十二月三日 その三
私が、吉良家のことも、現当主の
でも一番の問題がそこであるのも事実で、私自身も何が起きたか分からないし、とにかく夢ではなく、ここが江戸時代の吉良家で、私がここにいるということは事実だ。
タイムスリップやパラレルワールドという言葉が浮かぶ。
どうしてこうなったのかは分からないけれど、一番の問題はどうやって元の時代に帰るかということ。
「まこと、
恐縮しつつ、権十郎さんがいう。
鳥居様は、お屋敷内の管理者であるご用人という仕事上、かなり現実的に考えているようだけど、でも私の出現自体が説明のつかない不思議なことであるとは理解していた。
義周様は今は歴とした当主だからお殿様なんだけど、「若殿」と呼ばれているのは隠居した
義周様が出て行ったあと、またいろいろと訊かれたけど、とにかく気が付いたらこのお屋敷の庭にいたということで押し通した。
着ているセーラー服のことだけは、どうにも説明が思いつかず、結局はこういった姿の土地柄ということにした。誰も納得しないけれど、未来から来たなどという話をしたってわかってもらえるはずもない。
なまじ江戸時代だから、むしろお化けや妖怪もそれなりに信じられていて、私のことも本当に天狗にでも
とにかく、若殿の義周様の言葉で、身の安全が確保されただけでも儲けもの。
私は過去の記憶も、生まれた場所も思い出せないということにして、その日はお屋敷に泊めてもらえることとなった。
お屋敷中ほどの次の間という部屋をあてがわれる。ここならお殿様、つまり義周様のお傍に仕える
冬なので、七つの
困ったのが下着で、今の吉良家には女性が一人もいないから下着まではない。結局さらしを数本もらってどうにかするように言われた。そう言われてもどうすりゃいいんだ? って感じだけど、用意してくれた笠原様も、女性の下着の心配までする羽目になって、眉と口がそろってへの字になっている。
でも、目の前の和服と帯を見て途方に暮れる私。
「いかがいたした?」
私の顔色に気づいた笠原さんが問いかけてくる。
「あ……あの、その」
「なんだ?
仕方がない。言うしかない。
「あの……帯の締め方が分かりません」
「なんと! まことか?」
笠原さんの目がテンになる。
「い、今まで、このような装束は身に着けたことがなく……」
笠原さんは、しばらく絶句していた。それはそうだろう。服の着方が分からないという人がいたら、私だってそうなる。
「……致し方なし。しばし待たれよ」
そう言って部屋を出ていくと、しばらくしてもう一人、若いお侍さんを連れてきた。
「小堀よ、話した通りだ。そちなら
「はあ。妹たちもおりますれば、まず一通りは」
笠原さんが私を見る。
「むつみ殿。台所役人の
小堀様という方も、やっぱり私の格好に驚いてじろじろと見ている。
「よ……よろしくお願い申します」
恥ずかしさを隠して、私が深々とお辞儀をする。小堀様も、承諾したように頭を下げてくれた。
「なれど、笠原様。このお女中はいずれの方にて?」
「む……それは、ちと
「左様ですか」
小堀さんは、笠原さんより少し若くて、何となく私にもドギマギしているみたい。着付けと言っても、この時代の人たちでは無暗に女の身体に触れるわけにもいかず、とりあえず襦袢の着方や胸紐の結びは教えてもらって隣の部屋で着替えた。
小袖の着方や襟の
「ありがとうございました」
「ああ、いや、役に立てて何より」
「不調法者にて、お手数をおかけいたしました」
畏まった私に、小堀さんがやっと気を緩めたような笑顔になる。
「じきに
そういって、部屋を出て行った。
お膳に載せられて出てきた夕食は、冷めたご飯に、野菜の入ったお味噌汁、里芋の煮つけとたくあん漬け。昼間はパニック状態で気にもならなかったけど、冷ご飯にお湯をかけて、その匂いを嗅いだ途端、お腹がぐんと空きはじめた。
腹が減っては戦ができぬ。とにかく、今は体力を温存すべし。自分にそう言い聞かせて、出されたものを遠慮せずに食べる。
お腹がいっぱいになると、今度はどっと睡魔が襲ってきた。これまた与えられた布団を敷くと、綿入れを着込んで中へともぐりこむ。
そのまま眠気に身を任せた。
そして祈る。
どうか、朝になったら自分の部屋のベッドの上で目覚めていますように!
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