36話目 幼馴染達との思い出の卒業アルバム

 いつの間にか寝ていた僕は夕方頃に目を覚まして、買い物に行くことにした。


 ソファから立ち上がると、純が起きる。


「じゅんちゃん、起こしてごめん。まだ寝てもいいよ」

「おう。こうちゃんはどこか行く?」

「買い物に行くよ。何か買うものがあるなら買ってくるよ」

「一緒に行く」

「うん。一緒に行こうか」


 ソファで寝ている愛はそのままにして、家中の鍵を閉めてからスーパーに純と2人で向かった。


 強い日射しを感じながら、隣で歩いている純に言う。


「じゅんちゃんは何が食べたいものある?」

「こうちゃんが作るものだったら何でもいい。こうちゃんが作るものは何でも美味いから」

「ありがとう。じゅんちゃんにそう言われるとやる気が出るよ」


 歩きながら手を伸ばして純の頭を撫でると、純の耳が少し赤くなる。


 撫で続けていると、純が立ち止まり呟く。


「やっぱり、言っていい?」


 食べたいもののことだと思い頷く。


「ナポリタンが食べたい……ピーマンとタマネギはできるだけ小さくしてほしい」

「いいよ」

「やっぱり、ピーマンとタマネギは大きくてもいい」

「本当にいいの?」

「……子どもっぽくない?」

「子どもだったら嫌いなものを小さくしてと言わずに抜いてほしいって言うよ。努力して嫌いなものを食べようとするじゅんちゃんは、全然子どもっぽくないよ」

「おう。ありがとう」

「じゅんちゃんは子どもっぽくないけど、僕の子どもにしたい。そうしたら、ずっと一緒にいられるのにね」

「……おう。私もこうちゃんとずっと一緒にいたい。こうちゃんの子どもになって、たくさん甘」


 急に黙った純は真っ赤にした耳を手で隠した。


 本気で恥ずかしがっている純が可愛過ぎる。


 純に癒されていると、手をもぞもぞと動かしていることに気づく。


 純は子どもの頃から自分のしてほしいことを口に出さない。


 その手を優しく握るとびくりと体を震わせながら握り返してきた。


 手を繋いだままスーパーに着くと、純がそわそわし始める。


「じゅんちゃん、行ってきていいよ」

「おう」


 純はお菓子売り場の方に早足で向かう。


 食材を見ながら、1週間分の献立を考えて買っていく。


 今日作るナポリタンの材料も忘れないようにしないと。


 全ての材料をかごの中に入れてお菓子売り場に行くと、純がお菓子を睨んでいた。


 そこを通ろうとした子どもが、純の顔を見て泣きながら引き返している。


 いつもだったら、食べたいお菓子を2つ持って悩んでいるけど今日は違う。


 純の視線の先にはCMで宣伝していた激辛ポテトチップス。


 カレーの甘口でも辛くて食べられないから、蜂蜜を大量にいれる。


「らぶちゃんに買うの?」

「おう」


 純は恐る恐る激辛スナックを摑み、眉間に大量の皺を寄せながら僕が持ってるかごに入れる。


 激辛スナックから、鼻を刺すような臭いがする。


 純は自分の分のお菓子を選ばずにレジの方に歩いて行こうとする。


「じゅんちゃんお菓子買わなくていいの?」

「買った」


 激辛スナックを見ながら言う純。


「もう1つ買っていいよ」

「お菓子は1つだけ」

「これはらぶちゃんの分だから、じゅんちゃんの分を買っていいよ」

「おう。ありがとう」


 チョコが並んでいる所で中腰になって、真剣に何を買おうか純は悩み始める。


 純粋な純を見ていると、妄想を実現させるために愛と純を百合カップルにしようとしている僕が汚れているように感じる


 感じるって言うか、汚れている。


 バナナ味のチョコを純がかごに入れて、買い物を済ませて外に出た。


 帰りながらふと思い出す。


 母親が忘年会で当てた忍店頭のスティッチ本体とカラオケマイクが家にあることを。


 愛と純は歌うことが好きだから、帰ったら探してみよう。




 帰宅して、母親の部屋の押し入れを開く。


 押し入れには色々なものがあって、化粧品、折り畳み自転車、お酒……。


 ものがあり過ぎてゲーム機がどこにあるのか分からない。


「こうちゃん何しているの?」


 しばらく探していると後ろから愛の声が聞こえる。


「ゲーム機とマイクを探しているんだよ。その2つがあれば家でもカラオケができるんだよ」

「カラオケ! らぶもカラオケしたい!」


 愛は僕の隣にきて、一緒に探し始める。


「こうちゃん! 見て見て! おじさん!」


 大きな鼻と髭がついた眼鏡をした愛が声をかけてきた。


「可愛いよ」

「らぶはお姉さんだから可愛くないよ! 今のらぶはおじさんだけどね!」


 それから、愛は珍しいものを見つけるたびに僕に見せてきた。


 新しものを見つる度に微笑む愛が見れて満足。


 押し入れの奥の方にゲーム機を発見した。


「こうちゃん! 懐かしいのがあるよ!」


