」


 棺理事長は眉間に皺を寄せた。タバコを一度吸って、煙を吐き出した。


「ヴァズリーランド襲撃事件か……」


 十年前、千葉・舞浜にある国内最大級のテーマパーク「ヴァズリーランド」をヴィランが襲撃。まじかる☆シトラスが殺害された事件だ。


「君が柚子をどう思おうと知ったことではない。それは君の主観だ」

「そうです。僕の主観は僕にしか分からない、分かってもらいたいとも思っていません」

「まるで幼子だな」


 棺理事長はにやりと笑む。その悪人顔が、大人の余裕だとでも言いたいのか。


「そうですよ」


 分かってるさ、これは子供のわがままだ。


「いい加減わがままは止そう柚希君。君の父から願書は頂いているのでね。それを私は無条件で合格とする。故に君は、既に楽天学園高等部魔法少女科の新入生だよ」


 大人は卑怯だ。


 母さんのあの日の選択を咎める資格なんて僕には無い。

 父さんのことを思えば、僕は間違いなく魔法少女になるべきだ。


 分かってたんだ、初めから。この世にはどうしても抗えない力があるって。


 それが父さんを苦しめるなら、不幸にするなら抗えた。だけどこんなのって、何よりも卑怯だろ。こどもの俺にだって分かる。


 俺の個人的な感情を抜きにして、最大多数の最大幸福を得られる道なんだから。


「分かりました、受け入れます。どちらにせよサッカーは続けられなかった。ならどんな高校生活を送っても同じです。それに安定した収入は確かに魅力的です。バイトと学業を両立させられずマトモな就職先を見つけられない可能性だってあったんです。それと比べれば、三年間真面目に学んで公務員の道が約束されるなら、それはきっと正しい道でしょう」


 僕は自分に向けて正論を言い放ち、子供な僕を説き伏せてみせた。


 母さんの遺言とか、父さんの生活とか、目の前の大人の言い分なんて本当はどうでも良かった。僕はただ、僕自身を納得させたかった。


「僕は魔法少女になります」


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