十二月二日 旅立った日

「と、いうわけでぇ……」


 と、高校二年生の私は、昼休みのお弁当タイムの後で、机を囲んだ級友たちに長く自分の推しの起源を語り終えたところ。


「はいはい、わかったよ」

「それが、むつみのレキジョ人生の始まりってわけよね」

「レキジョいうな! オタクみたいでイヤ」


「でも、赤穂浪士がもとで日本史に興味を持ったんなら、役に立ったんじゃない? レキジョってほど成績良くないけどさ」

「よけいなお世話じゃ! 好きな衣装が見られれば、私はそれでいーの」


 とまぁ、今日も仲良し四人で、他愛もないおしゃべりに花を咲かせる。


「赤穂浪士以外に好きなのって?」

「んー。新選組とか? あと戦国時代の甲冑も好きだよ」

「カッチュウって?」

「よろいかぶとのことだよね。子どもの日に飾るじゃん」

「うん。だけど、私はあんまり華美なのは好みじゃないのよね。もっと質実剛健なのが好き。真っ黒なのとか」

「ダースベイダーみたいな?」

「そーそー。ダースベイダーのコスチュームは、日本の甲冑が原型なんだよ」

 と、誰が何をしゃべっているのか分からないくらいにワイワイとやって、これが楽しい。


「レキジョって言うか、ただのコスプレマニアじゃないの?」

「ちがうって! 私は、純粋にあの時代の侍に憧れているのよ」

 と、口をとんがらせたところで、五時間目の予冷が鳴った。


 放課後、図書委員の当番として図書室に移動。


 うちの高校は大学の付属校で、道路一本はさんだ隣には大学。図書室は大学の図書館と資料の共有もできているし、かなりレアな本や昔の希少な書簡なども必要に応じて見ることができる。もっとも、高校生でそこまでのめり込む人はいないから、たまに閲覧を申し込む私はちょっと変わり者と映っているかもしれない。


 一度、大学の先生と一緒に江戸時代の絵巻物を見せてもらったことがある。合戦絵巻で、どこかの旧家の蔵から見つかったものが持ち込まれたらしい。

 先生の話によると、名のある戦のものではなく、在所ざいしょのそこそこ絵の上手い誰かが書き残したものだろうということで、確かに有名なものと比べるとつたなく見えたが、あの独特ののっぺり感で走ったり戦ったりする鎧武者たちを見ていると、その頃の暮らしが思い描かれて、私は十分ワクワクした。


 それ以来、図書室や大学の図書館の人たちにとって、私は少し変わった女子高生というレッテルとともに覚えられるようになった。それはそれで、別に悪い気持ちはしない。おかげでちょっと珍しい文献や資料を見せてもらうこともできるようになった。中には、大学や高校の事務局には内緒で、という場合もある。ちょっとした役得だ。


「月森さん、ちょっといいかしら」

 いつものように貸出図書の整理や書架への戻し作業をしていたら、司書の堀部さんから呼ばれた。


 促されてバックヤードの保管室に行く。蔵書の内、ほとんど貸し出されなくなったものや、痛んで貸し出しできなくなったものが大量に眠っている。

 堀部さんは、蔵書の中からまたバックヤードに移すものの関係で、スペースを開けなければならなくなったと言った。だいぶ古いものの一部を、バックヤードの書架からプラスチックのケースに移して倉庫へと移動するように言われる。


「この書架のここからここまで。分かった?」

「はい。分かりました」


 指で示された本を、専用のケースに移し替えるように言われた。傷つけないように手袋をして一冊ずつ慎重にケースに移し替えていく。


 まさしく、お払い箱になった本たちだけど、そうしてみるとなんだかちょっと可哀そうな気もしてくる。昔のことを今に伝える書物。もちろん、今じゃ何でもインターネットでさっと調べることができるけれど、人が書いて製版されたり印刷されたり、ずっと昔はあの絵巻物のように誰かが自分の手で書いた、ということを思えば、このまま倉庫の奥深くにしまわれてしまうのはとても残念な気がする。


 感傷的になりつつ、その思いを振り払うように立ち上がると、背伸びをして腰をトントン叩きながら上を向いた。

 書架の一番上、天板からほんのわずかに何かが覗いているのが見えた。


 なんだろう?

 近くにあった踏み台を持ってくると、上に載って手を伸ばす。


 角がほんの少しだけ覗いていたそれを手に取ってみたら、一冊の本だった。


 ページ数は多くない。薄っぺらくて埃まみれで、そしてずいぶん古いものだ。和綴じで、表紙もぼろぼろでどう見てもここ何年かの物には見えない。ううん。それどころか、なん十年、もしかしたらもっと古いもののような気がする。


 古文書こもんじょ。昔の文献か何か?


 なんで、こんなものがこんな所にあるんだろう。片付け途中で置き忘れたにしても、天板の上にわざわざ載せるとも思えない。


 埃を払ってみたけれど、表紙に書いてある文字はかすれてほとんど読めない。中もだいぶ傷んでいるようで、プラケースの上に置くとそぅっと開いていった。

 雰囲気的に、江戸時代の頃のように思う。

 あまり良い墨で書いたものではないのか。薄れてかすれてほとんど判読不能。途中の文字の中で、かろうじて読めるのは。これは何だろう? 『左』かな?

 他は、ほとんど読めない。

 全部めくってみたけれど、どこの誰が書いたものかもわからない。


 最後のまっさらなページを見つめながら、公的な文書というより、誰か個人が書いた覚書おぼえがきのような、私的なものを覗き込んだような気がするな、とちょっと恥ずかしいような、変な気持ちでいたら、なんだか身体がぼうっと熱くなってきた。


 ――やばいやばい。ちょっとセンチメンタルになったかな。


 なんて思っていたけど、なんだか本当に身体がほてってきてる。

 あれ? おかしいな。


 気持もフワフワしてきて、ボーっとしてきた。


 え、なに?

 不思議な感覚に、思わず自分の両手を見る。と、その両手が、身体が、光りながら透けていく。


 えっ? えっ?

 身体がフワーっと持ち上がったような気がして、フーっと意識が遠のいて――


 ドッスンッ!!


 あたたた!

 いきなり尻もちをついた。どこかから落っこちたみたい。


 お尻をさすりながら、身体を起こすと、外だった。

 身体の下には土。周りには草花というか、生垣のようなものが続いていてどこかの庭園みたい。そしてその向こうにはずっと向こうまで長い塀が続いている。でもよく見ると、その塀も普通のものとは違った。

 昔の蔵のような形で高さもあるし、上には瓦屋根かわらやねが載っている。

 時代劇のセットみたいだ。


 さっきまで図書室にいたのに、どうして。


「……おぬし、誰じゃ?」


 いきなり後ろから声をかけられた。男の人だ。ギクッとして振り向くと、私の顔を覗き込むように、大きな影が差した。

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