 愛の方を見ると、僕達が通った中学校の卒業アルバムを開いている。


「らぶもこうちゃんもじゅんちゃんも若いね!」


 アルバムを覗くと、2年生にあった林間学校の写真で僕と愛と純でカレーを食べていた。


 林間学校は違うクラスの人でも班になれた。


 あの時は男の校長先生の靴を舐めてもいいと本気で思えるぐらい喜んでいたことを思い出す。


 いや、やっぱり男の靴なんて死んでも舐めたくない。


 愛がページを捲っていくと1年の時の写真があって、純を苦しめた男子が写っていた。


 その男子は爽やかな笑顔で名前の知らない女子とバーベキューをしているけど、どこか不気味さを帯びている。


 捨てたはずなのに、何でここにある。


 階段の軋む音が聞こえた。


 純がこっちにきていることが分かり、愛からアルバムを取る。


「まだ見ているから! こうちゃん返して!」


 ゲーム機とマイクの方に視線を向ける。


「カラオケができる機械見つけたら下に行こうか」

「やったー! カラオケ! カラオケ!」


 愛はゲーム機とマイクに飛びつき、それを持って嬉しそうに部屋を出て行く。


 急いでアルバムを奥深くへと隠した。


「こうちゃんの顔色悪いけど、大丈夫?」


 部屋に入ってきた純が僕の顔を見て言う。


「大丈夫だよ。今からカラオケをするからじゅんちゃんも一緒にしよう」

「おう。する」


 純がいない時にアルバムを燃やそう。


「こうちゃん! カラオケ早くしたよ! 早く! 早く!」


 純と一緒にリビングに入ると、テレビの前でいた愛が抱き着いてくる。


 説明書とスマホを見ながらゲームができるように準備をした。


 カラオケをするのは無料ではなくて歌う時間によって値段が変わる。


 3時間分のお金を払って、歌い足りなかったら追加料金を払えばいいな。


「らぶちゃん、じゅんちゃん、準備できたよ」

「やったー! こうちゃん、ありがとう! だん~~~だん~~~こ~~~~~こ」


 ソファから下りた愛は曲を入れてないのにマイクを持って歌い始める。


 愛が熱唱している曲を入れる。


「こうちゃん! じゅんちゃん! この曲知ってる! らぶ知ってるよ! 歌うよ!」


 音楽が流れ出すと愛はその場で立ち上がり、音程を外しながら元気に声を出している。


 曲の入れ方を教えようと、純の方に視線を向ける。


 純はゲーム機のタブレットを触っていた。


 テレビ画面に曲が入りましたと出る。


 純は何事もそつなくこなすので教えるまでもなかった。


 1時間ぐらい経って、愛が純に言う。


「じゅんちゃん! 一緒に歌いたい!」

「おう。曲は何にする?」

「らぶはお姉さんだから、ラブソングがいい」

「この曲分かる?」


 純が愛にタブレットの画面を見せると、愛は大きく頷く。


 愛がマイクを持って、2人は肩が触れる程近い距離で歌い始める。


 吐き出した息が混じり合い、その空気を互いが吸い合っている。


 尊過ぎて、理性がぶっ飛びそうなのを我慢。


 冷静になれ僕。


 歌っている所を見られていることの羞恥で敏感になっている純は愛と肩が触れる度に体を震わせてビブラートがかかる。


 その声は少しだけ喘ぎ声にも聞こえる。


 愛は純の歌い方を真似ようとしてわざと声を震わせ始めた。


 震えた甲高い声が部屋に響き渡る。


 ……冷静になるの無理!


 無理に決まっている。


 いやらしい声を上げたままキスをしてほしいと口を出しそうになって、自分の唇を思いっ切り噛みしめる。


 痛みを感じながら、この場所にいては危険だと思いキッチンに向かう。


 少し早いけど、晩飯を作ることにした。


 ピーマンを微塵切りにしていると愛がやってくる。


「こうちゃん、カラオケができなくなったよ!」


 リビングに行きテレビ画面を見ると、『時間を追加しますか?』と表示されていた。


「らぶちゃんはカラオケ続けたい?」

「うん! 続けたい!」


 愛が壁に掛けている時計に視線を向ける。


「ママの手伝いをしないといけないからカラオケはまた今度するよ! らぶちゃん、こうちゃんまた明日ね!」


 早足で愛は部屋を出て行く。


「じゅんちゃんはカラオケ続けたい?」

「お金何円かかる?」

「300円だよ」

「……満足したから、大丈夫」


 純がマイクを一瞥するのを見逃さなかった。


「歌いたい曲があったのを忘れてたよ。晩飯の時間が遅くなるけど、カラオケしていい?」

「私もしたい」


 目を輝かせながらマイクを素早く手にする純。


「デュエット曲を歌いたいんだけど、じゅんちゃんと一緒に歌いたいな」

「おう。歌う」


 21時の愛とする勉強会になるまで僕と純は歌い続けた。

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