第1話
昼頃、僕は目を覚ました。身震いするような暑さに、僕は舌打ちする。枕元に転がるリモコンを手に取り、お世辞にも広いとは言えない部屋を無機質な冷機で満たしていく。
僕は徐々に冷やされていく部屋に満足しながらもう一度ベットに倒れこむ。充電器の刺さったままのスマートフォンを手に取り、慣れた手つきでパスワードを解除する。
朝起きて……まだ昼前だから、僕にとっては朝だ。朝起きて、最初にすることは『Rain』というSNSアプリを開くこと。このアプリは、誰とでもメッセージをやりとりすることができるアプリだ。性別も顔も、何だって偽ることが出来る。自分のなりたいような理想の自分になれるんだ。僕は、このアプリにはまっていた。
僕は、現在高校二年生だが部活には入っていない。それどころか友達も一人もいない。理由は面倒くさいから。上下関係も面倒くさい。気を遣うのも面倒くさい。たまにグループの輪から仲間外れにされないように、必死に話を併せているだけの奴を見るけど、心底気持ち悪いとさえ思う。あんなの孤独より辛いだろ。
それに比べ、『Rain』ではそんな気遣い必要ない。どうせ知らない奴だ。気に入らないなら消してしまえばいい。ああ、なんて楽で理想的な世界だ。
「こいつうぜーな。ブロックっと」
どうでもいい奴や、興味のない奴を片っ端からブロックしていく。そうして理想的な僕の世界を作る。朝の日課。まるで神様の気分だ。
そして、最後に仲良くなった人にメッセージを返す。
「流星さん! おはよう! 今日は暑いですね。そっちは大丈夫ですか?」
「大丈夫!(^^)!」
流星というのは僕の『Rain』上の名前。本名を自分から晒す馬鹿なんて今の世の中誰一人いない。
「葉月さんの方も暑いんですか?」
「今日は日本全国暑いですよ! 流星さんも暑いということは、ズバリ出身は日本ですね!?(*'ω'*)」
「んー正解!」
「やったー!!」
この連絡相手は葉月。という名前の人。一応女性となっているが『Rain』では女になり切っている奴も珍しくもない。
僕はこの相手と半年ほど前から話すようになった。彼女は急に子供っぽくなったり大人っぽいことを言ったりと、良く分からない部分が多かったが、僕はなんだか話しやすいと思い少し会話を続け、そこから次第に仲良くなり今に至る。
しかし、あの日を境に僕らは連絡を取らなくなった。正確には僕は……の方が正しい。
「私達、実際に会いませんか?」
会うわけないだろ。思わず声に漏れた。
僕はそのメッセージを無視した。
次の日は、ボイスメッセージが送られてきたんだ。
三十秒くらいのボイスメッセージだったが僕はそれをひどく不気味に思い開くことをしなかった。
次の日も、メッセージが送られて来ていた。今度はボイスメッセージではなくただの文章。僕はそれも無視した。
それでも次の日も、次の日も次の日も次の日も次の日もメッセージは送られてきた。
一週間が経ち、次にメッセージが来たら僕は葉月さんをブロックしようと決めていた。けど、それからメッセージが来ることはなかった。僕は一つ大きく息を吐き、謎の恐怖から解放された気分になった。
葉月さんから連絡が来なくなってから一週間が経った。僕は朝飯という名の昼食を食べながらテレビをつける。今まで毎日連絡していた相手から、急に音沙汰がなくなるとこれはこれで変な気分だ。
僕は前よりも大きくため息をつきメッセージを見た。
それは全て謝罪だった。「ごめんなさい」と僕がよく返信していた昼頃に毎日謝っていた。僕は、ボイスメッセージを聞くように催促する内容だと思っていたから、少し呆気に取られていた。これで僕が無視し続けたら、僕が悪者みたいじゃないか。
めんどくさっ……と一言声に漏らし、僕はボイスメッセージを開いた。
しかし、それは謝罪なんかよりも想像していなかった内容だった。
「突然……会いたいなんていってごめんね……? 私ね……もうすぐ死んじゃうんだ。病気なんだって……。だからね……最後に大好きな人と流星群が見たかったんだ。でもね、やっぱり迷惑だよね……ごめんね……ごめんね文哉君。」
喉から振り絞るように出した女性の声だった。
何故、彼女は僕の文哉という本名を知っている?
僕はもう一度ボイスメッセージを聞く。
そして、確信へと変わった。
僕は――この声を知っている。
この子はさっき何て言った?
もうすぐ……死ぬ?
なら、僕は……会いに行かなくちゃいけない。
大慌てで準備をする僕の横でテレビでは流星群のニュースをやっていた。
「流星群は予定通り、本日夜、見ることが出来そうです」
まだ、間に合う。僕は噎せ返るような蒸風を切り裂くようにして家を飛び出した。
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