おまけ・こんな会話



「あ……」


彼女が呟いた。

何事かと思って振り返ると、じっと指を見つめている。


「どうしたんですか?」


見つめた指から血が出ていた。何かの拍子に切れてしまったらしい。


「……ねえ」


「はい……?」


「ちょっと舐めてみる?」


驚いて彼女を見る。


「え……!えと、良い、んですか?」


「そのまま喰べないでよ、味見ね」


彼女は面白そうに言う。

味見だ。これは味見。俺は自分にそう言い聞かせる。

彼女の言う通り、うっかり喰べてしまわないよう。


差し出された彼女の手を取る。左手の中指が斜めに切れていた。見た目よりも深いようで、意外に血が出ている。

緊張して、心臓が速く脈打つのが分かる。

溢れてきた唾液を一度飲み込んだ。


血を舐める。

甘い。肌よりもずっと濃くて、甘い、味が。

彼女は少しくすぐったそうにしている。

駄目だ。

口を離す。


「……もう良いの?」


「…………はい」


「もう少し舐めているかと思った」


「俺も、そうしたかったですけど、でもこれ以上は、駄目です」


我慢はこんなに難しかっただろうか。

頬が熱い。自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。

甘い、甘い血の味がまだ舌に残っている気がした。


今すぐにでも彼女を喰べたかった。

でもまだ彼女はそれを望んでいないから。

まだ駄目だと自分を抑える。


「……美味しかった?」


「はい……とても」


熱くなった顔を手で覆った。

直視出来なくて、彼女から目を逸らす。

この人が喰べても良いと俺に言うまで、もう少しだけ、我慢しよう。

俺はもう、十年前のような子供ではないのだから。

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喰愛 朝夜 @asuyoru18

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