十二月三日 その一
私を覗き込むように、大きな身体のおじさんがいた。
改めて見てドキッとする。縦じまの着物を着て、
「聞こえとるかの? おぬし」
「……あの、あなたは?」
「わしか? わしは
ごんじゅうろう? ちゅうげん?
相手の人はともかく、ここがどこで、何が起こったのかさっぱりわからない。図書室にいたのに、いったいどうなっちゃったっていうの。
「えらい変わった格好じゃの。
「え、髪?」
慌てて頭を押さえる。
「これまた短いのう。結ってもおらんで、いまどき
垂れ髪って、平安時代の貴族の女性の髪型だ。おじさんの格好もそうだけど、言葉遣いや言ってることがやけに古風なのに気づいた。
とにかく立ち上がって、手袋をポケットに突っ込むと、制服についた汚れを払いながら周囲を見まわす。
建物も、ずいぶん昔の由緒正しいお屋敷のように見える。
何が何だか分からないけれど、とにかく私はおじさんに尋ねた。
「こ、ここはどこですか?」
「なんじゃと?」
おじさんが怪訝そうな顔をしたとき、後ろから別の人が近づいてきた。
「権十郎。いかがした?」
声の方を向いた私はギョッとした。侍だ。
「おぉ、笠原様。いやぁ、
「おなご?」
近づいてきたお侍さんが私を見て、途端にあっちもびっくりしていた。
「うぉっ!」
声を挙げたかと思うと、目を見開いて私を見ている。
「な……何者じゃ。おぬし?」
二十代くらいに見える。驚いた仕草がちょっとユニークで、人の好さが滲み出たような、そんな人だった。
「いずれより迷い込んだ?」
「え、えと、それは……」
そう訊かれても、私にも何が起きてるのか分からない。
「それにしても変わった
「あ、あの、ここはどこですか?」
「なに?」
「申しとることが、いささか
権十郎と名乗ったおじさんが言う。
「おぬし、名はなんと申す?」
若いお侍が訊いてくる。とにかくどこかの家の敷地内らしい。二人の後ろには古風な屋根瓦のお屋敷が見えている。怪しい者じゃないということを証明しないと。と言っても、相手からみたら私は十分怪しい者のようだ。
「あの……私、月森むつみと言います」
「つきもり……それはどこぞお
「み、苗字です」
「苗字?」
お侍とおじさんが顔を見合わせる。
「ううむ……月森殿のご家中であるな。して、そのお家は
そういわれても、ここがどこかわからないから答えようもない。困っている私を見かねて、二人ともまた困った顔をしている。
「おい、女。その……とりあえずその脚を隠せ。権十郎、なんぞないか」
「はぁ、そう
うちの学校は規則には少し厳しくて、私のスカートもひざ上ぎりぎり。それでも、目の前の二人には私の膝小僧が見えていることが気になるらしい。
「ちょ、ちょっと待ってください」
腰に手をやると下ろせるところまでずりずりと下ろした。靴下はハイソックスだから、立っていればこれで膝は見えない。
「それは……袴か? ずいぶんと短いが。なにゆえ、女子の身でそのような身なりをしておる?」
お侍が、私の身体をじろじろと見ながら尋ねてくる。二人の言葉はわかるような気もするけれど、現代語じゃないし、どういうことだろう。この人たちは誰で、ここはどこなんだろう。
試しに、私は少し調子を合わせてみた。
「恐れ入ります。笠原様、と仰せられますか?」
さっき、おじさんが言った名前を出してみる。
「うむ。それがしは、
「あの、こちらは
「
「はい。申し訳ございません。気づきましたら、ここに」
と下手に出て頭を下げたとき、またも人の気配がした。
「笠原、いかがいたしたのじゃ?」
「これは……ご
声の方を向いた二人が頭を下げた。今度はおじいさんで、こっちもお侍だ。偉い人らしい。ここは従ったほうが無難と思い、私もぺこりと頭を下げる。
私を見たおじいさんがやっぱり目を見開くと、一瞬あって神妙な声が続く。
「……その娘は、いったいなんじゃ。いずれの者じゃ?」
「は、それが、我らにもいささか
「月森?」
おじいさんが首をかしげる。そりゃぁ、いきなり苗字を言われても分からないだろう。
なんだか話がおかしな方に行きそうで、ちょっと怖くなってきた。何しろお侍の格好がコスプレなどではない気がして、そうすると腰に差している
「あ、あの、私、怪しいものじゃありません!」
と、まるで説得力がない声を挙げたが、突然敷地内に現れて自分たちとまるで違う恰好の人間が、怪しくないはずがない。
「ここでは人目もあり
「畏まりました」
おじいさんの言葉に、笠原さんというお侍が返事をする。
「向こうじゃ」
権十郎さんに連れられて、私も歩き始めた。
改めて見ると、すごいお屋敷。
豪華な日本家屋でお庭も広いし、ずーっと先まで続いている。周りを囲んでいるのは壁ではなく、長屋みたいな住居で人が住んでいるらしい。
お庭のあちこちに権十郎さんと同じような人がいて、連れ立って歩く私たちに何事かと目を向ける。みんな時代劇に出てくるような格好で、一人場違い感一〇〇%な私は、怖いし恥ずかしいし、ただうつむいて従うだけだった。
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